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14. ハラハラとドキドキ
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(こんなはずじゃなかったのに……)
「~~もう! いい加減……どうなっているの!?」
「……」
「ねぇ、マイルズ様? 私たち、いつまでこうしていればいいわけ!?」
こんなはずじゃなかった……
こんなはずじゃなかった……
苛立ちが隠せない私は目の前のマイルズ様にその怒りをぶつける。
すると、目の前のマイルズ様はチラッと私を見るとヘラッと笑って首を捻る。
「うーん、僕に言われても困るなぁ……」
「なっ!」
(だから、なんでこの状況でヘラヘラ笑っていられるわけ!?)
「そんな呑気な───……」
「あ、でもほら、復旧作業はしてくれているみたいだし?」
「でも! 昨日は晴れたけど今日はまた雨なのよ!?」
今、私たちは戻ることも進むことも出来ない。
持ち出した二人の荷物だけであとどれくらい耐えられる───?
「仕方ないよ」
「し、仕方ないって……ちょっと、マイルズ様! そんな簡単な一言で済ませ……」
「……シビル嬢ってさ」
私が更に詰め寄ろうとすると、マイルズ様は珍しく不機嫌そうな顔になって深いため息を吐いた。
「もっと明るくて可愛くてニコニコしている人だと思っていたけど……」
「え?」
「案外、口うるさい母親みたいな人だったんだね。本当にセアラとは真逆───……」
(な、なんですって!?)
「セアラ……セアラは今頃、どうしているかな。やっぱり……」
「っっ! マイルズ様!」
「……あ」
私の苛立ちが伝わったのかマイルズ様はハッとした後、ヘラッと笑った。
「えっと……ごめんごめん? ちょっと言いすぎた、よね」
「……」
「セアラのことは……うん、あはは!」
「……」
「えっと……それに、ほらさ。シビル嬢ってずっと文句……あ、いや、喋ってばかりだから疲れないのかな~とか思ってさ。うん」
「マイルズ様……」
(こうして、険悪な雰囲気になることも増えた……)
ギリッ……
私は悔しくて唇を噛む。
(最高の計画だったのに……)
私の脳裏には何も知らずに幸せそうに笑って家を出て結婚式に向かった妹の顔が浮かぶ。
結婚式なのに新郎が来ない───さぞ、セアラは驚きパニックになったはず……
(ふふ、今頃はメソメソしている所かしら)
あの子が泣きべそをかいている姿を想像したら胸が少しスッとした。
きっと今頃……
───どうして? どうして、こんなことになったの!?
───私の何がいけなかったの!?
───なんで? なんでなんでなんで!?
こんな感じでセアラは悲劇のヒロインのように深く嘆き、私を可愛がる両親には色々と責め立てられて……
今、セアラの頭の中はぐちゃぐちゃで、夜も眠れず、食事も喉を通らず、私たちのことでいっぱいでしょうね────……
(ふふっ……ごめんなさいね? セアラ────)
✤✤✤✤✤
(こ、これはどういう状態なの──────!?)
もう、意味が分からなくて私の頭の中はぐちゃぐちゃよ!?
私は今、目の前の状況に対して盛大に心の中でこう叫んでいた。
「え、えっと、ジョエル様? これは?」
「茶と菓子だ」
私の質問にジョエル様は、無表情のまま淡々と答える。
「……お茶とお菓子」
(──いや! それは、分かっていますから!)
落ち着くのよ、私。
ジョエル様の謎の発言行動には少しずつ慣れては来たでしょう……?
私は聖母のような心で自分にそう言い聞かせる。
「つ、つまり、ジョエル様は午後の空いたこの時間で、私とお茶会をしようと思った……という認識でよろしいでしょうか?」
「……」
コクリと頷くジョエル様。
私はホッと胸を撫で下ろす。
どうやら、私の認識はそれで間違っていなかったみたい。
「……婚約者、とはこうして交流をはかるもの、なのだろう?」
「え、ええ」
間違ってはいない。
ジョエル様のその認識に間違いはない。
私たちは、まだ婚約者になりたてホヤホヤの関係。
仲を深めていくのはとっても大事なことだ。
(……でもね?)
私は、チラッと横……というか窓の外を見る。
ここはこの屋敷内で一番見晴らしのいい部屋……らしい。
しかし……
「……」
ザーッ
ドバーッ
ビュォオ~
ガッシャーーーン
(ジョエル様の目には、この大嵐みたいな天候が映っていないのかな……)
外は昨日と違って今日はまた酷い土砂降りだった。
風も強く、まさに嵐と言ってもいいくらい。
そう!
それなのにジョエル様はなぜか、そんな嵐が吹き荒れる庭がとてもよく見える部屋でのお茶会に私を誘って来た!
(なんで! なんで寄りにもよってこの部屋を選んだの!?)
全然、まったりと落ち着ける雰囲気がどこにもない!
どんどん荒れていく天候を眺めながらお茶を飲んで婚約者同士の交流というのは深まるもの?
ハラハラドキドキの意味合いが違う!
(……新しすぎるわ)
おかしい。
最終的には裏切られたけど、私には結婚式を挙げる所まで交流を深めた婚約者がいたはずだったのに……
ジョエル様は、言動も行動も違いすぎていてとにかく混乱する。
引き続き、お姉様たちのことをゆっくり考えようかなと思っていたのに、もうそれどころじゃない!
「……」
(こうして、ジョエル様の謎行動、謎理論に触れていたら……)
駆け落ちカップルの脳内なんてどうせワンパターンだろうし、全然大したことじゃないと思えて来てしまう。
「ジョエル様……どうしてこの部屋でのお茶会なのですか?」
「眺めがいい」
ジョエル様はキッパリはっきりそう言った。
間違ってはいない。
いないけど────!!
ビュォォォオ~
「例えば、ですが……私の部屋……とかではダメだったのでしょうか?」
「駄目だ!」
クワッと目を大きく見開いて即否定するジョエル様。
「な、何故です……か?」
そのあまりの迫力にびっくりしながら聞き返す。
「こ、婚約者……とはいえ、き、君の部屋で二人きりになるなど!!」
「私の部屋は駄目、ですか……では、ジョエル様のお部屋なら──……」
「もっと駄目だっっ!!」
最後まで言わせて貰えずに否定された。
何となくそう言われるだろうと想像していたので、私は苦笑する。
「くっ……き、君が……」
「私が?」
「お、俺の部屋に入って部屋の中で共に過ごす、ことを……想像したら」
「したら?」
「……」
何故かそこで黙ってしまうジョエル様。
顔を下に向けてしまったので表情もよく分からない。
いつもの無表情なのか、それとも少し崩れているのか───……
(もう! また、気になる所で!)
「ジョエル様?」
「…………」
私はそっと声をかけてみる。
「…………」
「ジョ……」
「────耐えられん!!!!」
「ひっ!?」
突然、そう叫びながらガバッと顔を上げたジョエル様。
「…………急激な体温上昇に加えて心音は鳴り止まず、身体中の汗という汗が止まらない────そんな状態に俺はなってしまう!」
「……」
私は目をパチパチさせてジョエル様の顔を見つめる。
(こ、これは…………普通に病気!!)
単なる緊張にしては度が過ぎている!
「い、医者を呼びますか?」
「……」
フルフルと首を横に振るジョエル様。
「病気、ではない……」
「では、緊張? さすがにそれは緊張しすぎではありませんか?」
「……分かっている」
「私はそんなに緊張するほどの相手ではありませんよ?」
「わ、分かっている……!」
「ジョエル様……」
(もう! ───なんて不器用なのかしら)
思わず内心でクスリと笑ってしまう。
私が部屋にいることを想像したら“耐えられん”だなんて……
そんなの聞きようによっては“私は嫌われているのね”と勘違いしちゃうわよ?
これまでよく無事に生きて来れたわ、と逆に感心する。
(だからこその消えない“冷酷”という噂なのでしょうけれど)
ここまで無事だったのはきっと、無口・無表情のおかげに違いない。
だって、そんなの近寄り難い。
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(嬉しいけれど、色々と心配だわ……)
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「……っ!?」
その瞬間、ビクッと震えたジョエル様が驚きの目で私を見る。
私はふふっと微笑んだ。
「────まずは、この手を緩めるところから始めましょうか、ジョエル様」
「…………えっ!?」
私を救ってくれたジョエル様の為に……私もあなたの力になりたい。
誤解されやすいあなたが……
(ジョエル様がもう少し肩の力を抜いて生きられるように───)
…………それが妻となる私の役目よ!
「セ、セアラ嬢……!」
どこに行ったかも分からないマイルズ様やお姉様のことは、とりあえず頭の片隅へと追いやって私は目の前のジョエル様とたくさん向き合う決意をした。
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