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6. 執拗い王子
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「何だと!? 今日もフレイヤを連れて来れなかった!?」
「は、はい……」
フレイヤの弱々演技にすっかり騙された本日の使者が、現状を伝えると案の定、エイダンは激怒した。
「何故だ! どうして引き摺ってでも連れて来なかった!? 私の命令だぞ!」
「で、ですが、あのようなお姿になられてしまったフレイヤ様にそんな無体な事は出来ません……」
フレイヤ・リュドヴィク公爵令嬢は有名な令嬢だった。
王太子殿下の婚約者に恥じぬよう、いつだって気高く美しく凛としていて……
その姿に密かに憧れていた者も少なくない。実は、今日の使者もその中の一人だった。
(つまりファン)
そんな使者の男は本日、フレイヤに会って思った。
───いつだって明るく元気で華やかだったフレイヤ様があんなにやつれてしまうなんて!
余程、殿下との婚約破棄がショックだったに違いない! なんて事だ……
フレイヤの気持ちを思うと、一方的に婚約破棄を告げ、さらによく分からない罪を擦り付けていた目の前の殿下が憎くすら感じる。
「フレイヤの姿だと? どうせ、これ見よがしに豪華なドレスと化粧で着飾って偉そうにしていたのだろう? ベリンダはいつだって慎ましい姿と様子で過ごしているというのになぁ……」
「殿下……」
───フレイヤ様はかなり具合が悪いご様子で息も絶え絶え……とてもお連れ出来る状態ではありませんでした。
そう伝えたはずなのに。なぜ、病気のフレイヤ様が着飾っているなどと殿下は思うのだろう……
使者は心の底から疑問に思ったがとりあえず余計なことは言わずに流すことにした。
それよりも、あのお労しい姿のフレイヤ様をお守りしなくては!
使者は勇気を振り絞ってエイダンに向かって口を開いた。
「殿下、差し出がましい事だとは思いますが、フレイヤ様を王宮にお連れするのはもう少し時間を……」
「──お前も私に口答えをするのか!」
「っ! も、申し訳ございません……」
エイダンは苛立った。
なぜなら、今日の使者と同じような事を昨日の使者も口にしていたから。
(なんなんだ!)
「……もういい下がれ! お前に用は無い!」
エイダンは冷たく使者を追い払う。
昨日の奴もだがこいつももう使者としては使えん!
「チッ! 明日こそは必ずフレイヤを……!」
───諦めの悪いエイダンは、それからも王宮からリュドヴィク公爵家に向けて使者を送り続けた。
しかし……
(どいつもこいつも皆、フレイヤを連れ出せずに手ぶらで戻って来る、なぜだ!)
「あのお労しいお姿のフレイヤ様を連れ出すなんて事は出来ません」
「引き摺ってでも!? とんでもない! そんな事をしたらフレイヤ様はすぐに儚くなってしまいます!」
「殿下……フレイヤ様はもうそっとしておいてあげてください……」
「今、フレイヤ様に必要なのは心と身体の療養なのです!」
などと言いやがる。
しかも男女問わず、どいつとこいつも軒並みフレイヤに骨抜きにされている。
「いったい、どんな手を使っていやがるんだ、フレイヤの奴は……魔性の女なのか……!」
エイダンにとってこれは大誤算だった。
無理やりフレイヤを王宮に連れて来た後は、多少強引な手を使ってでも“側妃”になる事を納得させて、そのまま公務を手伝わせようと思っていた。
なのに、全く上手くいかない。
エイダンが頭を抱えたその時、部屋の扉がノックされた。
「誰だ?」
「殿下、私です!」
「……その声は、ベリンダ!」
扉の向こうから聞こえた声は愛しのベリンダの声。
(あぁ、なんて癒される声なんだ……!)
エイダンはフレイヤのせいで荒んでいた心が浄化されるような心で扉を開けた。
扉を開けるといつもの可愛らしい笑顔のベリンダがそこにはいた。
「今日も城に来ていたのか」
「はい! ちょっと勉強の休憩時間を頂いたので……エイダン様に会いに来ちゃいました!」
「ベリンダ!」
そんな可愛い言葉を口にしておいて、キャッと照れくさそうに頬を赤くするベリンダのなんて愛らしい事か。
(……フレイヤは絶対にこういう表情はしないだろうな)
フレイヤの事を頭に思い浮かべてしまって顔をしかめたエイダンに、ベリンダが不安そうな顔で訊ねてくる。
「エイダン様? どうかしましたか? 眉間に皺が寄っていますよ?」
「……いや、何でもないよ」
「そうですかー? …………あっ、もう! エイダン様ったら」
エイダンは軽くベリンダにキスをして誤魔化す。
(余計なことは言うまい。ベリンダもフレイヤの話をされるのは嫌だろうしな)
あまり、社交界に顔を出していなかったというベリンダとは視察で訪れたドゥランゴ男爵領で領主一家の歓待を受けた際に出会った。
彼女に微笑まれた時、運命の人はこの人だ! と思った。
正妃は残念ながらフレイヤと決まっているので、ぜひ側妃として迎えたい───
そう申し出たらベリンダは側妃ではなく正妃になりたいと言った。
(私は愛しのベリンダの願いを絶対に叶えたい!)
どうやら、勉強が苦手らしいベリンダの為にも、やはりフレイヤは側妃として必要だ。
面倒なことは全部フレイヤがやればいい。私の“妃”なのだから。
(まぁ……フレイヤへの愛は無いが、あいつがどうしてもと言うなら閨だって───)
「エイダン様? どうかしました?」
「い、いや……」
エイダンは、邪なことを考えていたのを笑顔で誤魔化しながら首を振る。
そのままベリンダを部屋に招き入れようとしながら思い出す。
(休憩中と言っていたからな……チッ、時間はあまり無いか)
「ベリンダ、君がここで憂いなく過ごせるように私も頑張るから、君も……」
「はい! 私、頑張ります! エイダン様! 絶対に私を正妃にして下さいね!」
「ああ! もちろんだ」
「約束ですよ!」
(はは! 多少、病弱になっていてもフレイヤなら大丈夫だろうさ……!)
エイダンの部屋の入口で二人は堂々とそんな会話を繰り広げていた。
◆◇◆
「───エイダン様、あ、諦めが悪すぎるわ!」
エイダンがベリンダと王宮で逢い引きしていたその頃、私はかなり疲れきっていた。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
「カレン……ありがとう。エイダン様のあまりの執拗さに、お化粧ではなく本当にげっそりしそうな気分よ……」
そう言って私はカレンが淹れてくれたお茶を飲む。
「殿下は想像以上に執拗いですね」
「本当にね……まさか、日替わりで毎日使者を送り付けてくるなんて思わなかったわ……もしかして仮病がバレてしまっているのかしら?」
「そのわりには、使者の方々は完璧に騙されてお帰りになっている様子なのですが……」
「そうなのよねぇ」
私はバサッと自分の髪をかきあげる。
連日、お迎えが来るものだから、おかげさまでこの数日間でかなり私の演技力には磨きがかかったわ。
ちなみに、今日の私は頭が割れそうなほどの酷い頭痛のため、という理由でお断り。
(この先、舞台女優の道なんてどうかしら? 案外いけるかも!)
なんて、これからの将来の道を思いつつも私はカレンに言う。
「……いい加減、この執拗さに腹が立ってしょうがないから、そろそろ仮病作戦も大詰めにしないといけないわね」
「お嬢様……」
(さすがのエイダン様も私が病弱になり過ぎてこれは側妃なんて無理だ! と分かってきた頃でしょうし───)
私は、そう思っていた。
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