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第2話
しおりを挟むそうして、無事(?)に結婚の話がまとまった所で、お父様はそそくさと逃げるように帰ってしまい、これから新婚夫婦になる(予定)の私達だけがその場に残された。
すると、未来の旦那様(予定)がちょっと躊躇いがちに言った。
「……あの、アリス・カンツァレラ男爵令嬢」
「はい、なんでしょう!」
私が満面の笑顔で元気よく答えると、未来の旦那様(予定)のギルバート様は、面食らったような表情になった。
「あの……私が言うのもおかしい話なのだが……本当にいいのか? あんな条件だぞ?」
あんな条件……
妻という名前だけの存在=お飾りの妻……が欲しかったという件よね?
「ですが、仕事を辞めろとは言わないのですよね?」
「あぁ。さっきも約束したがそれは言わない……が」
「なら、構わないです! お飾りの妻だろうと白い結婚だろうと何でもどんと来いですわ!」
「……!?」
(あら、大変。未来の旦那様(予定)がちょっと引いているかもしれない……!)
ダメね、ここはちゃんと説明しなくては。
「ご安心ください、未来の旦……ギルバート様。この結婚は貴方にとってだけでなく、私にとってもいい事がありますの。だからお受けしますのよ」
「……? どういう事だ?」
未来の旦那様(予定)は私の言葉に、不思議そうに首を傾げた。
───……
私は、アリス・カンツァレラ。
カンツァレラ男爵令嬢の娘で20歳。
18歳までが結婚の適齢期と言われるこの国でそれを2年も逃した没落寸前の男爵家の令嬢。
もともと、決して裕福などでは無かった我が家が大きな借金を抱えたのは3年前の天候不良の時。
唯一の収入源だった農作物が大きなダメージを受けた事が原因だった。
そこから借りては返し借りては返し……
私の“仕事”の収入は生活費にまわして何とかここまでやって来た、という感じ。
(いっその事、爵位返上した方が私達も領民もまともに暮らせるようになるのでは……)
なんて思っていた矢先に、お父様がなんと私の結婚話を持って来た。
これまでも、何度かあったはずの結婚話はいつもいつも流れていた。だから、あまり期待はしていなかったのだけど……
『アリス! 喜べ!! 今度こそお前の結婚が決まりそうだぞ!!』
『はい? お父様、突然何を言っていますの?』
『なんと! 嫁いでくれるなら、我が家の借金も肩代わりしてくれるそうだ!』
『!?』
そんな上手い話があるはず無いわよ!?
見た目も平凡、爵位も男爵家の娘。しかも借金苦で没落寸前!
そして、結婚の適齢期を超えている!
そんな難しかない私を娶りたい人などいるはずが無いでしょう!
お父様は絶対に騙されているわ! お父様を騙そうとする最低な男はどこのどなたかしら!?
私が叩きのめしてみせますわ!
と、意気込んでこの場に来てみれば……
(まさかの……!)
元・護衛騎士様をこんな私が叩きのめせるはずもなく……
そして、そんな彼はお飾りの妻が欲しいと馬鹿正直に語り出した。
(完全に……何もかもが予想外だったわ!!)
でも……と私は思い直す。
白かろうが黒かろうが、結婚は結婚。
とにかく結婚してしまえば、お父様はきっと静かになるはず。
それに……
(ネタになるわ!)
今まで想像でしか思い描けなかった“結婚生活”というものを体験出来る!
そしてこれは、この先の私の仕事の強みになるに違いないのよ!
それに、お相手はあのギルバート様ですもの……
(まさか、今のこのタイミング。こんな偶然があるなんて……ね)
これは何かの導きかしら……
私はそう思わずにはいられなかった。
───……
「───と、いうわけです!」
「…………いやいや、待ってくれ。アリス嬢……君は今、何一つ説明なんてしていないじゃないか」
「え? あれ……?」
目の前で未来の旦那様(予定)が、何故か困っていた。
私も果て? と、首を傾げる。
「私、今、説明をしませんでしたか?」
「していない! 全く何一つしていない! 急にニコニコしたりニヤニヤしたりしかめっ面したりと、ひたすら百面相していただけだ!」
「え……あら?」
(それはとても不気味だったに違いない……)
「申し訳ございません……よくお父様にも怒られるのですが……」
「……カンツァレラ男爵が、アリス嬢が結婚をあっさり承諾した時に驚いた理由が分かったような気がするよ……」
(これは……人の話を聞いていない奴だと思われたわね……)
まぁ、大半はその通りなので素直に受け入れるしかない。
でも、大丈夫! この結婚は愛のない白い結婚だという事は理解しているわ!!
「えっと、私もこの年齢なので、やはり結婚を急かされていたのです」
「……あぁ、女性はその辺が面倒臭そうだな。そんなに急がなくても構わないだろうに」
「……」
未来の旦那様(予定)は、同情心を見せて来た。
やっぱりこの辺の苦しみは分かり合える気がするわ。
「面倒なのは……お互い様だと思いますけど?」
「それもそうか……」
「ですが、私にはその気が全然無かったので、助かりました、という気持ちが強いです」
「……」
「そして、見ず知らずの方の妻になれ! なんていきなり言われても困りますが、お飾りの妻ならかなり気持ちも楽です。これってつまり、必要な時にだけ“妻”を演じれば良いのでしょう?」
「……」
ペラペラと語る私に何故か、未来の旦那様(予定)が驚いた顔をしている。
「あの? 何かおかしかったですか?」
「いや……」
そこで未来の旦那様(予定)は、言葉を切るとフッと柔らかく微笑んだ。
「随分と変わった令嬢だなと思っただけだ」
「!!」
その時、何故か私の胸がドキッとしたのは、
────王女殿下の護衛騎士、ギルバート・ランドゥルフ様は滅多に笑わない騎士として有名だった。
だが、王女殿下の前でだけは時折、優しく笑っている─────
そんな噂話を思い出したから。
(ビックリしたわ……まさかここで笑顔を見せてくるなんて……私は王女様では無いのに……)
「……」
彼、ギルバート・ランドゥルフ伯爵は最近、爵位を継いだばかり。
そんなギルバート様が、周囲に早いうちに妻をと求められたのにはきっと色々な理由がある。
それはよくある伯爵家の後継の行く末を案じたものとは別にもう一つ───……
───同じく最近、隣国の王子と婚約したばかりの王女殿下の心をこれ以上惑わせない為に違いない。
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