12 / 26
第10話
しおりを挟む「最近、旦那様(仮)が挙動不審だと思うの」
「どういう事ですか? 奥様」
メイドは不思議そうな顔をして聞き返して来る。そんな顔をするという事は、そう思っているのは私だけ……という事になってしまう。おかしいわね。
「これは前からかしら? 話をしているとよく口ごもられるの。あ、でも頻度は前より増えたかも!」
「……」
「それから、目が合うと必ず逸らされてしまうわ」
「……」
「でもね? 何故かその後にチラチラと視線を戻そうと頑張っているんですの」
「……」
「あと、これが一番謎なのだけれど……」
「……な、何でしょうか?」
私の様子にそれまで無言で話を聞いてくれていたメイドの表情も真剣なものに変わる。
「それが……旦那様(仮)は、お疲れの様子は無くなりましたけど、今度は常にお顔が火照っている気がして……でも、額に手を当ててみても熱は無いご様子なの」
あの日、憎たらしいくらいスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた旦那様(仮)は、それからは寝付きが良くなったらしく、疲れた様子は無くなったわ。でも、その代わり何だかいつも頬が赤い。
(これは、血色が良くなった! と喜ぶべき所なのかしら?)
「どう思う? お医者様に診てもらったらどうですか? と進言するべきかしら?」
「…………いえ、言わなくてもいいかと。それにご主人様も“必要ない”と断る気がします」
「そう?」
確かに言いそうね。と、思った。
「……奥様、奥様は、ご主人様のような行動を取ったり症状になったりする事は無いのですか?」
「私が?」
「そういう経験に思い当たる事があれば、自ずと答えは出ると思われるのですが」
「!」
そうね……と、考える。
私の経験、経験ね……
「うーん、私はどちらかと言うとよく喋る方だし……」
(そうよ。それで、お父様にもよくお小言を言われたっけ)
淑女らしさが足りん!
そのくせ、ぽやぽやしおって!
そんなんだから誰からも相手にされず、結婚適齢期が過ぎて───
……って、今はお父様のお小言はどうでもいいわね。
むしろ、思い出してもいい事の無い話。
「頬が赤くなるのは、恥ずかしかったり照れてしまったりした時には私もなるけれど……」
ここに来た時に、私が茹でダコ妻になったのは記憶に新しいわ。今、思い出しても恥ずかしい……
「奥様! そ……」
「でも、常に赤いなんて変でしょう? だって、そうなると旦那様(仮)が、常に恥ずかしくて照れてしまっているみたいじゃない? では何に? という話になると思うの……」
「……」
(あらら? メイドが何とも形容し難い顔に!)
「奥様……私から言える事は……ええ、これはもう、解決策は一つしかありません!」
「え、あるんですの? 旦那様(仮)を理解する為の解決策!」
「……はい。私の経験上、こういうのは外野があれこれ口を出してはいけないのです。口を出すと何故か更に悪化して拗れていくものなのです!」
「……?」
メイドは物凄い興奮して力説してくれているけれど、残念ながら私の頭では理解が追いつかず話の内容があまりうまく頭に入って来てくれない。
(んん? えっと、それはつまり……?)
「ですから、奥様!!」
「────と、言うわけで、やって参りましたの!」
「……」
(あらあら、旦那様(仮)ったら、驚いて固まってしまっていますわ)
しょぼくれてはいないけれど、やっぱりワンコみたいだわと、思ってしまった。
そんなメイドのアドバイスは、単純な事でしたわ。
───ご主人様とゆっくりじっくりお話をして下さい!
これだけでした!
(まぁ、確かにその通りではあるのだけれど……)
「今は、休憩時間だと窺いましたわ!」
「あ、あぁ、そうだが……」
「ですから、私とお茶をしましょう! 旦那様(仮)!」
「……いやいや、待て待て! 急に訪ねて来てどうしたんだ!? 何かあったのか?」
大変ですわ! 旦那様(仮)のお顔がとても真剣です。
こ、これは……何か重大な事が起きたと思われてしまっている??
「いえ! お茶をしてお話をするだけです!!」
「!?!?」
旦那様(仮)ったら、さっぱり意味が分からない、という顔になりましたわ。
───
そうして私達は、やや強引だったけれど休憩時間を利用してお茶をする事になった。
「……はっ! 待て待て待てアリス!」
「そんなに慌ててどうなさいましたの? 旦那様(仮)」
席に着いてゆっくり待っていて下さいね!
と言ったのに、旦那様(仮)ったら、何故か青ざめた顔で慌てて私の元へと駆け寄って来た。
「き、き、君……いや、アリスがお茶を淹れるのか!?」
「ええ! 他に誰がおりますの?」
今、この部屋には私と旦那様(仮)の二人っきり。
私が訪ねたと同時に他の方々は「我々は外で休憩して来ます」と言って部屋を出て行ってしまったから。
「そ、それはそうなのだが……だって、アリスは……炭」
「はい? 今なんて仰いましたか??」
アリスは……の後の最後がなんと言ったのかよく聞こえなかった。
「……いや、お茶だしな。さすがに炭にはならない、か」
「旦那様(仮)?」
「……コホンッ、そ、側で見ていても良いだろうか? その……(心配で)」
「構いませんけど、面白い物でも何でもありませんわよ?」
(きっと、普段、お茶を淹れる所なんて見る機会が無いでしょうから物珍しいのね~)
旦那様(仮)はコクリと頷くと、とても真剣な眼差しになった。
(え!? お茶を淹れる所って、そんなに真剣な眼差しで見るものだったかしら!?)
まるで、方々から敵に奇襲でもされるのを警戒しているのでは? ってくらいの鋭い眼差し。
さすが、元・騎士。
そんな目で見られるとこちらも緊張してしまうわ。
そこで、私はハッと気付く。
(知らなかったわ……この屋敷では女主人が旦那様にお茶を淹れるという事は、かなりの重要任務なのかもしれない。これは心してかからないといけないわね)
……あれ? でも、その割にはあっさりとお茶を淹れるセットを渡された気がするのだけど。
何にせよ、ここまで、緊張感の漂うお茶を用意するのは初めてだわ。
そんな事を思いながら、私はお湯を沸かしてお茶を淹れる準備を始めた。
私の淹れたお茶を飲んだ旦那様(仮)は一口飲んだ後、何故か天を仰いだ。
そしてこう言った。
「……お茶だ。お茶だった……」
「旦那様(仮)?」
(この反応は何ですの?)
お茶を淹れている間の旦那様(仮)は凄かった。
私が何かする度に、ピリッと鋭い眼光を向けて来て「はっ!」とか「むっ!」とか謎の声をあげ、無事に私がお茶の用意が出来た時の旦那様(仮)はまるで、手強い敵との一戦を終えたかの様にかなり疲れ切っていた。
(私がお茶を淹れている間に、旦那様(仮)はいったい何と戦っていたと言うの……?)
「アリス……その、とても美味しい! 最高だ! こんなに美味しいお茶は初めてだ」
「それは良かったです! ありがとうございます」
旦那様(仮)は、これでもかと言うくらい私の淹れたお茶を美味しいと褒めてくれた。
喜んで貰えたようで私も嬉しいけれど、あれだけ見えない何かと戦っていたんですもの。
きっと、今の旦那様(仮)ならその辺の水でも最高に美味しいと感じると思うわ。
「そ、それでだ、アリス。は、話というのは?」
「え?」
お茶の準備をしている時は、何故か顔の青かった旦那様(仮)は、またここ最近の赤い顔に戻っていた。
「そ、そうでした……!」
(お茶を淹れる任務があまりにも重要過ぎて、すっかり忘れていたわ)
そもそもの目的は謎の旦那様(仮)を理解する為に話をしに来たのに。
お茶はそのついでの道具だったはずなのに……何故。
「その様子では、緊急だったり急を要するような話では無い、のだな?」
「はい」
「……では、何だろうか?」
「えっと……」
しまった! 何と切り出すか全く考えていなかったわ!
今になって焦り出す私。
(…………そうよ、そう。こういう時は……)
まずは、さり気ない話から───
「………………ご趣味、は何ですか?」
「は?」
「…………(ま、間違えた?)」
いくら、お飾りの妻で白い結婚とは言っても私達は一応、新婚夫婦(仮)
夫婦(仮)に、なって既に何日も経っているというのに、初顔合わせの席で訊ねるような定番の言葉が飛び出してしまった。
もしも、この場に使用人がいたら「い、今更ですか!?」と言われたに違いない。
と、私は混乱する頭で思った。
90
お気に入りに追加
4,837
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに従う必要がないのに、命令なんて聞くわけないでしょう。当然でしょう?
チカフジ ユキ
恋愛
伯爵令嬢のアメルは、公爵令嬢である従姉のリディアに使用人のように扱われていた。
そんなアメルは、様々な理由から十五の頃に海を挟んだ大国アーバント帝国へ留学する。
約一年後、リディアから離れ友人にも恵まれ日々を暮らしていたそこに、従姉が留学してくると知る。
しかし、アメルは以前とは違いリディアに対して毅然と立ち向かう。
もう、リディアに従う必要がどこにもなかったから。
リディアは知らなかった。
自分の立場が自国でどうなっているのかを。
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました
柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》
最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。
そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

妹から私の旦那様と結ばれたと手紙が来ましたが、人違いだったようです
今川幸乃
恋愛
ハワード公爵家の長女クララは半年ほど前にガイラー公爵家の長男アドルフと結婚した。
が、優しく穏やかな性格で領主としての才能もあるアドルフは女性から大人気でクララの妹レイチェルも彼と結ばれたクララをしきりにうらやんでいた。
アドルフが領地に次期当主としての勉強をしに帰ったとき、突然クララにレイチェルから「アドルフと結ばれた」と手紙が来る。
だが、レイチェルは知らなかった。
ガイラー公爵家には冷酷非道で女癖が悪く勘当された、アドルフと瓜二つの長男がいたことを。
※短め。

お姉様。ずっと隠していたことをお伝えしますね ~私は不幸ではなく幸せですよ~
柚木ゆず
恋愛
今日は私が、ラファオール伯爵家に嫁ぐ日。ついにハーオット子爵邸を出られる時が訪れましたので、これまで隠していたことをお伝えします。
お姉様たちは私を苦しめるために、私が苦手にしていたクロード様と政略結婚をさせましたよね?
ですがそれは大きな間違いで、私はずっとクロード様のことが――

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
window
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

笑わない妻を娶りました
mios
恋愛
伯爵家嫡男であるスタン・タイロンは、伯爵家を継ぐ際に妻を娶ることにした。
同じ伯爵位で、友人であるオリバー・クレンズの従姉妹で笑わないことから氷の女神とも呼ばれているミスティア・ドゥーラ嬢。
彼女は美しく、スタンは一目惚れをし、トントン拍子に婚約・結婚することになったのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる