上 下
1 / 43

1. 結婚式───前日

しおりを挟む


 ────彼は優しい人、だと思っていた。
 いつだって私だけでなく誰に対しても優しかったから。
 でも……
 誰にでも優しいあなた。誰にとってもいい人。
 今なら分かる。
 それは本当の“優しさ”なんかじゃない。
 ねぇ、
 本当は私に対して興味なんて無かったのでしょう─────?




 目立つ姉の影に隠れてばかりの伯爵家の次女の私、セアラ・ワイアット。
 そんな私は二年程前から婚約していた婚約者と明日、結婚式を迎える。
 普段は目立たない私が主役となって皆に祝われて、
 隣に立つのはいつも優しい婚約者あなた……

(これが幸せ……)

 ───幸せ、なのだとそう思っていた。




(いよいよ、明日がマイルズ様との結婚式だわ!)

「───今日はいい天気ね」

 明日も今日みたいに天気が良いといいな……
 そんなことを思いながら私は自分の部屋の窓から空を見上げていた。
 その時だった。

「…………セーアラ!」
「ひゃっ!?」

 後ろから突然抱きつかれたので、自分の口から変な声が飛び出た。
 ……誰かは分かっている。
 こんなことをするのは一人しかいない。
 私の二つ上の姉、シビルお姉様だ。

 私は慌てて振り返る。
 やはり、思った通り。
 そこにはシビルお姉様がいた。
 私の反応が面白かったのかクスクスと楽しそうに笑っている。

「もう!  お、お姉様!  何をするの!?」
「うふふ、セアラったら私に気付かず、ぼ~んやり空なんて見上げちゃってるんだもん。どうかしたの~?」
「え?  えっと……」

 明日の結婚式も天気が良かったらいいなって思った……
 そう口にするのは何だか気恥しく感じてしまい口ごもってしまう。
 すると、お姉様は私の考えを読んだかのようにニヤリと笑った。

「あー、分かったわ!  ど・う・せ、明日の結婚式のことでも考えていたんでしょ?」
「う、うん……」

 私が頷くとお姉様は私から手を離して今度はうふふと嬉しそうに笑いながらクルッと一回転した。
 ドレスがヒラリと舞う。

「いいなぁ、結婚式~。セアラが羨ましい」
「お姉様……」
「お父様やお母様からも散々、姉の私を差し置いて先に結婚するなんて薄情な妹、って言われ続けていたのに~」
「!」
「結局、予定通り結婚式を挙げちゃうなんて……やっぱりずるーい」
「そ、それは!」

 私は口ごもる。
 確かにお姉様より先に妹の私の方が結婚することにはなった。
 お姉様にもきちんと相手───婚約者はいるのにも関わらず、だ。

「でも、お姉様とお姉様の婚約者は……」
「そうね~セアラと比べたら、私はまだまだ婚約して日が浅いから仕方がないけど~」
「……」

 それだけではない。
 お姉様の話を聞いている限り、お姉様と婚約者の二人はあまり上手くいっていない。
 そのこともあるのか、私の結婚式の日程が決まった頃からお姉様は“ずるい”という言葉をよく口にするようになった。

「ふーん?  ま、いいわ~。そんなことより、セアラの旦那様……と呼ぶのはまだ気が早いかぁ───えっと、マイルズ様が訪ねて来ているわよ?」
「え?」

 私が顔を上げるとお姉様と目が合った。
 お姉様はクスッと笑う。

「結婚式はもう明日なのに、前日にまでわざわざこうして顔を見せに来てくれるなんて、本当に本当にマメで優しい優しい婚約者様よね~」
「お姉様……」
「ほーんと、セアラは羨ましいわ~」

 やっばり、お姉様の言葉からは棘を感じる。

「あーあ、私の婚約者の彼もマイルズ様くらい優しかったら良かったのになぁ~」
「そんなこと……は」

 私が否定しようとすると、お姉様はキッと睨んだ。

「そんなことあるのよ。いつも言ってるでしょう?」
「う……」

 確かに。
 耳にタコが出来るくらいお姉様からは色んな話を聞いてきた。

「何を聞いても───ああ、うん、そうか、わかった、すまない…………あの人、その五語しか喋れないんじゃないかしら!」

 お姉様はあーあとがっくり肩を落とす。

「こんなことなら顔と身分だけで婚約者なんて選ぶんじゃなかったわ~。本当にがっかりよ!」
「がっかりってお姉様!  お姉様たちの婚約は……」

 お姉様の一目惚れで、やや強引に相手を押し切る形で婚約を結んだはずでは───
 そう言おうとした時だった。

「────お邪魔するよ?  セアラは自分の部屋かな?」
「あ……」

 私の婚約者───明日からは夫となるマイルズ様がにこにこ笑顔で部屋にやって来た。

「マイルズ様」
「やあ!  セアラ!」

 マイルズ様がふわりと笑みを深めていつもの優しい笑顔を見せる。

「あれ?  シビル嬢もこちらにいたんだ?  こんにちは」
「ええ、そうなの。ちょっとお邪魔していたのよ。ご機嫌よう、マイルズ様」

 お姉様もニコリと笑って挨拶をする。

「あー……もしかして姉妹水入らずで過ごしていたのかな?  だったら邪魔して申し訳ない」

 マイルズ様が困ったように頭を掻きながら私たちの顔を交互に見る。

「あら、素敵な気遣いね、うふふ。でも大丈夫なのでお構いなく。二人はごゆっくりどうぞ~」

 お姉様はそう言って明るく笑いながら部屋を出ていった。
 部屋には私とマイルズ様が残される。
 マイルズ様は、扉を見つめながらハハハと笑いながら言った。

「相変わらず、シビル嬢はニコニコしていて元気で明るくて可愛い人だよね」
「え、ええ……そう、ね」

 私は目を伏せながら頷く。

(その言葉は好きじゃないって前に言ったのになぁ)

 昔から、私に向かってお姉様を褒めるような言葉を口にする人たちは、“君とは違って”という言葉を飲み込んでいるから。
 マイルズ様には正直に話して、分かったよ!  そう言ってくれたはずなのに。

(もう、忘れちゃった……のかな)

「ん?  あれ?  どうかした?  セアラ元気ないんじゃない?  ……やっぱり僕、二人の邪魔だったんじゃ……」

 不安そうな顔になるマイルズ様。
 ……いけない!
 そう思って私は笑顔を浮かべた。

「いえいえ、大丈夫ですから」
「そう?  なら、良かったよ。でも、明日の式が済んだら君は我が家に住むからさ。今のうちにお姉さんとも話しておきたいことがあるよね?」
「それは───そうですね」

 改めて、そう言われて実感する。
 明日からの私はセアラ・ワイアットではなく、セアラ・パターソンになるのだと。
 私はキュッと胸を押さえる。

(……不思議な感じ)

「次期伯爵夫人としての仕事も、大変だろうけど少しずつ覚えていってくれればいいからね?」
「はい、頑張ります」
「母上も君が我が家に来るのをずっと楽しみにしているんだよ」
「あ……」

 マイルズ様がそっと私の手を取って握り締める。
 そして笑顔を浮かべて言った。

「それと、明日のセアラのウェディングドレス姿……楽しみにしているよ」
「はい!  これでもかとたくさんこだわったので、楽しみにしていて下さいね」
「ああ!」

 私たちはそう言って笑い合った。
 その後も、明日の結婚式についての話やその後の新しい生活についての話をたくさんしながら過ごした。

「───あ、もうこんな時間か」

 時計を見たマイルズ様が立ち上がる。

「さすがにそろそろ帰らないと」
「そうですね……」

 帰宅するマイルズ様を見送ろうと私も立ち上がったら首を横に振られた。

「あ、セアラ。下までの見送りはいいよ」
「え?」
「ほら、セアラは明日の準備とか色々あるだろう?  前日に邪魔してごめんね」

 いつもの優しい笑顔でそう言ってくれた。

「マイルズ様……」
「それじゃ、明日ね、セアラ」
「は、はい!」

 マイルズ様はそう言って笑うと、手を振って私の部屋から出て行った。


 ───それじゃ、明日ね。


 今日は結婚式の前日───……
 この時の私は明日、幸せな花嫁になれるのだと信じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

【完結】欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

後悔だけでしたらどうぞご自由に

風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。 それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。 本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。 悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ? 帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。 ※R15は保険です。 ※小説家になろうさんでも公開しています。 ※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

処理中です...