22 / 43
22. 私のヒーロー
しおりを挟む────本当にジョエルは便利なの。だから、ね? 困った時はすぐジョエル!
侯爵夫人は私にそう言ってくれた。
勢いに乗せられて復唱もした。(トータル五回くらい)
だから、このパーティーで困った時は言葉通りジョエル様を頼ろうと決めたわ。
実際、ジョエル様とエドゥアルト様の友情パワーのおかげで、嫌な声も聞こえなくなった。
(でも……)
「どうした、セアラ。これではまだ、足りないか?」
「あ、いえ。そんなことはありません。ほら……」
私は料理がこんもり盛られたお皿をジョエル様に見せる。
ジョエル様は私が手に持つそのお皿をじっと見た。
「いや? それでは、やはり足りないだろう」
「え!?」
「待っていろ。もっと持ってくる」
「もっと!?」
ジョエル様はくるりと背を向けると、再びスタスタと料理が並ぶテーブルへと向かっていく。
(もっと……? え? 本気で言っている?)
私は手元のお皿を見る。
このモリモリに盛られた料理を私の元へと持って来たのは、ジョエル様。
あなたよ!?
ジョエル様はせっせと料理を運んで来てくれた。
なんて、甲斐甲斐しい婚約者なの……と感動したのも束の間。
お皿の上はあっという間に料理でいっぱいになった。
「……」
───あれも美味い。これも美味い。セアラが好きそう。ぜひ、セアラに食べて欲しい……
無表情なのに、そんなこと言われたら断れないわ!
(しかも、本当にどれも美味しい! あと好き!)
でも、限度……
限度というものがあると思うの。
(侯爵夫人……)
私は心の中で思う。
──困った時はすぐジョエル!
(その、ジョエル様に困らされている場合はどうすればいいのですかーーーー!?)
「待たせたな」
「!」
(ひぇっっ!!)
私が心の中で嘆いているとジョエル様が、再度こんもり盛られた料理を手に戻って来た。
これ以上は間違いなく私のお腹が悲鳴を上げてしまう。
ここは、はっきり言わなくては!
「ジョエル様。少し量が多くありません、か?」
「……そうか?」
そ う か ?
……ですって!?
大真面目に首を捻ったわよ!?
「ジョエル様! 普段の私の食事量を思い出してみてください!」
「?」
「私、こんなに食べていますか!?」
「……」
黙り込むジョエル様。
やがて、記憶の中から引っ張り出せたのかポツリと言った。
「少ないな……」
「でしょう!?」
私がそう言うとジョエル様は顔をしかめる。
「こんなには食べないものなのか…………難しいな」
「……」
そんなしかめっ面になるほど難しいことなのかしら……と思いながらも、ジョエル様だものね、と納得する。
「ジョエル様!」
「?」
「ですが、私のことを思って選んで持ってきてくれたお気持ちはとても嬉しいです」
「セアラ……」
「どれも、お、美味しくて、私の好きなものばかりですし!」
「!」
ジョエル様が目をパチパチさせている。
「しかし、一人では食べ切る自信がありません──ですから一緒に……わ、わ、たしと! 一緒に食べていただけますか?」
「!!」
パチパチしていたジョエル様の目がクワッと大きく見開いた。
「一緒……!」
「はい、一緒に……です」
「…………っっ!」
クワッ!
更に目が大きく見開くジョエル様。
(これは、肯定……と捉えていいのよね……?)
「では、口を開けてください」
「く、口!?」
今度は一転し、ググッと眉間に皺を寄せて厳しい表情になるジョエル様。
「はい。だって口を開けてくださらないと食べられませんよ?」
「ぐぬっ! そ、そうだな……」
ジョエル様がおそるおそる口を開く。
「では……」
私がジョエル様の口に料理を運ぼうとしたその時、突然会場が騒がしくなった。
(な、なに?)
私は手を止めてキョロキョロと辺りを見回す。
そして、バーンと勢いよく開かれていた扉の向こう……
そこに居たのは、エドゥアルト様。
(え……えっと?)
どうやら、エドゥアルト様は着替える為に一旦出ていたらしく、支度を終えて会場に戻って来た様子。
ハッハッハと笑いながら皆に手を振るエドゥアルト様。
私はそんな彼の姿を見て目を剥いた。
「!?」
いや、その姿に驚いたのは私だけじゃない。
パーティー参加者の心は一つ!
皆が私と同じようにエドゥアルト様の格好に驚いていた。
(な、な、何があったのーーーー!?)
エドゥアルト様は、
“本日の主役”と書かれた布を肩から斜めにかけていた。
(いや、確かに彼は今日の主役ですけど!)
しかし、なんだアレ感がすごい。
だけど、そんな主役の自己主張はまだまだ可愛い。
もっと危険……いや、危なすぎる代物がエドゥアルト様の顔についていた。
(あれは……付け鼻?)
エドゥアルト様は極太の眉毛と眼鏡、そして鼻を顔に付けていた。
(なんて嬉しそうな笑顔なの……)
それより、あれは何事!?
誰もが混乱し……そして公爵令息という身分の彼に対して笑っていいものかと戸惑う中、たった一人、全く動揺もせず微動だにしない冷静な人がいた。
───そう、ジョエル様。
彼はピクリとも表情を変えずにじっとエドゥアルト様を見つめている。
(さすがジョエル様だわ……これでも動じないなんて……!)
いくら、エドゥアルト様が愉快で陽気な方だと言ってもこの笑撃はさすがにすごいと思うのに。
私は吹き出しそうになるのを懸命に堪えながら、ジョエル様に声をかけた。
「ジョエル様、あれ、す、凄いです……ね」
「……」
「パーティーの余興かなにかでしょうか……?」
「───プレゼント」
(ん?)
まさかの単語が私の耳に届く。
プレゼント……って聞こえたような……?
「あれは俺がエドゥアルトに贈った誕生日プレゼントだ」
「た……」
(誕生日プレゼントォォォ!?)
ゴフッ……!
乙女? 淑女? 失格と言われてもおかしくないほどの勢いで私は吹き出した。
無理! 耐えられない! 勘弁して!
「エドゥアルト……早速開封したのか? 早いな」
「な、ななななななな……」
あまりの展開に震えて声がうまく出ない。
何で、何でよ! 何で“あれ”が誕生日プレゼントなの!?
センス……センスーーーーー!
──ホホホ、だから言ったでしょう?
そう笑う侯爵夫人の姿が脳裏に浮かぶ。
そんな中、ジョエル様は淡々と語った。
「……昨日、パーティーの存在を思い出した後、エドゥアルトへのプレゼントの用意も忘れていたことに気付き慌てて商会の人間を呼んだ」
「は、はい……」
(そういえば、バタバタと人が屋敷に出入りしていたような……)
あれは商会の人たちだったのね?
「その中で偶然あれを見つけた」
「……」
「慌てて呼ばれたから、つい間違って持って来てしまった……と言っていた」
(でしょうね!?)
本気で持参していたらびっくりよ。
「見た瞬間、これだ! と思った」
「……」
(なんでーーーー!?)
本日の主役だから?
陽気な彼にピッタリだと思ったから?
「エドゥアルトは昔、“変装がしたい”と言っていた」
「え?」
「あの付け鼻と眉と眼鏡のセットは変装にピッタリだ」
「いや、変装は変装ですけど、めちゃくちゃ目立ちますけどね……主役の布とか!」
「あれはオマケだ」
どうやら、“本日の主役”の布はオマケ品らしい。
(商会の人間もお買い上げされてびっくりしたでしょうよ……)
「しかし、変装……エドゥアルト様ってそんな可愛らしい願望をお持ちだったのですね?」
まあ、そういうことなら“あれ”も有り……なのかしら?
もっと別の変装グッズがあったはず……と、思はなくもないけれど。
私がクスクス笑ってそう言った時だった。
「八歳の頃の話だ」
「へぇ、はっさ…………ぃいい!?」
「?」
(何年前ぇぇぇぇーー!?)
それを覚えているジョエル様もジョエル様だし、いい歳した今、それを貰って喜ぶエドゥアルト様もエドゥアルト様だわ。
「時間はかかったが、ようやく渡せた……」
「!」
そう口にしたジョエル様の口元が少し綻んでいるように見えた。
「~~っ」
(もう! ここで、そういう顔してその言葉を口にするのはずるい……わ)
明らかに色々ズレているはずなのに嬉しくなっちゃうじゃない!
もしかしたら、エドゥアルト様もそんなことを思ってジョエル様の為に、わざとああやって嬉しそうにはしゃいで───……
「……」
(……無いか。あれは普通に“誕生日プレゼント”を貰って喜んでいる人だわ!)
きっと、エドゥアルト様は着替えに行った際にジョエル様から届いていたプレゼントを目にして、嬉しくなって即開封、即装着したに違いない。
なんであれ、誤解されがちなジョエル様におそろしく理解のある素敵な友人がいた事実に嬉しくなった。
「ふふ……」
「セアラ……?」
「いえ、何でもありません」
「?」
その後、私はモリモリに盛られた料理をジョエル様と一緒に綺麗に平らげ、パーティーを後にすることになった。
ジョエル様と並んで馬車に向かいながら私は考える。
(ジョエル様が睨みを効かせてからは、ヒソヒソクスクスがびっくりするくらい静かになったわ……)
そして、とどめはエドゥアルト様のあの変装(もどき)!
あれの笑撃があまりにも凄すぎて、結婚式で捨てられた花嫁の私のこと、捨てられた者同士で結んだ新たな婚約のことなんて皆の中から霞んでどこかに吹き飛んでしまっていた。
(凄いわ、ジョエル様……)
まるで、物語のヒーローみたい!
私は、トクンッと胸を高鳴らせながら、そっと隣のジョエル様の顔を見上げる。
「……あ!」
そんなかっこいいはずの私のヒーローは、帰宅するための馬車を前にして、緊張と絶望が入り交じったような、とても渋い顔をしていた。
4,431
お気に入りに追加
6,041
あなたにおすすめの小説


氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】裏切ったあなたを許さない
紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。
そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。
それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。
そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる