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23. 駆け落ち失敗?
しおりを挟む(すごい顔……)
「ジョエル様……」
「……」
「ギ、ギュッとしますか?」
「……!」
(恥ずかしいことに変わりはないけれど……)
そう思って声をかけた。
すると、ジョエル様はこちらに顔を向けると、じっと私の目を見つめてくる。
そしてフルフルと首を横に振った。
「……大丈夫だ」
「え!?」
帰りの今も乗り込む前からすごい顔をしているのに!?
「……いつまでも苦手などとは言っていられない」
「その通りかもしれないですが急に何故ですか?」
「……」
私が聞き返すとジョエル様は少し沈黙したあと、ポソッと口を開く。
「このままでは、セアラが……」
「私?」
「セアラが出かけたい時に共が出来ない」
「え!」
まさかの言葉に胸がドキンッと大きく跳ねる。
「セアラは、これから街に出て買い物したい……や、観劇に行きたいとか……あるだろう?」
「!」
つまり、私のことを気遣って?
でも、それならば。
「それなら護衛をつければジョエル様が一緒ではなく、私だけでも……」
「駄目だ! セアラを一人で行かせるなんて以ての外! それに……」
「……それ、に?」
ジョエル様は下を向く。
そのせいで表情があまり見えない。
「───俺がセアラのことが心配で気になって手つかずになる!」
「え? 心配、ですか?」
「そうだ! だ、だから……!」
(ジョエル様……)
私が心配だから?
そう思ったらとたんに胸が擽ったくなる。
(もう!)
「…………それなら、無理はしないでください」
「……ああ」
「必要なら……ギュッとしますから!」
「…………ああ」
ジョエル様は深く深く頷いた。
「……それでは、帰りましょうか?」
「ああ」
ジョエル様は私をエスコートしたあと、ガチガチの顔で馬車に乗り込んで来た。
✤✤✤✤✤
(────やったわ!)
馬車の外に出て復旧作業の様子を確認して来た私は、待ちに待った情報を手に入れてマイルズ様の待つ馬車へと戻った。
「戻りました」
「……」
「……チッ」
いつもなら飛んでくる“おかえり”の言葉がない。
思わず舌打ちしてしまう。
(でも、この情報を聞けば……)
マイルズ様の態度も軟化するはずよ!
「マイルズ様、いらっしゃいます?」
「……」
チラッと視線だけ寄越すマイルズ様。
「今日は雨が止んので、復旧作業を急いだところ、明日には片方の道が通れるようになりそうなんですって!」
「……」
「ただ、それが先に進むではなく、もともと来た道を戻る方の道路らしいのですけど」
「……」
「なので、先に進むのは難しいみたいなんです」
「……」
「マイルズ様……聞いてますか?」
相づちすら打たないってどういうこと?
何様のつもりよ!
(───あああ、もう! 本っ当に腹が立つ!)
「ねえってば! マイルズ様!」
イラッとした私は声のボリュームを大きくし、怒鳴るような口調でマイルズ様の名前を呼ぶ。
それでも答えない。
冷たい目で私を見つめるだけ。
「……」
「マイルズ様ったら!!」
昨日から必死に私が話しかけているのに、マイルズ様は全く答えてくれなくなった。
さっきの話すら反応無しってどういうこと?
ようやく、ここを脱けだせそうになったという話なのよ?
(……チッ)
ギリギリ唇を強く噛み締めながら私は思う。
絶対、間違えた。
この駆け落ち失敗だったわ……
こんな男だと最初から分かっていたなら……セアラから奪ってやろうなんて考えなかったのに!
(誤算も誤算! 最低!)
その時、脳裏に浮かんだのは私が必死に話しかけているのに五語しか話してくれなかった婚約者の姿。
無視されるより五語の方が全然マシじゃないの!
それに……
(向こうの方が身分の高い侯爵令息。そしてなにより顔がいい……)
そこでふと思い出す。
今日は確か、エドゥアルト・コックス……
コックス公爵家の令息の誕生日パーティーとやらがあるのではなかった?
確か、コックス公爵令息は友人だからパートナーとしてパーティーに参加して欲しいって言って……
(あああ、もう!)
私は頭を抱える。
それなら、こんな男と駆け落ちなんかしないで、あの無愛想男のエスコートを我慢して受けていれば!
公爵家のパーティーに参加していた方が、セアラに自慢出来たんじゃないかしら?
だって伯爵家の交流関係なんてたかがしれているし。
(そして、あわよくば新しい出会いの可能性だってあったかもしれないのに!)
「……」
チラッと私はマイルズ様を見る。
彼はもう全く私のことを見ようともしない。
窓の外ばかり見ている。
つられて私も窓の外を見た。
今日の天気は持ちそうね。
昨日みたいな嵐は本当に勘弁よ!
(そして明日になれば……)
───やっとこんな苦痛の時間ともおさらばよ!
復旧するのは元来た道側のみ。
つまり、私たちは引き返すことになる。
(まずはお父様とお母様に謝って……)
セアラは───……
(きっと落ち込んでいるはず……ふふっ)
「あーあ……駆け落ち失敗ね」
私はマイルズ様に聞こえないくらいの小さな声でそう呟いた。
(でも、きっと今ならまだ大丈夫────……)
セアラは今頃どうしているかしら?
私が戻って来たら、どんな顔をするかしらねぇ。
ふふ、色々ごめんなさいね、セアラ。
(でも、安心して?)
こんな男はあなたに返してあげるから────
✤✤✤✤✤
「着きましたよ? ───ジョエル様! 大丈夫ですか?」
「……」
コクリ。
ジョエル様は青い顔で頷く。
「全然、大丈夫そうな顔色ではありませんが……生きていてくれて良かったです」
「…………くっ、長い道のりだった」
「……」
(いえ、めちゃくちゃ近いですからね!?)
そう思ったけれど、苦痛の時間というのは長く感じるものだから仕方がない。
そうして、無事に馬車を耐え抜いたジョエル様と共に、侯爵様と夫人の元に挨拶に向かう。
「戻りました」
「ジョエル、セアラ嬢! パーティーはどうだった?」
(ジョエル様が用意したエドゥアルト様の“変装”のせいで笑いを堪えるのが大変でした……)
とは、さすがに言えない。
「すこく盛り上がりましたよ?」
「そうか。で、その…………コホンッ、大丈夫だったか?」
その質問は、ヒソヒソクスクスの心配だろう。
「ジョエルでも役に立ったかしら?」
夫人も心配そうな目で私たちを見る。
私はふふっと笑って答えた。
「はい! ジョエル様のおかげであまり長い間、アレコレ言われずに済みました!」
「あら、そうなのね?」
「はい」
「それは良かったわ。やっぱりジョエルは便利だったでしょう?」
「!」
その言葉に私は苦笑した。
室内にはそんなほのぼのした空気が流れる。
けれど、次に侯爵様が真面目な顔つきになって私に言った。
「……セアラ嬢。土砂災害で通行不能になっていた道のことだが……」
「え? あ、はい」
「明日、一部だが復旧する見込みが立ったらしい」
「!」
それは、つまり二人が───
「通れるようになるのは……こちら側に“戻る道”だ」
「戻る……道」
(つまり、お姉様たちは先に進むわけではなくこちらに戻って、くる……?)
これは、慰謝料請求するチャンスね!
そう思った。
だけど、何故かしら?
何となく嫌な予感もする───……
私の胸が少しザワついた。
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