【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea

文字の大きさ
上 下
9 / 43

9. 慰謝料請求は私の権利です

しおりを挟む


(やっぱり喜んでいる……)

「ハッハッハ!  セアラよくやった!」
「……」
「本当に良かったわ~」

 ついさ先ほど、ジョエル様にのされてあんなにも情けなく間抜けにすっ転んでいたくせに、今や上機嫌となってガハハと笑っているお父様。
 その横でホホホと笑うお母様。
 そんな二人の顔を見ていたらため息しか出なかった。
 婚約の件を先に話をしてくれていたギルモア侯爵も呆れた目で両親のことを見ていた。

「まったく、どうなることかと思ったが、ようやく役に立ってくれたなセアラ。これでお前も我がワイアット伯爵家の娘だという自覚が───」
「……!」

 そんなことを言いながらお父様が私に手を伸ばして来た。
 なので、私はその手をパシッと振り払う。

「おい!  親に向かって何をする!?」
「ちょっとセアラ!  どういうつもり!」
「……」

 私に手を叩かれたお父様はギロッとした目で私を睨み、お母様は怒鳴る。

「……」

 私はチラッと横目でジョエル様の顔を見た。
 目が合った彼は無表情だったけれど、小さく頷いてくれた。

(……負けない)

 私を受け入れてくれたジョエル様のためにも。
 こんな人たちに私は怯んだりしない!

 私は息を大きく吸って声を張り上げた。

「───勘違いしないで」
「セア……ラ?」

 お父様とお母様の二人はポカンとした顔で私を見つめる。
 驚くのも当然だ。 
 これまで、私が二人に向かってこんな風に声を張り上げたことなんて無かったから。

「ワイアット伯爵家の娘としての自覚?  お父様もお母様も何を言っているのですか?」
「セ、セアラ……?」

 私はキッと二人を睨む。

「それは私に言うことではないでしょう?」
「は……?」
「セアラ?  お前はな、にを言っているんだ……?」

 お父様とお母様が困惑したように顔を見合わせる。
 その様子を見てこの人たちは本当に何も分かっていないのだな、と思った。

「それは、自身にも婚約者がいるにも関わらず、妹の婚約者と駆け落ちなんてことをしでかしたお姉様にこそ自覚の有無を問うべきでは?」 
「「!」」

 二人がウグッと押し黙る。
 特にお父様は悔しそうな表情をしていた。

「……」

 私は再度二人をジロリと睨んでから、次にずっと置物のようになっているパターソン伯爵夫妻に視線を向けた。

 義父と義母になるはずだった二人。
 私はギリッと唇を噛む。

(昨日の結婚式───)

 ───息子はちょっと遅れているだけだろうから、段取りを変えて先に花嫁を入場させて息子の到着を待っていればいいだろう

 ───ワイアット家の方の事情など知らん。どうせ、息子はもうすぐ来る。だからさっきも言ったように先に初めておけ

当主この人の一声で私は……)

 マイルズ様が式場に来ていないと分かったあの時点で、伯爵が式を中止にしてくれていれば……!

「───パターソン伯爵、伯爵夫人」
「な、なんだ?」

 パターソン伯爵は俺は悪くない!  そう言わんばかりの表情で応える。
 私はしっかり伯爵の顔を見ながら言った。

「結婚式場に対して支払う費用に関しては、お父様としっかりお話なさってください」
「ぬっ……」

 パターソン伯爵はとても分かりやすく顔をしかめる。
 私が部屋にいた時からずっとこの話し合いに関しては平行線だった。
 どうやら、この様子だと私が部屋を離れたその後も、結局話はついていないのだろう。

「───それとですが。私、個人としてはまた別の話です」
「は?」
「個人ですって……?」

 伯爵夫妻が怪訝そうな目で私を見る。

「私はパターソン伯爵家にきっちり慰謝料を請求させていただきます」
「なっ!?」
「これは当然の私の権利です!」

 伯爵夫妻がギョッとした目で私を見る。

「な……なぜ……」
「なぜ?  あなた方の息子、マイルズ様に結婚式の当日に裏切られたのは私ですよ?」

 クワッと伯爵が目を大きく見開いた。

「だ、だが!  マイルズが駆け落ちした相手はそなたの身内でそなたの……」
「マイルズ様の駆け落ち相手が身内で姉だろうと誰であろうと関係ありません!」

 私はハッキリきっぱり告げる。
 そんなことは関係ないのよ!

「こたびの件は───マイルズ様が私を裏切った。それが全てです」
「ぐっ……」
「その分の慰謝料はきっちり頂きます」

(本当はここでアレコレ言われたことも上乗せしたいところだけど───)

 それはこっそり請求金額に上乗せすればいいか、と思って今は余計なことは言わずに黙っておく。

「後日、請求書を送らせて頂きますので、よろしくお願いしますわ」
「……っ」
「……っっ」

 パターソン伯爵夫妻の顔がどんどん青ざめていく。
 お父様とお母様と同じ。
 まさか私がこんなことを言うなんて……
 二人の顔にはそう書いてある。

(……私、こんなにも舐められていたのね)

 今なら分かる。
 きっとマイルズ様は両親と私、どちらにも“いい顔”をして、その場しのぎの言葉を吐いてのらりくらりとしていたのではないかって。
 伯爵夫人が嫁いで来るのを楽しみにしている──私にそう嘘を吐いたのもそのせいだ。

(この人たちの義娘にならなくて良かった……)

 私は伯爵夫妻を一瞥すると、再び両親に視線を戻す。

「お父様、お母様。もう耳にされていると思いますが。ギルモア侯爵様のご厚意により、私は今日からギルモア侯爵家でお世話になることになりました」
「そのようだな!  先ほど閣下から説明があった」
「……」

 まだ、お父様の顔からは喜びが溢れている。
 厄介者払いが出来て、侯爵家への慰謝料回避した───
 そう思っているのでしょうけれど。
 甘いわ!

 ───ギルモア侯爵家は、私とジョエル様が婚約したら慰謝料請求を取り下げるとは一言も言っていないのに。

(まあ、それはこれから思い知ることになるのでしょう)

 私は最後に両親二人に向かって口を開く。

「───これまでお世話になりました。どうぞお元気で」
「セアラ……?」  

 本来は昨日、言うはずだったこの言葉。

(この言葉……こんなにも違う意味で口にするとは夢にも思わなかったわ)

 私はそんなことを思いながら伯爵家を後にした。



─────



「我が家の馬車だ」
「は、い」

 ギルモア侯爵家の馬車の前に立ったジョエル様が淡々とした口調でそう言った。

(豪華!)

 しがない伯爵家の我が家の所有する馬車とは雲泥の差!

(お尻とか痛くならなそう……)

 そんなことを考えていたら、ジョエル様の手が私の目の前に差し出される。

「……」
「……?」
「……」
「……??」

(───はっ!)

 馬車に乗るためのエスコートなのだと気付くまで数十秒かかった。

「あ、ありがとうございます……」
「……」

(あれ?)

 ジョエル様……また“無”に、戻ってない?
 エスコートをしてくれているのに無口だし、顔は無表情だし。
 何だかどこか視線もおかしい。

(それなりに色々と喋ってくれるようになったと思ったのに……)

 私は馬車の椅子に腰掛けながら、何だかそれはそれで少し寂しいような気持ちになった。

「……」

(ううん、これからよ!)

 私は顔を上げた。
 だって私はジョエル・ギルモア侯爵令息の“婚約者”になった。
 これからはこの方と生きていくのだか……

「──ジョエル」
「……」

 と、ここで侯爵様がジョエル様の名前を呼んだ

(ん?  気のせい?)

 今、父親に名前を呼ばれたジョエル様の身体が一瞬震えた気がしたような……?
 あと、何故かジョエル様はまだ馬車に乗り込んでこない。
 入口に立ったまま。
 そんなジョエル様に向かって侯爵様は言う。

「隠してもどうせすぐにバレる。諦めろ」
「ウッ!」

 その瞬間、ジョエル様の顔が歪み小さく唸った。
 これまた珍しい光景。
 驚いた私は思わず訊ねる。  
  
「……何のお話でしょうか?」
「ああ、なんてことはない話だ」
「?」

 ジョエル様を見ながらクククと笑う侯爵様。   

「ジョエルは───」
「ち、父上!」

 バッと父親に飛びついて口を塞ぐジョエル様。

「じ、自分で…………言う!」
「ほぉか?」
「……っ」
  
 ジョエル様は勢いよく私の方に振り向いた。
 その顔がカッチカチに強ばっている。

(何……?  いったい何なの?)

 私はゴクリとと唾を飲み込む。
 ジョエル様はいったい何を私に隠していて、何を告白しようとしているの!?
 あと、何だか胸がちょっとドキドキするのは何故かしら……

「お、俺は……」
「俺は?」
「じ、実は……」
「実は?」
「…………なん、だ」
  
(え?)

 よく聞こえなかった。

「すみません、ジョエル様。もう一度……」
「お、俺は…………馬車が苦手…………なんだ」
「え?」

 その発言にびっくりして私は目を丸くする。

「そ、そうだったんですね……?」
「……」

 なるほど。
 だからなかなか乗り込もうとしなかったのかと理解した。
 すると、侯爵様が苦笑しながら言った。

「行きもやっとの思いで乗せて連れて来た」
「ジョエル様……」
「さあ、ジョエル。観念してさっさと乗れ!  帰るぞ!」
「……っ」

(あああ!  ますますジョエル様の表情が無くなっていくーーーー!)


 ジョエル様の隠しごとというのは、思っていたよりも可愛いらしい隠しごとだった。

しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

処理中です...