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7. いつもと違う使者
しおりを挟む───さて、今日は誰が使者としてやって来るのかしらね?
朝、私は起こしに来たカレンに言った。
「カレン、胸痛繋がりで今日の症状は胸がチクチク痛い……でいいかしら?」
「そうですねぇ、昨日は動悸が激しくて苦しい……だったので大丈夫かと」
腹痛、頭痛、腰痛……胸痛になってからは、痛い種類のバリエーションを増やしてみた。
だけど、思っていた以上にエイダン様は執拗い。
なので、いつまでもこのままではいけない。
今のところ、使者は騙せているけれどそれだっていつまで持つことやら……だった。
───
「お父様、そろそろ、病気のフリをして登城を延ばすのもギリギリだと思いますの」
「……フレイヤ」
「お父様が私に新しい婚約者を探している事は知っていますけど──……」
朝食の席でそう切り出すと、お父様は「うぅ……」と顔を曇らせた。
どうやら、いい感じの新しい婚約者候補はいないらしい。
「…………やっぱり王太子殿下に婚約破棄された令嬢なんて、次の縁談は難しいですわよね」
公に罪は問わないと言いながらも、よく分からない冤罪までプラスされたわけだし……
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「皆、関わりたくない様子とみえる。殿下が圧力をかけている……のかもしれん」
「なっ!」
(───エイダン様っ!)
「殿下の圧力に負けないとなると、同じ王族くらいしかおらん」
「……」
「そうなると、他国の王族か、もしくは───」
「……お父様。周辺の国の私と近しい年齢の王子様方には、皆様、婚約者がおりますわよ?」
「うっ……」
それはお父様も分かっていたようで言葉を詰まらせていた。
「はぁ……殿下は側妃の話を諦める様子は無いのだな?」
「ええ……恐ろしいくらい執拗いですわ」
「陛下も抗議を聞き入れてくれん。“すまないが分かってくれ”としか言わんのだ」
「……」
私は一旦、食事を止めて、ため息を吐きながら椅子の背もたれにそっともたれ掛かる。
仮病で登城することを逃げ回りながらも、私はエイダン様に“お断りさせてください”といった内容の手紙を送ってみた。
しかし、それでもエイダン様は連日の召喚命令は取り下げず、更に返事として寄越した手紙に書かれていたのは……
───なぜだ! 貴様のような性悪で厄介者女を側妃として受け入れてやるんだぞ? 光栄だろう? (意訳)
───そんなに正妃になれない事が不満なのか? 強欲な女だな。ベリンダを見習え! (意訳)
───病気だと? いいからとにかく早急に城に来い! (意訳)
(凄いわよねぇ……心配の言葉一つすらないなんて)
そして、何故こうも上から目線なの?
確かに私達は臣下だけどこれはどうかと思う。
何よりも、ベリンダ嬢を見習え?
私はこの言葉に一番カチンと来た。
そのベリンダ嬢の正妃としての素質が問題になっているから、私に側妃になれ! と言っているくせに?
(恋は盲目……とは言うけれど、呆れるわ)
昔のエイダン様はちゃんと具合が悪いと言えば、心配してくれる優しい心を持っていた人だったのに。
なので、この手紙を読んだ時は激しい怒りと同時に虚しさを感じた。
「……お父様、私のこれまでって何だったのでしょうね」
「フレイヤ……」
私が遠い目をするとお父様も悲しそうな顔をした。
「お父様。病弱印象はかなり植え付けたと思いますし、とりあえず、病気を理由に一度領地に戻ろうと思います。さすがに疲れましたわ」
「……分かった。これ以上は仕方がないだろう。あの殿下が納得するかは分からないが、私からも病状が日に日に悪化しているので領地で静養させると話をしては、みる」
(やったわ!)
お父様が頷いてくれたので、これで更なる時間稼ぎが出来る。
使者が領地にまで来るかは分からないけれど、確実に頻度は減るはずだ。
たとえ、やって来てもいつものように追い返す事にもちろん変わりは無いけれども。
「お父様! それでは、早速荷物をまとめて準備をしますわ!」
今日の使者を追い返したらすぐに出発よ────
「申し訳ございません。お嬢様は本日も具合が悪くて寝込んでおります」
「……」
玄関先でカレンがいつもの応対をしてくれている。
連日やって来た(日替わり)使者達はエイダン様に“必ず連れてこい!”と命令されているため、絶対にここでは引き下がってはくれない。
(今日もか弱いフレイヤを演じてお帰りいただくわよーーー! そして、領地へ行くんだから!)
私はぐっと拳を握って気合を入れた。
「……え、えっと、お、お嬢様はこちらの部屋で療養しております」
「聞いたところによると、腹痛、頭痛、腰痛、胸痛……随分と広範囲に渡っているようだが?」
「え、ええ……そ、そうです、ね」
(……?)
カレンと本日の使者と思われる人の話し声が近付いてきて、足音が私の部屋の前で止まった。
何だか今日の使者は、どこかお堅い感じの声がするので、ちょっといつもと違うのかもしれない。
そのせいなのか、カレンの声もどこか固く感じる。
(なんだか心配になってきた……今日の使者もちゃんと騙されてくれるかしら?)
「……」
──いえ。何を怖がっているの? 私は女優・フレイヤなんだから!
「……なるほど。確かにフレイヤ様は具合が悪そうですね」
「……!」
カレンと共に部屋に入って来た今日の使者は、 想像した通りいつもと雰囲気が違っていた。
(な、何この空気……)
ピリッとしたはりつめた空気を感じる。
──今日の使者はチョロくない。絶対にチョロくないわ。私は直感的にそう思った。
(と、言うよりも……この人、何でフードを被ったままなの?)
何故か今日の使者はフードを被ったまま脱ごうとしない。
そのせいで全く顔が見えない。
私はチラッとカレンに視線を向ける。
目が合ったカレンは慌てて困った顔で首を横に振った。
(今日の使者はいつもと違う……カレンもそう感じているのね)
せっかく今日を乗り切れば領地に行けるのに!
どうせ、次の縁談は難しいので私はもうのびのびとおひとりさま生活を満喫するつもりなのよ!
絶対に負けるものか! と私は女優魂に火をつけた。
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