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27. 元婚約者との再会

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(似合う……)

 たった一言なのにこんなにも幸せな気持ちになるのは何故なのかしら?

「セ、セアラ!  この髪留めはこのままつけて帰ろう!」
「え?」
「し、支払いしてくる!」
「ジョエル様……!?」

 ジョエル様はそう言ってパタパタと早足で髪留めの会計に行ってしまった。




 会計を終えたジョエル様が戻って来たところで私たちは店を出る。
 店を出て少し歩いたところでジョエル様がポツリと言った。

「プレゼント……は本当にその髪留めで良かったのか……?」
「はい!  ありがとうございました」
「……」

 私は笑顔で頷いてお礼を言う。
 けれど、ジョエル様はなんだか納得していないような顔。

「何かありましたか?」
「い、いや……こう、女性へのプレゼントというのはもっとお金を……どーん……」
「お金をどーん?  あ!」

 ジョエル様はどうやら、女性へのプレゼントはお金をどーんっと使うものだと認識していたらしい。

「───そうですね。そういうどーんとお金のかけたプレゼントを喜ぶ人がいることも事実です」
「……」
「ですが、私は気持ちの方が嬉しいです!」
「気持ち……?」

 ジョエル様はあまり分かっていなさそうな顔をした。

「……」

 これは今の私だけの話じゃない。
 エドゥアルト様だってそうだった。
 あの傍から見たら笑ってしまう変装(?)セットや肩から掛けていた布がものすごく高価だからエドゥアルト様はあんなに喜んでいたわけじゃない。

 私は買って貰った髪留めに触れる。

「気持ちです。ジョエル様は先ほど、これが私に似合うと言ってくれたじゃないですか!」
「あ、ああ」
「こういうのは値段じゃないんです。ジョエル様が“私に似合う”そう思ってくれたことが私にとっての一番のプレゼントなんです!」
「セアラ……」

 ……それだけじゃない。
 あなたは、まだ心の奥底でお姉様と自分を比べて卑屈になっていた私の心を溶かしてくれた。

(私はバカね───好きな物まで否定する必要なんか無かったのに)

 それにしても、パーティーでの私の様子のことといいジョエル様って他人に興味が無いようで意外と人のことをよく見ている。

(間抜け面をしていなかったならいいけど……)

 そんなことを考えていた私は前を見ていなくて、人にぶつかってしまう。

 ──ドンッ

「きゃっ……!?」
「う、うわ!」

 ぶつかった衝撃で転びそうになった。
 慌てたジョエル様が私に駆け寄って来る。

「───セアラ!  大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…………す、すみません、前を見ていなくて……」

 考えごとをして前をきちんと見ていなくて人にぶつかるって……
 どれだけ子どもなの私。
 なんだか情けなくなる。
 そんなことを思いながら、目の前の人に謝りながら顔を上げようとした。

「え?  ───その声……もしかしてセアラ?」

(……!)

 とても聞き覚えのある声にハッとする。

「今、セアラって呼ばれて……た。え?  本当に──?」
「……」

(この声……は、まさ……か)

 聞き間違えるはずがない。
 一度は人生を共にすると決めた人の声────……

「……っ」

 私はそろそろと顔を上げる。
 その瞬間、目の前にいた“その人”と私の目が合った。
 私は息を呑む。

「───っ!」
「セアラ!  ああ、やっぱりセアラじゃないか!!」
「……」
「すごい偶然だなぁ。こんなことってあるんだ?」
「……」

 驚いた私はすぐに声が出なかった。

 なんで……?  
 どうしてこんなところで会ってしまったの?

「……」
「あ、そうだ。実はさ、僕、近々にセアラに会いに行こうと思っていたんだよ」
「……」
「あれ?  何でさっきから全然、反応がないのかな?  まさかセアラ、僕の顔を忘れて……ハハハ、いや、さすがにそれはないよね?」
「……」

 ───忘れる?
 そんなはずがないでしょう?
 そして、なぜあなたは私を前にしているのにそんなヘラヘラしていられるわけ───?

(マイルズ様────……)

 そう。
 私が前方不注意でぶつかってしまった人は、どこからどう見てもあの日、結婚式という場で私を捨てた元婚約者、マイルズ様だった。
 そんなマイルズ様は、怪訝そうな私の様子に一切気付くことなくペラペラ喋り続ける。

「あれ?  その頭……セアラにしては可愛い髪飾りを付けてるね?  珍しい」

 マイルズ様はジョエル様に買ってもらったばかりの髪留めを目ざとく見つけるとそう言った。

「でも、セアラってそういう装飾付きのアクセサリーよりも、シンプルなデザイン物の方が好きなんだよね?」

 マイルズ様はあれ?  と、首を傾げた。

「いつもそういうシンプルなのばっかり好んで付けていたし選んでいたよね?  それなのにどういう風の吹き回し?」

 さすがにイライラして来る。
 ジョエル様みたいに口にしていなかった心の奥の気持ちまで気づいて察して欲しかった……なんてことは言わない。
 だから、好みを勘違いされていることはどうでもいい。
 でも……
 この状況でそんなヘラヘラ笑って私に話しかけて来るなんてどういう神経をしているの?

「セアラ?  ───そろそろさ……」

 パシッ
 マイルズ様はヘラヘラした笑顔を浮かべたまま、私に手を伸ばして来た。
 私はその手を思いっきり振り払った。

「……え?」

 私はそのまま冷たい目で彼を睨む。
 どうしてそこで“え?”という言葉が口から出るのだろう?

「あー……そっか。うん、やっぱり怒っているよね……あ、で、でもさ……!」

 さすがに私の反応から空気を読んだのか、バツの悪そうな顔になるマイルズ様。
 けれど、すぐにヘラッとした笑顔に戻ってしまう。
 “でもさ”
 この言葉が出てくるということは、次にこの人の口から出てくる言葉は、謝罪でもなければ反省の言葉でもなく……

(……言い訳、だ!)

「あのね?  セアラ。僕は、やっ……」
「───どけ!」

 突然、私の横から鋭い声が聞こえたと思ったら、そのまま私の身体がフワリと宙に浮いた。

(んぇ?)

 この感覚には何だか覚えがある。

「え!?  セアラ……!?  おい!  だ、誰だ?」

 突然のことに目の前のマイルズ様もびっくりしている。

「……!」

(え?  こ、これ私……また、ジョエル様に抱っこ……されているーー?)

 今度はどこも怪我なんてしていないのに?
 突然のジョエル様の行動に驚いて私が何も言えずにいたら、ジョエル様は再び冷たい声でマイルズ様に向かって言い放つ。

「邪魔だ、どけ」
「なっ……!?  邪魔って僕が!?」
「……」

 ジョエル様が───お前以外誰がいる。
 そんな目でマイルズ様のことを睨みつけた。

「ひぅっ!?  う、くっ…………」

 マイルズ様はその目に脅えると、完全にジョエル様の圧に負けていた。
 ジョエル様は、はぁ、と息を吐いた。

「せっかくたくさん笑ってくれたのに……────セアラ、今日はもう帰ろう」
「……ジョエル様」

 ジョエル様はそれだけ言うと私を抱っこして抱えたまま歩き出す。
 そして、ポカンとしているマイルズ様の横を通り過ぎた。

「…………はっ!  ……ちょっと、待っ……待ってくれ!  おい!  なんで!?」

 ハッとしたマイルズ様が慌てて振り返って、私とジョエル様に向かって叫ぶ。

「セアラ!  せ、説明してくれ……これはどういうことなんだ…………お、おいっ!」
「……」
「セアラーーーー」

 そんなマイルズ様の声を聞きながら私の中に疑問が浮かぶ。

(なんで?  これはどういうことなんだ?  説明してくれ?)

 なんでそんな言葉?
 私は抱きかかえられたまま、ジョエル様に声をかける。

「───ジョエル様、あの……もしかしてマイルズ様って」
「ああ。おそらく……」

 ジョエル様はコクリと頷いた。
 きっと今、私たちは同じことを考えている。

「……マイルズ様は、私とジョエル様が婚約したことを知らされて……いないのでしょうか?」
「あれが演技ではないのなら…………そうだろう」
「マイルズ様に演技なんて無理ですよ───ですから、あれは素です」

(───そういうこと。だから……パターソン伯爵家からは慰謝料請求に対する返事がなかったんだわ)

 だってマイルズ様が帰って来たから。
 それも、おそらく駆け落ちを決行したお姉様とは仲違いをした状態で────……
 だから伯爵夫妻はこの状態を喜んだに違いない。
 と。

(きっと私とマイルズ様にヨリを戻させて全て無かったことにするつもりなんだ……)

 社交界での醜聞は残るかもしれないけれど、高額の慰謝料を払うよりはマシ。
 そう判断した。

 無かったことになんて出来るはずがないのに!
 ───悔しい!
 私はギリッと唇を噛む。

「…………どいつもこいつも」
「ジョエル様?」
「揃いも揃って、セアラの気持ちをまるで考えていない!」
「!」

 そう口にしたジョエル様の顔はとても怒っていた。

「…………セアラ、屋敷に戻ったら父上たちに報告だ」
「はい」




 ────そんな元婚約者、マイルズ様と街で偶然の再会をした翌日。

 ギルモア侯爵家に、パターソン伯爵家から訪問の連絡が届いた。

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