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12. 恥ずかしい勘違い
しおりを挟む侯爵夫人のアドバイスがズレているのか、ジョエル様がアドバイスを独特に解釈した結果がアレなのか。
どちらが正解なのかは分からないけれど……
(とにかく確定! ───絶対、そうに違いない!)
私は強く確信する。
すると、そんな侯爵夫人は怪訝そうに私に言った。
「……そんな息子なのに……本当の本当にあなたに優しく出来ているのかしら?」
「ジョエル様は優しいです!」
「!」
私は即答する。
そんな私の言葉に、完全に“無”になっていたジョエル様が顔を上げた。
(本人を前にして言うのは恥ずかしいけれど───)
「ジョエル様はきちんと私の“言葉”を聞いてくれて、気遣ってくれています……!」
不器用な歩幅合わせはギクシャクしていた。
けれど、あれはちゃんと私の言葉を聞いてくれた結果だ。
その後のことだって……
私は今日、ジョエル様と出会ってからここまでの時間でどれだけ心が温かくなったかを一生懸命話した。
侯爵夫人は最初こそ、半信半疑で怪訝そうにしていたけれど、最後は私の話を嬉しそうに笑って聞いてくれていた。
「───なるほどね。一応の成果は出て…………って、ジョエル? あなた大丈夫!?」
(え?)
ジョエル様について……を語り終えた私は夫人の声で再びジョエル様に顔を向けた。
(えええ! ま、真っ赤!?)
私はギョッとした。
急に熱でも出てしまった?
そう聞きたくなるくらいの真っ赤な顔。
表情は少し強ばっている?
それなのに全く微動だにせずに前だけを見据えて座っているのだから、ちょっと怖い。
「ジョエル!? あなた真っ赤よ? まさか───熱でもあるの!?」
侯爵夫人が心配そうに声をかける。
するとジョエル様は即答した。
「母上! ───熱は無い! これは体温が上昇しただけだ!!」
(……?)
ジョエル様は大真面目な顔でそう言ってのける。
熱……に体温……?
(え? いやいやいや、ジョエル様ーー!?)
体温の上昇……
それこそが“熱がある”と言う状態なのでは??
そんなジョエル様の頓珍漢な返答に侯爵夫人がハッと息を呑む。
「ジョエル……知らなかったわ。ちゃんとあなたにも上昇する体温があったということなのね?」
「ああ」
(……ん?)
「だって! これまでのあなたの体温が変化して顔色が変わる時と言えば……」
「……」
なんだかこれまた頓珍漢だけど、非常に興味深い話が始まった。
私、今ここで話を切られたら絶対に泣ける。
「…………馬車を前にした時と苦手なピーマンを前にして体温を下げる時だけだったはずでしょう?」
「くっ! そうだ、その二つは……駄目だ…………怖い苦い、嫌だ」
(……ピーマン!!)
どうやら、ジョエル様はピーマンが苦くて駄目らしい。
またまたジョエル様の可愛い一面が見えてしまい、私は思わず頬が緩みそうになった。
「だが。今日…………体温が不思議とよく上昇する。こんなことは初めてだ……」
「上がって下がって? つまりジョエル……あなたはようやく人並みの体温を手にしたということ?」
侯爵夫人の声がどこか震えている。
コクリ……静かに頷くジョエル様。
「そのようだ、母上……」
「まさか───こ、こんな日が……来るなんて」
(え……えええ?)
「表情筋が死んでるジョエルにはてっきり無縁なのだとばかり……」
「母上……すまない」
ギルモア侯爵母子が何やら感動している。
どうやら、親子にとってはものすごい感動の名場面らしいけれど、その感動ポイントにどう乗ったらいいのか分からない私はひたすら戸惑った。
(新参者の私には難しい感情だわ……)
「───こうしてはいられないわね。早急な旦那様への報告が必要よ」
そう言って夫人がソファから立ち上がる。
どうやら、ジョエル様の謎理論───“熱では無いけど体温は上昇した”
という事実は速やかに当主にまで持っていくべき重大事案らしい。
(侯爵様の反応が見たいわーー……)
「……あ、そうだわ。ジョエル」
「はい?」
立ち上がった夫人が何かを思い出したかのように振り返る。
「あなた、セアラさんの住む部屋はどうするつもりなの?」
(……あ!)
ギルモア侯爵家側はこうなることを事前に予想してくれていたとはいえ、私は、突然荷物を持って押しかけた身……
「───あ、あの! 私は眠れれば部屋はどこでも……」
「駄目だ! 女性の部屋を適当に用意するなんてことは絶対に許されない!」
「駄目よ! 可愛らしい令嬢の住む部屋を適当に決めるのは絶対に許しません!」
クワッと目を見開いた二人が、勢いよく全くの同じ熱量で私に向かってそう言った。
(お、親子……!)
そう思うと同時に夫人の“女心”のアドバイスの様子が垣間見えた気がした。
「───母上」
「どこにするか決めたのかしら?」
「はい。彼女の部屋は─────俺の部屋の隣に」
(────っっ!)
その言葉に私の胸が盛大にドキッと跳ねる。
ジョエル様の部屋の隣ですって!?
確かに、私たちは婚約者という関係になったわけで、このままいけば行く行くは夫婦になる。
だから、決しておかしな話ではない。
(で、でも、ちょっと早くないかしら?)
ドキドキ……
今日初めて顔を合わせて会話をした私たちなのだから、もっとゆっくりしたペースでも───
「ジョエル? あなたがセアラさんのことを気に入ったのはよく分かったけれど、さすがに少しそれは早くな……」
「───日当たり」
(ん?)
侯爵夫人もやはり、さすがにいきなりは早いと思ったのかジョエル様を窘めようとした。
しかし……
(い、今、なんて言った……?)
「俺の隣のあの部屋は、我が家で一番の日当たりのいい部屋だ」
「!」
「ああ、そうだったわね?」
ジョエル様の言葉に夫人も頷く。
「あの部屋に、最高級のふっかふかのベッドを運ばせよう」
「えっと、ジョエル……様?」
コクリ。
私が声をかけるとジョエル様は表情は全く変わらないけれど、とても力強く頷いた。
「ひ、ひぁ……?」
「最高の日当たりだ」
「ふっ……?」
「最高に気持ちいいふっかふかだ」
「……」
私は自分の顔に手を当てる。
頬が熱い。
(は、恥ずかしいぃぃぃーーーー!)
気持ち!
気持ちが先走っていたのは私!
私の方だった!!
ジョエル様の発言は純度100パーセント。
ただの安心安全、愛と信頼の癒しの空間の提供だった────!
「……? セアラ嬢?」
「……」
「どうした? その部屋では不満か?」
「……い、いえ! まさか!」
私は必死に首を横に振る。
不満なんてあるはずがない。
「絶対に気持ちいい部屋だ」
「……は、い」
(……人をダメにする部屋では?)
「きっと、夜も安眠出来る」
「……え? 安眠……?」
「睡眠は大事だ」
「そうね。ジョエルには口を酸っぱくして言ってきたけれど、特に女性にとって睡眠不足は美容への大敵ですからね」
侯爵夫人も満足そうに頷く。
(これも、もしかして……)
癒し……としての意味だけでなく、傷付いている私が夜も眠れるように……配慮してくれ、た?
(……っっ)
そう思ったら、じわじわと頬がまた熱くなってきた。
「ん? どうした? また、顔が赤くなっていないか?」
「!」
ジョエル様が顔をしかめながら心配してくる。
「いえ! だ、だだだ大丈夫デス!!」
「そうか?」
「……ハァイッ!」
完全にパニックに陥った私を見て侯爵夫人は言った。
「セアラさんって思っていたより元気な方のようね……さて、私は旦那様のところに報告に行ってくるわ。ジョエル! 引き続きしっかりセアラさんを持て成しなさい!」
「ああ」
夫人の指示を受けてしっかり頷くジョエル様。
その横で私は胸のドキドキが止まらなくなっていた。
────そして、その夜。
私の意見聞いてくれて、胃に配慮された優しくて美味しい味のする食事と、
ジョエル様が用意させてくれた最高にふっかふかで気持ちいいベッドのおかげで、
昨日の悪夢がまるで嘘だったかのように幸せな気分で眠りについた───……
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