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第3話
しおりを挟むそれから、話し合いの元、私はすぐに未来の旦那様(予定)のギルバート・ランドゥルフ様の領地である伯爵領へと赴く事になった。
彼は王都のお屋敷ではなく今は領地に住んでいるという。
(ええ。これは私の気が変わらない内に早く結婚させてしまえ! というお父様の思いの現れね)
私が一人納得してうんうんと頷いていると、
「何だかバタバタの出発ですまないな」
馬車の中で私の向かい側に申し訳なさそうな顔で座っている未来の旦那様(予定)に謝られた。
「いえいえ、お気になさらず。私は大丈夫ですわ」
そんな彼に向かって私は笑顔で答える。
なんと、この妙にマメマメな性格らしい元・騎士の未来の旦那様(予定)は、出発の当日、馬車と共に私を迎えに来てくれた!
(旦那様(予定)ったら……わざわざ私の為にお迎えを……)
と、ここは本来なら胸がキュンとする場面なのだろうと思われる。
しかしこれは、そんな甘酸っぱい話ではなく、ただただ我が家が貧乏で馬車が出せなかった。
それだけ。
(何であれ、有難いわ~)
しかも、我が家が所有していたオンボロな馬車よりも何倍も乗り心地が良い!
これが男爵家と伯爵家の差なのね!
私が内心でそんな感動をしていたら、何故かじっとこちらを見ている未来の旦那様(予定)とパチッと目が合う。
(何かしら? ハッ! 朝食のパンくずが頬についている!?)
私は慌てて自分の頬を触る。
だって、未来の旦那様(予定)のお迎え、とっても早かったんですもの。
私、まだパンを食べていたので慌てて口に詰め込んだわ。
まさか、その時の……?
「わ、私の顔に何かついていますか?」
「……あ、いや、不躾にすまない。き、君の……アリス嬢の表情は、こう、見ていて飽きないなと思ってね」
「?」
「ほら、初めて会ったあの場でもそうだっただろう?」
(パンくずではなかったわ!)
私はホッと胸を撫で下ろした。
それにしても……表情。
やっぱり言われてしまったわ。
「あの……私、お父様にはよく顔がうるさいと言われて来たのですが……」
「うるさい? か、顔が!?」
未来の旦那様(予定)が何故かそこで盛大に吹き出した。
そして思いっきり肩を震わせている。
(え? これ、もしかして笑っているの?? あのギルバート様が!?)
やだ、嘘でしょう? ……笑わない騎士、いえ、愛しの王女様の前だけでは笑うはずの、騎士ギルバート様はどこへ行ってしまったの……?
「未来の旦……ギルバート様もやっぱり、顔がうるさいと思いますか?」
「…………ふはっ、いや、そんな事は……ない……決して……ない」
「でも、笑っていますわよね?」
(未来の旦那様(予定)が笑い死にしそうなんですけど? 私、これから(白いけど)新婚の花嫁になるはずなのに、もう未亡人になってしまうのかも……)
「す、すまない……ちょっと、じ、人生で……初めて聞いた……か、顔がうるさい……ふはっ」
「笑いすぎではありません?」
「ふはっ……す、すまな……い」
その後も、未来の旦那様(予定)は、何度も思い出しては面白そうに笑い続けていた。
───なので。
「あー……アリス嬢。何で不貞腐れているんだ?」
ひとりで笑い転げている未来の旦那様(予定)を無視して私は外の景色を眺めていた。
「いえ、ギルバート様がおひとりでとっても楽しそうなので、私は私で景色を一人で楽しむ事にしたのです。なので、邪魔しないでくださいませ」
「なっ! …………本当に面白いな、君は」
「別に面白い事をしようとしたつもりは一切ありませんわ」
私がプイッと顔を背けると未来の旦那様(予定)は、苦笑した。
(また笑ったわ……私の聞いたこの方の二つ名は、でまかせだったんじゃないかしら?)
「すまなかった、なぁ、機嫌を直してくれないだろうか……」
「……」
「アリス嬢……」
(今度は落ち込んでいるわ……まるで大きな犬みたい……)
そう思った私は、思わず手を伸ばして未来の旦那様(予定)の頭をついいい子いい子と撫でてしまう。
「……アリス嬢?」
「はっ!」
(わ、私ったら何をして!?)
我に返り焦った私は必死に誤魔化そうとした。
「か、髪の毛にゴ、ゴミがついていたのですわ! それを取ろうとしたのです!」
「え? ゴミ? ……取れたかな?」
「えぇ、ご安心くださいませ! ばっちり取れましたわ!」
(嘘ですけどね!!)
「……そうか、取ってくれたのか。ありがとう、アリス嬢」
「!!」
未来の旦那様(予定)は今度はふにゃっとした顔で笑う。
また、あまりにも素直すぎて色んな意味でドキドキした。
そんな未来の旦那様(予定)との馬車の旅は順調に進み、あっという間にランドゥルフ伯爵領へと到着した。
「伯爵領は海があるんですね! 初めて見ました。綺麗です!」
「カンツァレラ男爵領には無いのか?」
「ありませんね。 山と畑のみですわ!」
私が自信満々に答えると、未来の旦那様(予定)は、そうか……とだけ言った。
(海……本当に綺麗だわ)
私は、本の中でしか知らなかった初めて見る海にワクワクしていた。
「これまでご縁の無かった土地に来る事が出来て、こうやって本でしか知らなかった事に触れられるなら、白い結婚と言うのも案外いいものなのかもしれませんね」
「──!? ……ゴホッ! ゴホッゴホッ」
そんな独り言を呟いたら、何故か未来の旦那様(予定)が盛大にむせた。
(えーーー!?)
「だ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫……だ、が……アリス嬢。白い結婚に対して、そんなにも前向きな発言を出来る君を私は心から尊敬する、よ」
「尊敬ですか? ありがとうございます?」
「……」
よく分からないけど、褒められた気がしたのでお礼を言ってみた。
何故か未来の旦那様(予定)はまた、苦笑いをしていたけれど。
そんなこんなで、馬車がお屋敷に到着した。
(……来たわ)
私はゴクリと唾を飲み込む。
ここから先はさすがの私も呑気な事など言っていられないわ。気を引き締めてかからないと!
だって、ここからはあれでしょう?
使用人達による“当主が突然連れて来た女なんて奥様だとは認めませんし呼べません!”
という展開が待っているはずなのよ。
ほら、だって私、没落寸前の貧乏男爵令嬢ですもの。
「……アリス嬢」
分かるわ……そんなポっと出の身分の低い女を奥様と呼んで仕えるとか耐えられないわよね。
でも、そこは我慢してもらわないといけないの!
「…………アリス嬢」
(それに、きっと本音は王女様と結ばれて欲しいと思っていたでしょうに)
ごめんなさいね……王女様とは似ても似つかないこんな、妙ちくりんな奥方で……
「………………アリス嬢!」
「は、い?」
ふと気づくと、何故か旦那様(予定)の顔が近くにあった。
「さっきから、ずっと呼んでいたんだが?」
「え!」
「……全然、気付いていないようだった」
「ひっ!」
(ま、またやってしまったわ……)
私は急いで謝る。
「す、すみません。私はどうも自分の世界に入り込む癖がありまして」
「それで、あんなに楽しそうにコロコロ表情を変えていたのか」
「楽し……?」
楽しい想像はしていなかった気がするけれど……
何故か旦那様(予定)には楽しんでいたように見えたらしい。
「愉快な妄想するのも良いが、そろそろ中に入ってもいいか?」
「あ……」
私のせいで中に入れなかったらしい。
(行くわよ~! お飾りの妻アリスの白い結婚生活の始まりよ!)
私は決して使用人達のイビリなんかに屈したりはしないわ!
と、私はとてもとても無駄な意気込みをしながら、旦那様(予定)について屋敷の中へと入った。
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