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11. お父様の望みは
しおりを挟む殿下と話をしている最中にお父様が仕事から戻って来た。どうやら珍しくお仕事が早く終わったらしい。
そして、王宮からの“本日の使者”が来ていて私と対峙していると知ったお父様は、私に加勢する気満々で部屋に飛びこむようにやって来た。
だけど……
そこで見た光景は、ちょっと近い距離で手を握り合っている私とシオン殿下の姿。
部屋に飛び込んで真っ先にその光景を見たお父様は「でんっ!? な……こ? こ、これはどういう状態なんですかーー」と大きな叫び声を上げた。
興奮したお父様をどうにか落ち着かせて、私達は腰を落ち着けた。
これはきちんと色々話をしないといけない。
そしてシオン殿下は早速、お父様に向けて私に求婚した事を告げた。
「───えっ! フレイヤに求婚……した、ですと!? 殿下……が?」
「はい。今は、彼女の返事待ちですが」
「返事待ち……」
(ひっ!?)
シオン殿下が頷きながら発したその言葉を聞いたお父様がグルンッと凄い勢いで横にいる私を見る。
その目が怖い……
とりあえず、私は余計な口は挟まずニコッと笑って誤魔化した。
お父様はまたグルンッと首を戻すと、今度は殿下の顔を見た。
「で、殿下! 私は確かに“フレイヤの力になって欲しい”と貴方様にお願いはしましたが……!」
「ああ」
「ですが! その為の対価は既に……」
「ああ、ありがとう。おかげで動きやすくなる」
「それは、大変喜ばしい事ですが、フレイヤへの求婚───」
「公爵、もちろんフレイヤ嬢は僕が全力で守らせてもらう」
少し強めの口調で遮った殿下の言葉にお父様はなんとも形容し難い表情を浮かべた。
────
殿下との応酬に頭痛が起きたらしいお父様は「薬を飲んでくる」と言って席を外す事になった。
頭を抱えて、どこかフラフラした足取りで一旦部屋を出ていくお父様の背中を私は心配の目で見つめた。
(婚約に関しては、お父様全力で渋っていた、わね?)
お父様が殿下にお願いした“力になって欲しい”とは何だったの?
あれは、もしかして“娘と婚約して守って欲しい”という意味では無かったの? 私はそう解釈したのだけど?
私の頭の中は混乱していた。
お父様は次の婚約者候補は確実に探していたと思うけれど、“エイダン様の圧力に~”と言っていた今朝のあの言葉の続きは別にシオン殿下の事ではなかったのかも……とすら思えて来る。
いえ、むしろ単純に仲間欲しい……という意味だった?
そんな風にぐるぐる考えていた私に向かって殿下は言った。
「公爵のあれは“どうか娘と婚約してくれ”という意味ではなかったんだなぁ」
「……みたいですね。驚きました……」
「僕もだよ」
私達は目を合わせた後、静かに頷き合う。
(……やっぱり殿下だってそう思うわよね……)
なぜなら公の場で、しかも王太子殿下に婚約破棄された私。当然ながら次の縁談の話は難しい。
そんな時に手土産と共に“娘を助けて”と言われたら誰だって勘違いするわよね。
私は目線をそっと落とし、小さくため息を吐く。
すると殿下がうーんと唸りながら口を開いた。
「そうか……きっと、公爵は出来る事なら君に幸せな結婚をして欲しいと思っているのだろうね」
「え?」
その言葉に私が顔を上げると殿下は私に柔らかい微笑みを向ける。
「ほら、フレイヤ嬢、君は生まれた時からほぼ運命が決まってしまっていただろう?」
「ええ……」
「その運命、公爵は本当は不満だったんじゃないかな、と僕は思う」
「不満……お父様が、ですか?」
「そんな形で結ばれた婚約でも、君がエイダンと幸せになれるなら……と思っていた。でも──」
「……」
私が黙り込むと殿下は、じっと私の目を見つめた。
「だからこそ、自分の可愛い子供には今度こそ幸せになって欲しいと願っているんじゃないかな」
「……」
「王家に縛られず今度は、心から想い合う人と幸せな結婚を……とね」
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それはエイダン様があんな風に私を陥れてまで、ベリンダ嬢と結ばれたいと願ったような気持ち……?
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(ダメだわ。私にはよく分からない気持ちだわ)
「公爵が愛妻家だったと言うのは、僕も話に聞いた事がある」
「……はい」
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「愛する妻の忘れ形見の息子と娘は私の手で育てる! 妻とそう約束した」と皆の前で言い切ったとかなんとか。
「フレイヤ嬢の母君でかつ、あのポヤンとした公爵の奥方だからなぁ……実に強そうだ。ぜひ会ってみたかった……」
「…………シオン殿下? それ、どういう意味ですの?」
「っっっ! フ、フレイヤ嬢……そ、その笑顔は……ちょっ……と怖……い、かな」
「!」
私がニッコリ笑顔で問い詰めると、殿下の顔が引き攣っていて少し脅えている。
(あら? ちょっと可愛い……)
よく分からないけれど、こんな事で脅えた姿を見せてくれるなんて……
…………覚えておきましょう! と、私は密かに心に留めた。
そんなやり取りをしていた所にお父様が戻って来る。そして私達を見て何故か直ぐに眉をひそめた。
「……なんなのだ? この雰囲気は……」
(雰囲気?)
「……フレイヤ嬢と婚約者同士(予定)の語らいをしていました!」
「は? ────殿下!」
「え?」
シオン殿下が爽やかな笑顔でおかしな事を口走ったので、私は慌てて殿下の口を塞ごうと彼に飛び付く。
「フレ…………んぐっ!?」
「もう! 変な言い方をしないで下さいませ! 私はまだ…………っ!?」
あなたの婚約者となる事に頷いた覚えは───……
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(ええー! お父様!?)
「分かっている。フレイヤが幸せなら……望むなら相手が王子でもいいんだ……王子でも」
「……えっと?」
「ングッ! ンンーー(フレイヤ! 手を離してくれーー)」
ど、どうしよう……
「そうだ。とにかく相手があのエイダン殿下でなければ……いいのだ」
「お、お父様……」
「シオン殿下は適任だ……適任だとはわかっている…………が!」
「ンーー! (苦しいーー!)」
室内は私の両手で口を塞ごれてモゴモゴして苦しそうなシオン殿下と、落ち込み出したお父様と、そしてオロオロする私……何とも言えない空気になってしまった。
◆◇◆
「────どういう事なんだっ! もう一度説明しろ!」
「殿下……どう……とは? 説明しろなどと申されましても。とにかくフレイヤは……私の可愛い娘はもうこの家にはいません!」
「……なっ!」
リュドヴィク公爵の言葉にエイダンは自分の耳を疑った。
シオン殿下がリュドヴィク公爵家に使者のフリをして現れた日の翌朝。
非常識ともとれる朝早くにリュドヴィク公爵家の前に王家の紋章がついたそれはそれは豪華な馬車が停まった。
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(───ついに来た!)
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そして思った。
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(抵抗するなら無理やり……とにかく引き攣ってでも連れて帰ってやる!)
そう意気込んだエイダンだったが、公爵は飄々とした態度を崩さずにエイダンに向かって言った。
「ですが……貴方様を部屋にお通しても、フレイヤはいませんよ?」
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