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21. 翻弄される友人
しおりを挟む「チラチラチラチラ……皆、ジョエルばかりを見ているじゃないか!」
「……」
そう言われたジョエル様は特に何の反応もせず、じっとエドゥアルト様を見つめるだけ。
(このやり取りは珍しくもなくいつも通り……なのかな?)
そんなことを考えていたら、エドゥアルト様がビシッとジョエル様に向かって指をさす。
そして、ハッハッハと笑いだした。
ジョエル様とは対照的に随分と陽気な方だわ、と思った。
「フッ……確かにジョエル。お前の見た目がかっこいいことは僕も認めよう!」
(そこは素直に認めちゃうんだ……?)
「本性を知らなければ、ご令嬢方からは無口でミステリアスでかっこいい! そう思われることだろう!」
(何も知らなければ……ね)
「だが、ジョエル! 実際の君は単なる口下手なだけの不器用男にすぎん!」
(な、なんて理解力……!)
エドゥアルト様は、誕生日パーティーを危うく忘れかけられていたわりには、ジョエル様の理解度がとても素晴らしかった。
友人なのは決して嘘ではなさそう。
私は、ここまで言われたジョエル様の反応が気になってチラッと横目で彼を見る。
しかし……
───無。
さっきから表情は何一つ変わっていない。
ついでに口も開いておらず、一言も発していない。
(ジョエル様、お願い何か一言でもいいから喋ってあげて?)
私はそう願った。
だって、このままだとエドゥアルト様が一人で喋り続けるだけの残念な人みたいに見えて来てしまうから……
そう願ったのに、ジョエル様が何か言葉を発する前にエドゥアルト様が再び喋り出してしまう。
「───そういうわけでジョエル! そんな君が僕より注目を集めていることは許せん! 何があった!? あれか? 君の婚約者が他の男と消えたとかいう話か?」
(全く包み隠さずに直球投げつけて来たーー!)
ここまでジョエル様に向いていた皆からのチラチラ目線。
それは本人に面と向かって直接、理由が聞けないからヒソヒソチラチラしていたわけだけど。
「……ん? だが隣にいる女性は誰だ?」
エドゥアルト様はここでようやくジョエル様の隣に立つ私に気付いた。
「婚約者……はジョエルを捨てて逃げてしまった……のだろう? しかし、ジョエルに姉妹はいない。従姉妹もだ……ではこちらのご令嬢はいったいどこの誰なんだ?」
しっかりジョエル様の従姉妹の有無まで把握しているエドゥアルト様。
そんな彼が不審そうな目で私を見る。
(……これは、さすがに挨拶しなくては……!)
そう思った私が一歩前に進み出て挨拶をしようとする。
だけどその時、ついにジョエル様が動いた。
「セアラ」
「え?」
ジョエル様は歩き出そうとした私に向かって手を伸ばす。
そしてその手を私の肩に回した。
(……んぇ?)
そのまま軽く私を自分の方に抱き寄せると、それはそれはよく通る声で言った。
「───婚約者だ」
しーん……
ジョエル様のその一言に会場は一気に静まり返る。
しかも、困ったことにジョエル様は、その先を説明することなくそのまま黙り込んでしまった。
おかげで変な空気が会場中に流れる。
(ジョエル様ーー! 説明! 説明して! 言葉が足りないわ!?)
やはりここは私が出なくては……
そう思った時、エドゥアルト様が口を開いた。
「は? ジョエルの婚約者……? 本当に婚約者なの、か?」
「本当に本物の婚約者だ」
ジョエル様の私の肩を抱く手に力がこもる。
「いやいや、ジョエルの婚約者はジョエルの良さも分からないような目の節穴女で、ジョエルを裏切って逃げたんじゃなかったのか!?」
「逃げた」
「だろう? なら今、隣にいる令嬢は?」
「婚約者だ」
「!?」
エドゥアルト様が、うおぉぉーー!? と苦しそうに頭を抱える。
(大変……!)
エドゥアルト様は傍から見ていて大変愉快な方だとは分かったけれど、これ以上は気の毒すぎる。
私はエドゥアルト様に向かって声を張り上げた。
「エドゥアルト・コックス公爵令息様。はじめまして! 私はセアラ・ワイアット……ワイアット伯爵家の次女です」
「……?」
顔を上げたエドゥアルト様と私の目が合う。
「ジョエルの婚約者はワイアット伯爵家の……」
「長女です! 私はその妹なのです」
「妹? セアラ・ワイアット……? 最近その名前をどこかで耳にしたような───……」
「……」
「セアラ・ワイアット……セア…………あっ! そうだ。確か今、社交界で噂が……」
エドゥアルト様は私の名前を連呼したあと、私の噂を思い出したらしい。
そんな彼をジョエル様が無言で見つめる。
「ひっ!? 待て、待つんだジョエル! 話せば分かる!」
「……」
(え?)
ジョエル様は特に何も発言していないのにエドゥアルト様が突然焦りだした。
「だから! その目、その目はやめよう? な、ジョエル……?」
「……」
「え、えっと、つまり? ジョエルは今……えっと、婚約者……元婚約者の妹と……えっと? ……改めて婚約……した?」
そうして一生懸命、状況を整理しようとするエドゥアルト様。
「……そうなります」
私が頷くとエドゥアルト様は心底驚いた顔をした。
「なんでそうなった……? いったいジョエルに何があったんだ!?」
「……」
「同情……? いや、落ち着くんだ、あのジョエルだぞ? ジョエルがそんなことで婚約するはずがない……え? じゃあなんで……だ?」
状況整理をしたらますます混乱したようで、エドゥアルト様はジョエル様のことを呼んだ。
「ジョエル!」
「婚約した」
「それはよーーく分かった! そうじゃない! 僕が言いたいのは……」
「エドゥアルト」
「!」
うぐっと黙るエドゥアルト様。
「す、すまない。声が大きかった……」
「……」
なんとジョエル様はそのたった一言で混乱中のエドゥアルト様を謝らせてしまった。
(二人の関係っていったい……)
頭の中をそんな疑問でいっぱいにしていたら、軽く咳払いをしたエドゥアルト様が私に向かって頭を下げた。
「うるさくして申し訳なかった、セアラ・ワイアット嬢」
「い、いえ……私は大丈夫です……」
「貴女のことは……すまないが話は耳にしている」
「はい」
私は頷く。
ヒソヒソクスクスはこの会場に入ってから既にたくさん耳にしたけれど、謝られたのは初めてかもしれない。
「……ジョエルに、うるさい、大声でペラペラと喋って貴女を傷つけるなと怒られてしまった」
「え! 怒った!?」
(いつ? いつそんな話をエドゥアルト様にしたの!?)
まさかとは思うけれど、さっき名前を呼んだのが……?
私はびっくりしてジョエル様の顔をじっと見つめる。
「セアラ?」
「……私のために怒ってくれた、のですか?」
私がそう聞くと、ジョエル様は静かに頷く。
「俺が色々言われるのは構わない。だが……」
「だが?」
「セアラは……駄目だ。傷付く」
「ジョエル様……」
その言葉に私の胸がキュッとなる。
「だから────……」
そこで黙りこんだジョエル様が、会場内を無言で見回す。
すると、私たちを見てヒソヒソクスクスしていた人たちが、ビクッと震えて気まずそうに目を逸らしていく。
(む、無言の圧力……!)
その効果は抜群で嫌な笑い声は全く聞こえなくなった。
「ジョエル……」
そんなジョエル様の様子をポカンとした顔で見つめるエドゥアルト様。
彼は私を見ながら言った。
「ワイアット嬢、君はジョエルに何をしたんだ?」
「はい?」
「かれこれジョエルとは長い付き合いになるが、こんなにも感情を顕にしたジョエルは初めて見た!」
「えっと……」
そう言われても困る。
あと、そんなに言うほど感情が顕になっていたかな? と疑問に思う。
「ワイアット嬢、ジョエルは無口で表情も変わらず、大変分かりにくいとは思うが、こう見えて実は……」
「あ、結構、感情そのものは豊かですよね?」
「え?」
「先ほど、口下手で不器用と仰っていたように、ジョエル様はただ、言葉や表情にそれが上手く出せていないだけで……」
私がそこまで言うと、エドゥアルト様の目がパァーっと輝いた。
「奇跡!」
「え?」
「こんなに理解ある令嬢がこの世に存在していたなんて───ジョエル!」
「……分かった」
エドゥアルト様の呼び掛けにジョエル様は深く頷いた。
(何が!? 何が、分かった──なの!?)
私はジョエル様とエドゥアルト様の顔を交互に見つめる。
どうやら、二人の中ではしっかり通じているらしい。
(なるほど、これが男性の友情……)
多くを語らなくとも分かり合える……とかいうやつね?
それに、だ。
何となく感じるだけだけど、エドゥアルト様と接しているジョエル様はどことなく嬉しそう。
───ジョエルの婚約者はジョエルの良さも分からないような目の節穴女……
お姉様のことを言っていたあの発言からもエドゥアルト様はジョエル様のことが凄く好きなんだと思う。
「───ジョエル、ワイアット嬢」
「?」
エドゥアルト様が改まって私たちを呼んだ。
「婚約おめでとう。二人には色々あっただろうが、今日はその話を聞けたことが僕にとって最高の誕生日プレゼントだ!」
「!」
「パーティーもぜひ、楽しんでいってくれ」
エドゥアルト様は笑顔でそう言ってくれた。
「では、僕は挨拶回りがあるので失礼する」
そう言って他の人のところに向かうエドゥアルト様の背中を見ながら、ジョエル様は眉をひそめてとても小さな声でポツリと言った。
「……誕生日プレゼント? エドゥアルトへのプレゼントは用意して手配したんだが?」
「!?」
(プレゼントを用意した…………ですって!?)
思い出すのは、母親である侯爵夫人へのプレゼント……筋力トレーニングセット。
では、友人の彼にはいったい何を手配したというの……?
「セアラ? どうした?」
「い、いえ……」
残念ながら、いったいどんなとんでも品を用意したのかを聞く勇気が私には持てなかった。
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