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36. その感情の名前は

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「な……セアラ一択……ですって!?」
「……」

 ジョエル様の今の言葉にお姉様はさらに怒りをあらわにした。
 そんな中、ジョエル様は無言のままスタスタと部屋の隅に向かうと何かを手に取って戻って来る。

(……ジョエル様?  な、なにを?)

 いったい何を手に取ったのか最初はよく分からなかったものの、よくよく目を凝らしてみてあっ!  と気付いた。
 戻って来たジョエル様は無言でお姉様に“それ”を差し出す。

「……え?  な、なに?」
「……」

 お姉様が怒りと警戒の表情でジョエル様の差し出した“それ”を見て……

「───っ!  ど、どういうつもりですか!?  わ、私をバカにしているの!?」
「……」

 当然のようにキレた。
 しかし、ジョエル様は顔色一つ変えずに首を傾げる。

「鏡を見てご覧、そう言ったのは君だが?」
「はぁ?」
「だから、持って来た」
「~~っ!!」

 ほら使え……そう言わんばかりに鏡を差し出すジョエル様。
 お姉様は顔が真っ赤になり、目をカッと大きく見開く。
 今にも鏡を叩き割りたそうな顔付きになったけれど、耐えていた。

(そうよお姉様……今そこでそれを割ったら弁償よ……)

「か、鏡を見た所で同じだわ!  可愛いのはわた……ひぃっ!?」
「……」

 ジョエル様に無言で睨まれてお姉様は悲鳴をあげる。

「……醜いな」
「は、はぁ!?」
「──君は心がとても醜い」
「なっ!」
  
 お姉様は人生において“醜い”なんて言葉を初めて言われたのかもしれない。
 その場で硬直した。

「──っ、ジョエル殿!  だ、黙って聞いていれば……君は、シビルのことを何だと思っているんだ!」
「逃げた元婚約者」
「うっ……」

 硬直したお姉様の代わりにお父様が飛び出して来た。
 しかし、ジョエル様の一言に何も言えなくなり苦しそうに押し黙る。
 代わりに今度はお母様がしゃしゃり出て来た。

「そ、それでも、シビルはあなたの婚約者だったでしょう?  もっと特別な感情があっても……」
「……?」
「なかったの!?」

 ジョエル様が首を傾げる。
 その様子を見たお母様は絶句した。

「ふ、ふふ……どこまで私に興味がなかったのよ…………それなのに、セアラ、セアラって!」

 硬直していたお姉様が復活する。

「……っ、まさかとは思うけれど……ジョエル様はセアラのことが好きなんですか!?」

(──え!?)

 お姉様は声を張り上げると、私を指さしながらジョエル様に詰め寄った。
 “好き”
 その言葉に私の胸がドキッと跳ねた。
 ジョエル様は眉ひそめながら答えた。

「好きだが?」
「なっ!」

(……!)

 その迷いのない答えに再びドキッとした。
 お姉様も悔しそうに唇を噛んだ。
 けれど、そこはやっぱりジョエル様。

「酷い目に合ったのに前向きであろうとする姿には特に感服した」
「……は?」

(───ジョエル様!)

 色恋をすっ飛ばして人間性の話になっている。
 もちろん……嬉しい……嬉しいけど!!

(なんか違ーーう!)

 お姉様もまさかの返答に口をあんぐり開けて間抜けな顔を晒している。
 でも、すぐにハッと意識を取り戻し、ふふ、ふふふふ……と妖しく笑いだした。

「そう……そう、よねぇ。セアラ相手だもの」
「……」
「ふふ、嫌だわ。焦っちゃった。私ったらてっきり、ジョエル様はセアラに恋しているのかと思っちゃ───」
「恋だと?」

 ジョエル様が眉間に皺を寄せた。
 表情が変わったジョエル様を見てお姉様は一瞬驚いた後、とても嬉しそうにニヤリと笑った。

「ほら、やっぱり~!  恋じゃなかったわ。人、人として“好き”という意味だったのね~」

 そう解釈したお姉様は一気にご機嫌になって笑顔を振りまく。

「うふふ、セアラも勘違いしちゃったんでしょ?  可哀想ねぇ~」

 そう言って笑顔満開のお姉様が私の頭を撫でようとした。
 私はその手を払い除ける。

「……触らないで、お姉様」
「は?  な、何よその目!  私は可哀想な妹を慰めてあげようとしただけよ!?」
「そんな薄っぺらい見せかけの愛なんていらない!」
「!」

 お姉様の頬がピクッと引き攣った。

「如何に自分のことを可愛く見せられるか、優しい姉だと見てもらえるかのために私を引き立て役にするのはもうやめて!」
「なっ……」

 ジョエル様がお姉様に言った心が醜い……その意味がよく分かった。
 私は自分の髪留めに手を触れる。

「お姉様。お姉様は似合わないとバカにしたけれど、私はこういう装飾のついた髪留めやアクセサリーが好きなの」
「!」
「ドレスだってそう!  明るい色も好きよ」

 お姉様はますます頬を引き攣らせる。

「この髪留め───ジョエル様は似合っていると言ってくれたわ!  私もこれが自分に似合っていないなんて思わない!」

 私のその言葉にハッとしたお姉様は凄い勢いでジョエル様を睨んだ。

「似合うと言った、ですって……?  着飾った私があなたに何度似合う?  そう訊ねても訊ねても一言もそんなこと口にしてくれなかったくせに!」
「……」
「なんで……セアラだけ?  なんでよ!  恋じゃないんでしょう!?」

 そう言ってジョエル様に詰め寄るお姉様。
 そんなお姉様をじっと無表情で見つめながらジョエル様は言った。

「───恋ではない……がセアラのことは大切に思っている」

(え?)

「涙よりは笑顔が見たい……セアラが困っていたら助けたい、セアラが幸せであるといいといつも願っている……」
「なっ……にを……?」
「出会ってから、俺の心はいつもセアラで一杯だ!!」

(ジョ、ジョエル様ーー?)

 突然、とくとく語り出したジョエル様にお姉様は口をパクパクさせて唖然としている。

「そして、そんなセアラに幸せを与えるのはいつも俺でありたい……そう思っている!  それだけだ!」

(ジョエル様ーーーー)

 全然、それだけじゃない!  それだけじゃないから!!
 あと、それ……その気持ちって、確かに恋と言うより、むしろ───……

「……っ」

 私は恥ずかしさを懸命に堪えながらジョエル様に向かって手を伸ばす。
 そして、どうにか彼の服の裾を掴んでクイクイと引っ張った。

「ん?  セアラ?」
「…………ジョエル様、そう言って頂き……その、あ、ありがとうございます」
「……」

 コクリと頷くジョエル様。
 その顔は当然だ……と言ってくれている。
 胸がキュッとなった。
 私はそんな、キュッとなってドキドキする胸を必死に押さえながら口を開く。

「ジョエル様……?  ジョエル様が私に抱いてくれている、そ、その感情……にはちゃんとな、名前があるんです。知っています……か?」
「?」

 ジョエル様は、んんっ?  と眉根を寄せた。
 なんで!?
 ここまで来てそんな顔!?  
 やっぱり分かってない!

 自分で口にするのは、恥ずかしい……でも、気付いてしまった。

(私も同じ気持ちをジョエル様あなたに抱いている───……)

 だから、ちゃんと言葉にしたい。
 しなくちゃ駄目だ。

「ジョエル様……私もあなたと同じです……」
「セアラ?」
「ジョエル様のことを大切に思っていますし、あなたが困っていたら助けたい……私がジョエル様を幸せにしたい……そして……」
「?」

 私はグイッと顔を上げた。
 そしてジョエル様の両頬をガシッと両手で掴み、彼の目をじっと見つめる。

「私はこれからもジョエル様の隣にいて───あわよくば、いつかあなたのとびっきりの笑顔を見たいんです!」
「!」

 ジョエル様の表情が少し崩れた気がした。

「笑顔……?」
「はい!  だって大切な人が笑ってくれたら────自分も嬉しいでしょう?」

 私が微笑んでそう口にすると、ジョエル様は一瞬だけ目を見開いて小さく頷いた。

「…………ジョエル様」
「?」 
「わ、私たちが今、お互いに抱いているこの感情……その名前は───」
「……」

 私は一旦、言葉を切って軽く深呼吸してからとびっきりの笑顔を浮かべる。
 ───お願い、どうか届いて?

「────愛です!」
「あ……?」
「その気持ち、“愛”って言うんですよ、ジョエル様!」
「────!」

 ジョエル様の目が、驚きでめいっぱい大きく見開かれた。

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