【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea

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22. 私のヒーロー

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 ────本当にジョエルは便利なの。だから、ね?  困った時はすぐジョエル!

 侯爵夫人は私にそう言ってくれた。
 勢いに乗せられて復唱もした。(トータル五回くらい)
 だから、このパーティーで困った時は言葉通りジョエル様を頼ろうと決めたわ。
 実際、ジョエル様とエドゥアルト様の友情パワーのおかげで、嫌な声も聞こえなくなった。

(でも……)

「どうした、セアラ。これではまだ、足りないか?」
「あ、いえ。そんなことはありません。ほら……」

 私は料理がこんもり盛られたお皿をジョエル様に見せる。
 ジョエル様は私が手に持つそのお皿をじっと見た。

「いや?  それでは、やはり足りないだろう」
「え!?」
「待っていろ。もっと持ってくる」
「もっと!?」

 ジョエル様はくるりと背を向けると、再びスタスタと料理が並ぶテーブルへと向かっていく。

(もっと……?  え?  本気で言っている?)

 私は手元のお皿を見る。
 このモリモリに盛られた料理を私の元へと持って来たのは、ジョエル様。
 あなたよ!?

 ジョエル様はせっせと料理を運んで来てくれた。
 なんて、甲斐甲斐しい婚約者なの……と感動したのも束の間。
 お皿の上はあっという間に料理でいっぱいになった。

「……」

 ───あれも美味い。これも美味い。セアラが好きそう。ぜひ、セアラに食べて欲しい……
 無表情なのに、そんなこと言われたら断れないわ!
(しかも、本当にどれも美味しい!  あと好き!) 
 でも、限度……
 限度というものがあると思うの。

(侯爵夫人……)

 私は心の中で思う。
 ──困った時はすぐジョエル!

(その、ジョエル様に困らされている場合はどうすればいいのですかーーーー!?)



「待たせたな」
「!」

(ひぇっっ!!)
  
 私が心の中で嘆いているとジョエル様が、再度こんもり盛られた料理を手に戻って来た。
 これ以上は間違いなく私のお腹が悲鳴を上げてしまう。
 ここは、はっきり言わなくては!

「ジョエル様。少し量が多くありません、か?」
「……そうか?」

 そ  う  か  ?
 ……ですって!?
 大真面目に首を捻ったわよ!?

「ジョエル様!  普段の私の食事量を思い出してみてください!」
「?」
「私、こんなに食べていますか!?」
「……」

 黙り込むジョエル様。
 やがて、記憶の中から引っ張り出せたのかポツリと言った。

「少ないな……」
「でしょう!?」

 私がそう言うとジョエル様は顔をしかめる。
  
「こんなには食べないものなのか…………難しいな」
「……」

 そんなしかめっ面になるほど難しいことなのかしら……と思いながらも、ジョエル様だものね、と納得する。
  
「ジョエル様!」
「?」
「ですが、私のことを思って選んで持ってきてくれたお気持ちはとても嬉しいです」
「セアラ……」
「どれも、お、美味しくて、私の好きなものばかりですし!」
「!」

 ジョエル様が目をパチパチさせている。

「しかし、一人では食べ切る自信がありません──ですから一緒に……わ、わ、たしと!  一緒に食べていただけますか?」
「!!」

 パチパチしていたジョエル様の目がクワッと大きく見開いた。

「一緒……!」
「はい、一緒に……です」
「…………っっ!」

 クワッ!
 更に目が大きく見開くジョエル様。

(これは、肯定……と捉えていいのよね……?)

「では、口を開けてください」
「く、口!?」

 今度は一転し、ググッと眉間に皺を寄せて厳しい表情になるジョエル様。

「はい。だって口を開けてくださらないと食べられませんよ?」
「ぐぬっ!  そ、そうだな……」

 ジョエル様がおそるおそる口を開く。

「では……」

 私がジョエル様の口に料理を運ぼうとしたその時、突然会場が騒がしくなった。

(な、なに?)  

 私は手を止めてキョロキョロと辺りを見回す。
 そして、バーンと勢いよく開かれていた扉の向こう……
 そこに居たのは、エドゥアルト様。

(え……えっと?)

 どうやら、エドゥアルト様は着替える為に一旦出ていたらしく、支度を終えて会場に戻って来た様子。
 ハッハッハと笑いながら皆に手を振るエドゥアルト様。
 私はそんな彼の姿を見て目を剥いた。

「!?」

 いや、その姿に驚いたのは私だけじゃない。 
 パーティー参加者の心は一つ!
 皆が私と同じようにエドゥアルト様の格好に驚いていた。

(な、な、何があったのーーーー!?)

 エドゥアルト様は、
 “本日の主役”と書かれた布を肩から斜めにかけていた。
  
(いや、確かに彼は今日の主役ですけど!)
  
 しかし、なんだアレ感がすごい。 
 だけど、そんな主役の自己主張はまだまだ可愛い。
 もっと危険……いや、危なすぎる代物がエドゥアルト様の顔についていた。

(あれは……付け鼻?)

 エドゥアルト様は極太の眉毛と眼鏡、そして鼻を顔に付けていた。

(なんて嬉しそうな笑顔なの……)

 それより、あれは何事!?
 誰もが混乱し……そして公爵令息という身分の彼に対して笑っていいものかと戸惑う中、たった一人、全く動揺もせず微動だにしない冷静な人がいた。
 ───そう、ジョエル様。
 彼はピクリとも表情を変えずにじっとエドゥアルト様を見つめている。

(さすがジョエル様だわ……これでも動じないなんて……!)

 いくら、エドゥアルト様が愉快で陽気な方だと言ってもこの笑撃はさすがにすごいと思うのに。
 私は吹き出しそうになるのを懸命に堪えながら、ジョエル様に声をかけた。

「ジョエル様、あれ、す、凄いです……ね」
「……」
「パーティーの余興かなにかでしょうか……?」
「───プレゼント」

(ん?)

 まさかの単語が私の耳に届く。  
 プレゼント……って聞こえたような……?  

「あれは俺がエドゥアルトに贈った誕生日プレゼントだ」
「た……」

(誕生日プレゼントォォォ!?)

 ゴフッ……!
 乙女?  淑女?  失格と言われてもおかしくないほどの勢いで私は吹き出した。
 無理!  耐えられない!  勘弁して!

「エドゥアルト……早速開封したのか?  早いな」
「な、ななななななな……」

 あまりの展開に震えて声がうまく出ない。
 何で、何でよ!  何で“あれ”が誕生日プレゼントなの!?
 センス……センスーーーーー!

 ──ホホホ、だから言ったでしょう?

 そう笑う侯爵夫人の姿が脳裏に浮かぶ。
 そんな中、ジョエル様は淡々と語った。

「……昨日、パーティーの存在を思い出した後、エドゥアルトへのプレゼントの用意も忘れていたことに気付き慌てて商会の人間を呼んだ」
「は、はい……」

(そういえば、バタバタと人が屋敷に出入りしていたような……)

 あれは商会の人たちだったのね?

「その中で偶然あれを見つけた」
「……」
「慌てて呼ばれたから、つい間違って持って来てしまった……と言っていた」

(でしょうね!?)

 本気で持参していたらびっくりよ。

「見た瞬間、これだ!  と思った」
「……」

(なんでーーーー!?)

 本日の主役だから?
 陽気な彼にピッタリだと思ったから?  

「エドゥアルトは昔、“変装がしたい”と言っていた」
「え?」
「あの付け鼻と眉と眼鏡のセットは変装にピッタリだ」
「いや、変装は変装ですけど、めちゃくちゃ目立ちますけどね……主役の布とか!」
「あれはオマケだ」

 どうやら、“本日の主役”の布はオマケ品らしい。

(商会の人間もお買い上げされてびっくりしたでしょうよ……)

「しかし、変装……エドゥアルト様ってそんな可愛らしい願望をお持ちだったのですね?」

 まあ、そういうことなら“あれ”も有り……なのかしら?
 もっと別の変装グッズがあったはず……と、思はなくもないけれど。
 私がクスクス笑ってそう言った時だった。

「八歳の頃の話だ」
「へぇ、はっさ…………ぃいい!?」
「?」

(何年前ぇぇぇぇーー!?)

 それを覚えているジョエル様もジョエル様だし、いい歳した今、それを貰って喜ぶエドゥアルト様もエドゥアルト様だわ。

「時間はかかったが、ようやく渡せた……」
「!」

 そう口にしたジョエル様の口元が少し綻んでいるように見えた。

「~~っ」

(もう!  ここで、そういう顔してその言葉を口にするのはずるい……わ)

 明らかに色々ズレているはずなのに嬉しくなっちゃうじゃない!
 もしかしたら、エドゥアルト様もそんなことを思ってジョエル様の為に、わざとああやって嬉しそうにはしゃいで───……

「……」

(……無いか。あれは普通に“誕生日プレゼント”を貰って喜んでいる人だわ!)

 きっと、エドゥアルト様は着替えに行った際にジョエル様から届いていたプレゼントを目にして、嬉しくなって即開封、即装着したに違いない。
 なんであれ、誤解されがちなジョエル様におそろしく理解のある素敵な友人がいた事実に嬉しくなった。

「ふふ……」
「セアラ……?」
「いえ、何でもありません」
「?」


 その後、私はモリモリに盛られた料理をジョエル様と一緒に綺麗に平らげ、パーティーを後にすることになった。



 ジョエル様と並んで馬車に向かいながら私は考える。

(ジョエル様が睨みを効かせてからは、ヒソヒソクスクスがびっくりするくらい静かになったわ……)

 そして、とどめはエドゥアルト様のあの変装(もどき)!
 あれの笑撃があまりにも凄すぎて、結婚式で捨てられた花嫁の私のこと、捨てられた者同士で結んだ新たな婚約のことなんて皆の中から霞んでどこかに吹き飛んでしまっていた。

(凄いわ、ジョエル様……)

 まるで、物語のヒーローみたい!
 私は、トクンッと胸を高鳴らせながら、そっと隣のジョエル様の顔を見上げる。

「……あ!」

 そんなかっこいいはずの私のヒーローは、帰宅するための馬車を前にして、緊張と絶望が入り交じったような、とても渋い顔をしていた。
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