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10. 殿下の思惑
しおりを挟む殿下は動揺した私を見てクスリと笑った。
「ほら、そういう所だよ? リュドヴィク公爵令嬢……いや、フレイヤ嬢」
「~~~!」
何だかあっさりと殿下のペースに乗せられている自分が悔しい!
さすが表舞台に出て来ていなくても王族の一人……! 一筋縄ではいかない人だわ。
私は流されてたまるもんですか! と思い、グッと顔を上げる。
「……その強い意思の宿った目もいいな」
「なっ……何を言っている、のですか!」
またしても動揺させられた私が聞き返すと殿下はきょとんとした表情になった。
「何ってフレイヤ嬢が魅力的な人だ、という話だけど……」
その言葉に私の力は一気に抜けてしまった。
「ほ、本当に何を……」
怪訝そうな表情になった私に向かって殿下は言う。
「え? もしかして、もう忘れられた……?」
「忘れ……?」
「フレイヤ嬢。さっき、僕は君に求婚したのだけど」
「…………」
(……あ!)
変な声が出そうになって慌てて口を押さえた。
殿下がじとっとした目で私を見てきたので慌てて否定する。
「……ち、違っ……います! 決して忘れていた……わけでは、ありません!」
「……」
「あ、頭の隅に一旦、お、追いやる事にはしました、けど……も!」
「……」
「突然、こ、婚約者になれ、は誰だって……驚きます!」
殿下の謎の無言の圧力に私はどんどん喋らされてしまう。
そんな慌てる私を見て殿下は吹き出した。
「ははは、素直な子だなぁ」
「っ!」
「……本当に君は…………だ」
「?」
殿下は笑いながら小さく何かを呟いたけれど、その声は小さすぎてよく聞こえなかった。
「殿下? 今、なんと?」
「いや、何でもない。それで、僕が君にフレイヤ嬢に求婚したのは──」
殿下は私の手をそっと取った。
何故かは分からないけれど、私の胸がドクンッと跳ねた。
「……あ、あの?」
「真面目な話──今、この国内でエイダンから君を守れるのは僕だけだと思う」
「で、殿下……?」
私の手を取った殿下の目は先程までの揶揄うような笑みは消え、言葉通り真面目な表情になった。
「と言っても、僕は王子は王子でも王太子ではないしね? 正直に言って、エイダンより色々な面で下回っている事は間違いない」
「……」
「だけど、これでもこの国の“王族”の一員だ。いくらエイダンでもそう簡単には僕を潰せない」
「!」
「だから……どうか、僕に君を守らせて欲しい」
「ま……」
(守る……だなんて、初めて言われた)
私はいつだって、強いね……そう言われて来たから。
「……」
「……っ!」
殿下の真っ直ぐな目が私を射抜く。また私の胸がドクンッと鳴った。
(もう! 先程からなんなの!? 私の心臓はどうしてしまったのよ……)
自分の頬にジワジワと熱が集まって来ているのを私は感じていた。
「フレイヤ嬢。君はエイダンに将来この国の王になってもらいたいと思う?」
「え……?」
殿下は返事をしようとしない私を急かすわけではなく、別の話題を口にした。
「僕は……エイダンには任せたくない」
「で、ですが王位継承権は───あっ!」
───思い出した。
貴族の中には、エイダン様が将来国王となって跡を継ぐ事を不安に思い、別の者を支持しようとする者もいるらしい───そんな話。
(その話を聞いた時は、エイダン様しか王位継承権を持っている人いないじゃない? と思ったけれど)
確かに王位継承権は現時点で持っていなくても、国王の子供ならもう一人いる。
今、目の前に───……
私と目が合った殿下はニッと笑った。
「……エイダンがさ、これまで守り続けてきた慣習を無理やり変えようと言うのなら、こっちも変えてもいいと思わないかい?」
「……」
殿下が言っているのは……彼の狙いは───……
そんな事を考えていたら、殿下が私の手をギュッと握る。
「勘の良さそうな君のことだ。僕の言いたい事は分かっているんだろう?」
そう言われて私は頷く。
要するに殿下は私の力を借りたい。そう言っている。
「でもね? それとは別にこれまでたくさん努力をして大勢の人に慕われてきたであろう君を、卑怯な手で貶めたエイダンのことを僕も腹立たしく思っている」
「殿下……」
心が大きく揺れている私に向かって殿下は更に驚きの一言を告げた。
「それに───“フレイヤの助けになってくれないだろうか”」
「え?」
「先日、帰国したばかりの僕の元にとある手土産を持ってそう頼んで来た人物がいるんだ」
「?」
何の話かと私が不思議に思っていると、殿下は言った。
「その人物が誰のことなのかはフレイヤ嬢? 君なら分かるだろう?」
「……私の助けに……」
あぁ……今そんな事を考えてくれる人は一人しかいないわ。
(おーとーうーさーまーーーー!!)
───先日殿下の元を訪ねていたですって!
今朝、私に向かって「婚約者候補になれる人はいない」そう言っていたのに!?
…………いえ? 待って?
『そうなると、他国の王族か、もしくは───』
あの言葉の続きって……まさか、シオン殿下の事を言いかけていた?
(それにお父様が殿下の元に持って行った手土産って、きっと公爵家の派閥リスト……よね?)
それは我が、リュドヴィク公爵家とその派閥はシオン殿下につくという表明……彼らはエイダン様を見限る……そういう事になる。
私はチラッと殿下の目を見る。
私と目が合った殿下は苦笑しながら言った。
「フレイヤ嬢のその驚きの顔───そうか。君のお父上は、ポヤンした顔をしているけど、どうやら相当油断ならない人のようだね」
「……」
(ポヤン……)
殿下にそう言われて、私はいつも緊張感のないお父様の顔を思い浮かべた。
◆◆◆
「───今日もフレイヤは来ないのか!」
「ひぃっ!」
エイダンは日に日にどんどん荒んでいった。
毎日側近に当たり散らしている。
そして今、荒れているのは、少し前にリュドヴィク公爵が訪ねて来て、はっきり娘とは会わせません、と宣言されたからだ。
「公爵め……話があると言うからフレイヤを連れて来たのかと思えば……」
そんな宣言をするとは、私に逆らうのか? と聞いたら、のらりくらりと躱してきた。
そして最後に「娘があなたの元に戻ることは無いでしょう」そう言い切ってやがった。
「このままだとフレイヤは嫁き遅れになるぞ? と脅したのにあの反応! 意味が分からん!」
まるでそれでも構わないと言うような───いや、まさか?
「……フレイヤめ、まさか病気を理由に領地に逃げる気なんじゃないだろうな?」
何故だ! 何故、フレイヤは私の言うことを聞かない?
婚約破棄が撤回されるんだぞ? 喜ばしいことだろう?
「……そうだな。明日は私が自ら迎えに行ってやろう……」
本当に具合が悪かったとしても構わん。王太子命令で引き摺ってでも連れて行く。
「待ってろよ! フレイヤ!」
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