【完結】結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが

Rohdea

文字の大きさ
上 下
8 / 43

8. 言葉に出来ない気持ち

しおりを挟む


 侯爵様がパンッと手を叩いて言った。

「話はまとまったな!  そうと決まれば、早速ワイアット嬢……いや、セアラ嬢を我が家に迎え入れるとしよう」

 よし!  このまま今すぐギルモア侯爵家に行くぞ!  と言わんばかりの侯爵様。

「父上!」
「ん?  なんだジョエル」
「……」

 そんな父親を引き止めるジョエル様。

(こ……今度は何を言うつもり?  )

 私はハラハラドキドキしながらジョエル様の発言を待った。
 すると、ジョエル様は大真面目な顔をしながらこう言った。

「父上。女性というのは荷物が多いもの、と聞いた」

(んあ?)

 ジョエル様、突然何を言い出した?
 しかし、息子の言葉を聞いた侯爵様もハッとしてこちらも大真面目な顔で大きく頷く。

「……それもそうだな」
「ドレスに宝石に、アクセサリーや髪飾り……果てはお気に入りのぬいぐるみ…………それ相応の準備の時間が必要では?」

(ぬっ!?  ジョエル様、また知識が偏ってる……!)  

 あとこれだけは思わずにいられない。
 どこから出て来たの……
 ……お気に入りのぬいぐるみ!
 最後のだけめちゃめちゃ可愛いんですけど!?

「……それもそうだな。では準備が出来次第───」
「あの……」

 私はそぅっと手を上げる。
 バッと二人が同時に振り向いた。
 その顔はとても親子そっくりだった。

「……荷物、の準備ならもう出来ています」

 ジョエル様の表情がなにっと言わんばかりに険しくなる。

「早いな……すでに脱走の準備をしていたのか?」
「いえ、脱走そうではなく……」

 私は苦笑すると、目を伏せながら言った。

「昨日…………結婚式の後の私は、パターソン伯爵家に向かう予定……でしたので」
「……!」
「荷物はまとめられたまま部屋の中にあるのです……」

 ジョエル様がハッと息を呑んだ。

「す、すまない!」
「いえ……大丈夫です。ちなみに中にぬいぐるみはありません」

 期待されたら困るので一応言っておく。

「…………なに?」

 眉だけがピクリ動くジョエル様。

「無いのか?」
「ありません」
「本当に?」
「残念ながら」

 ジョエル様はふぅと息を吐く。

「俺はまだまだだな…………女性の荷物というのは奥が深いものらしい」
「……」

 大真面目にジョエル様は頷きながらそう言った。

(ふ……深いかしら?)

 勝手に深くしている気がする。
 私は内心で首を傾げながらそう思った。


「もういいか?  では、セアラ嬢の荷物を運ぶ間に私はワイアット伯爵と話をしてくるとするか」

 侯爵様はやれやれと言った様子で息を吐いた。
 その表情から、あまりお父様たちと話をしたくなさそうな様子が伝わって来る。

(あの人たちは、慰謝料を払わずに済んで厄介払いも出来たぞ!  と喜ぶのでしょうね) 

 そんな両親を想像して私も小さなため息を吐いた。

 ……ポンッ

(え?)

 ちょうどそんなことを想像してため息を吐いた所で私の頭にポンッと手が置かれた。
 びっくりして顔を上げる。 

「……ジョエル、様?  あの……?」
「……!」

 ジョエル様の行動は無意識だったのか私の声にハッとして慌てて手を離す。

「す、すまない!」
「え!」
「きょ、許可なく触れてしまった……!」
「許可!」

 私は目をまん丸にしてジョエル様のことを見る。
 また、変なことを言い出した!

「君の顔を見ていたら……つ、つい」
「つい!」
「……つい、だ」
「つい、ですか……」
「手……が勝手に」
「勝手に……」
「……」
「……」

 そのまま黙り込む私たち。

「~~~っっ」

(どうしよう……)

 何だかまたむず痒い気持ちになって来た。
 それに、何だかまた頬が熱い……気がする。

「おい……お前たちは早速何を遊んでいるんだ?  行くぞ?」
「!」

 侯爵様の呼び掛けに私たちは顔を上げた。 
 どうやら、私たちの様子は遊んでいたように見えたらしい。

「あ……侯爵閣下!  お待ちください」

 私は侯爵様を引き止める。

「なんだ?」
「……ありがとうございます」

 頭を下げてお礼を言う。 

「……」
「不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします」
「……」
「……」

 何故か沈黙。
 私は顔を上げられずそのまま固まる。
 やはり父と子!
 この沈黙───息子ジョエル様と全く同じ空気を感じるわ!!

「───セアラ嬢」
「は、はい!」

 私はゆっくり顔を上げる。

「まずは身体を休めて──ゆっくり傷付いた心を癒していけばいい」
「え」
「心が落ち着いたその後は、そうだな……」

 侯爵様はふむ……と頷くとチラッと横目でジョエル様を見た。

「まあ、息子ジョエルの話し相手にでもなってやってくれ」
「!」
「放っておくと一日喋らないこともあるのでな」

(えーー……家でも喋らないの?)

 ジョエル様のあまりのブレのなさに小さく笑ってしまう。

 ただそれよりも、ゆっくりでいい。
 そう言ってくれたことがとても嬉しかった。


───


「荷物はこれで全部か?」
「はい」

 侯爵様が両親たちの所へ行っている間、私とジョエル様は私の部屋に行き荷物を運び出す。

(……まさか、行先がパターソン伯爵家からギルモア侯爵家になるなんて)

 昨日の朝には予想もしていなかった。

(お姉様、マイルズ様……)
  
 二人は今どこで何をしているんだろう?
 あまりにも身勝手な行動だったと少しは反省────……

(……ないか)
  
 そんなことを思う心があったならこんなことにはなっていない。
 私はやれやれと肩を竦めた。

「そうだ……!」

 ふと思い立って私はお姉様の部屋に寄ってみる。
 なにか行方を晦ませた手がかりが残っているとも思えないけれど───……念の為。

「ん?  そっちは?」
「……お姉様の部屋です」

 そう言って私はお姉様の部屋の扉を開けた。

「……」

(普通に物が残っている……)

 まあ、あの状況で大きな荷物を運び出せるはずがないものね、と納得する。
 マイルズ様が迎えに来ていた時点で怪しいのに、お姉様が大荷物を持っていたら使用人はもっと不審に思っただろうから。
 やっぱり、手がかりらしきものは残ってないわね……
 そう思って部屋から出ようとしたところで、ベッドのそばに何か布が落ちていた。

「……?」

 何かしらと思って拾い上げてみると……

「ハンカチ?  お姉様の物にしては……」

 それに何だかどこか見覚えのあるハンカチだと思った。
 不思議に思って広げてみてその理由が分かった。

「これ……!」

 ───ハンカチにはM・Pというちょっと歪んだ刺繍があった。

「……私がマイルズ様の誕生日に刺繍してプレゼントした、ハンカチ?」


────……


『マイルズ様、お誕生日おめでとうございます!』
『セアラ!  ありがとう!』

 笑顔のマイルズ様に私はそっとプレゼントを差し出した。

『これ……プレゼントです』
『え?  ハンカチ?  刺繍もある!  もしかしてセアラが?』
『は、はい……少し歪んでしまったんですけど……』

 私は照れながら頷いた。
 実は内心ではドキドキだった。
 なぜなら、前日。
 私のプレゼントを見たお姉様が───

『え~?  その刺繍入りのハンカチをプレゼントするの?』
『う、うん。そうなの』
『へぇ。セアラったら不器用なのに頑張ったのねぇ~……』

 お姉様はマジマジと私の刺繍したハンカチを見た。

『うーん……』

 お姉様はとても手先が器用。
 なので刺繍はすごく上手。

『お、おかしいかしら?  お姉様』

 所々、歪んでいる自覚はある。
 それでも一生懸命心を込めて刺した……

 そう訊ねた私にお姉様はクスッと笑って言った。

『出来栄えはアレだけど───まあ、愛情がこもっているなら喜んで貰えるんじゃないかしら~?』


────……


(そう言われたから、マイルズ様が喜んでくれるかドキドキだったわ)

 ───え~?  あはは、全然、歪んでなんかないよ?  とても上手だね。ありがとう!  ずっと大事にするよ!

(だから、そう言って笑ってくれた時はホッとしたなぁ……)

 まぁ、明らかに下手くそなのに上手と言って無理して笑っていたけれど。

「───それはなんだ?」
「!」

 そんなことを思い出していたら後ろから、ジョエル様がぬっと現れた。
 許可なく勝手に女性の部屋になど入れん!  
 そう言って部屋の前で待っていたのに。

「すまない……」
「え?」
「なかなか戻って来なかったから……」

 その先を何故か言い淀むジョエル様。
  
「な、泣いてたり……しないかと……」
「心配……してくれたのですか?」
「!」

 私がそう訊ねると、とてもぎこちなくだけど頷いてくれた。

「あ、ありがとうございます、大丈夫です」
「……そうか」

 ジョエル様はそれだけ言って頷くと私が手に持っているハンカチに視線を向けた。

「……それは?」
「あ、これはお姉様の部屋の中に落ちていたんです」
「ハンカチか?」

 私は目を伏せながら答える。

「……私が刺繍してマイルズ様にプレゼントしたもの、です」
「……」

 ジョエル様は無言でじっとハンカチを見つめる。

マイルズ様の物これがお姉様の部屋にあるということは、やっぱり二人は……」
「…………なかなか独創的で味わい深い刺繍だな」

(……ん?)

 ジョエル様は人の話を聞いているのかいないのか……ハンカチの刺繍をじっくり見つめながらそう言った。

「独創的……ですか」
「ああ」
「味わい深い……ですか」
「ああ」
「……」

 ジョエル様は真顔で頷く。
 つまり、こ、これは遠回しに下手くそだと───

「だが、一生懸命さと真っ直ぐな心が伝わって来るとてもいい刺繍だ」
「!」

 ジョエル様はさも当然のようにそう言ってくれた。

「~~~っ」
「どうした?」
「い、いえ……」

 私はジョエル様からプイッと顔を逸らす。
 だって何だかジョエル様の顔が見れなかった。

(……変なの)

 マイルズ様から明らかにお世辞だと分かる言葉でお礼を言われた時よりも……
 今の言葉の方が嬉しいと感じるなんて……

「どうしたんだ?」
「───な、なんでもありません!  わ、私のりょ、両親のところに、い、行きましょう!」
「あ、ああ……?」

 私は早足で両親たちのいる部屋へと向かう。

「……っ」

 出来ることならあまり向き合いたくない人たち。
 だけど、何だか胸が……胸の奥がポカポカしている今なら、あの人たちともしっかり向き合えるような気がした。
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした

miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。 婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。 (ゲーム通りになるとは限らないのかも) ・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。 周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。 馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。 冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。 強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!? ※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。  この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...