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2. 結婚式───当日
しおりを挟むそして、迎えた翌日。
結婚式の当日───
デザインからこだわったウェディングドレスを着て皆の前でマイルズ様との愛を誓う日。
(でも、天気は……)
昨日のささやかな願いも虚しく、なんと外は土砂降りの大雨だった。
(昨日はあんなにいい天気だったのに……!)
「わあ! お嬢様、とてもお綺麗です!」
「結婚、おめでとうございます!」
「───ふふ、ありがとう」
(そうよ! くよくよしても仕方がないわ!)
私は前を向く。
今、鏡に映るのは、ドレスも化粧も髪型もばっちり整えてもらった私。
今日の主役よ!
雨なんかに負けない!
そうして意気込んだ後はヴェールを被って開始時間まで待機するだけ────……
(…………あれ?)
開始時刻が近づいて来ているのに、マイルズ様の姿をまだ一度も見ていない。
“式の前にじっくりセアラのウェディングドレス姿を見たいから、控え室にも顔を見せるよ”
昨日、訪ねてきた時にそう言ってくれていたはずなのに。
「遅くない?」
私は時計を見上げる。
「もうすぐ、式の開始時刻になる……わよね?」
それに、だ。
マイルズ様だけでなく、お父様やお母様、お姉様も控え室に姿を見せに来ない。
まさか、揃って皆まだ来ていない?
いくらなんでもさすがにそれはないわよね、と打ち消す。
けれど……何故か胸がモヤモヤする。
「それに、なんだかずっと部屋の外も騒がしいような気が……」
花嫁支度を整えてくれた侍女たちが控え室から出て行って、もうそれなりの時間が経っている。
それなのに、この外の騒がしさはなんなのだろう?
──コンコン
そんなことを考えていたら、控え室の扉がノックされた。
「……来た!」
きっと、マイルズ様だわ。
やっと来てくれたのね?
「待っていたわ、マイ……」
そう言いながら扉を開けて顔を出した。
しかし、そこに立って居たのは私が思い浮かべたマイルズ様ではなかった。
「セアラ・ワイアット様。大変、お待たせしました。これから式場にご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
「あ……」
現れたのは式場の従業員らしき人物。
(ち、違った……)
「セアラ・ワイアット様? どうかしましたか?」
「い、いえ……」
天気もこんなだし、マイルズ様はギリギリの到着になってしまってこちらの控え室に来れなかったのかも。
そう思うことにした。
家族も、きっと同じ。
だってお姉様は、昨夜遅くまでどのドレスを着ていくかを悩んでいた。
それで、今朝もあれこれ悩んで出発が遅れて到着がギリギリになってしまったのかもしれない。
「それでは、合図がありましたらこちらの扉からの入場となります」
扉の前に到着し従業員にそう説明されてあれ? と思った。
おかしくない?
「あの! すみません。確か、聞いていた段取りでは新郎……マイルズ様と私は一緒に入場するはずでは? 彼と私はどこで落ち合うのですか? 中ですか?」
聞いていた段取りと違う───
そう思った私が従業員に訊ねると、従業員はビクッと肩を震わせた。
「直前のことで申し訳ないのですが、式の段取りは変更になりました」
「え? 変更?」
こんな直前になって?
そういうものなの?
「はい。新婦のセアラ・ワイアット様だけで先に入場していただきます」
「私だけ先に……?」
「はい。その後、新郎のマイルズ・パターソン様が入場されます」
「……新郎が後から、なんですか?」
これまで何度か友人の結婚式に参加したことはあったけれど、そんな入場をしたカップルはこれまで一度も見たことがない。
一緒、もしくは新郎が先に待っている所に新婦が後から入場のどちらかだ。
いくら新しい試みだったとしても何かが変……
そう感じた私は従業員を問い詰める。
「あの? なぜ、急にそのような段取りに変更になったのですか?」
「……っ」
ここで従業員の目が泳いだのを私は見逃さなかった。
(これ、何かある……!)
「ちゃんと説明してください。そうでないとこんな直前の変更は納得がいきません!」
問い詰めてみたけれど、従業員は答えてくれずに私から目を逸らす。
これでは何かあると言っているようなものだ。
「教えてください! どうしても、彼が……マイルズ様が私よりも後から入場しなくてはいけない理由でもあるのですか?」
「……そ、れは……」
口ごもる従業員。
そこで私はハッと気付く。
マイルズ様は控え室に来る約束をしていたのに姿を見せなかった。
つまり───……
「も、もしかして、マイルズ様はまだ式場に到着されていない、とか?」
そう訊ねる私の声は震えていた。
ここでようやく従業員は観念したように口を開く。
「新郎……パターソン家の当主夫妻は到着されております……が、」
「肝心の彼、マイルズ様だけがまだ来ていない?」
「は……い」
「!」
────結婚式の開始時間だというのに新郎が、夫となるはずの人がまだ来ていないですって?
背筋がゾクッとした。
そして真っ先に思ったのは式場に来るまでの間、何か事故にでも遭った? という心配だった。
しかし、私のその考えはすぐに否定された。
「我々もこの雨ですし、土砂崩れなどの事故が起きていないか確認しましたが、ここまでの道ではそういった話は入って来ておりません」
「なら──……」
その言葉に安堵し胸を撫で下ろすも、それなら、どうして彼はまだここに来ていないの?
そう聞きたかった。
けれど、目の前の従業員に分かるはずがない。
そう思って口を噤む。
「……マイルズ、様」
昨日はいつもと変わらない様子だった。
何があったの───
「パターソン家の当主夫妻に指示を仰ぎましたが、息子はちょっと遅れているだけだろうから、段取りを変えて先に花嫁を入場させて息子の到着を待っていればいいだろう、と仰っています」
「ちょっと遅れているだけって……」
そんな悠長なことを言っている場合なの? と思った。
そこでもう一つ気になったのは───……
「では……私の家族は? 私の家族はこの件をなんと言っているのですか?」
私の家族がこの話を聞いていないはずがない。
みんな朝、私が家を出る時までは普通だった。
後から行くと先に家を出る私を見送ってくれて……
「……そ、それが、ワイアット家の皆様も実はまだこちらに見えておりません」
「え!?」
驚きで声がひっくり返る。
それは、はっきり言ってただ事じゃない。
「我々もこのような状態ですし、一旦、式を中止にした方が……とパターソン家の当主夫妻にご相談したところ……」
「!」
従業員は非常に言いにくそうな様子を見せた。
私は軽く息を吐いてから言葉を引き継ぐ。
「我が家の……ワイアット家の方の事情など知らん。どうせ、息子はもうすぐ来る。だからさっきも言ったように先に初めておけ……と、言ったのですね?」
私の言葉に従業員は頷いた。
「……申し訳ございません」
「……」
私は軽くため息を吐いた。
「分かりました。では、このまま式場に案内を……お願いします」
何も変なことが起きていなければいいのだけど。
マイルズ様も家族も皆、ただ少し遅れているだけ……
そうよね?
そう信じて私は一人で扉を開けた。
花婿と花嫁の登場をまだかまだかと待っていた参列者が一斉に振り向いた。
そして皆、花嫁しか立っていないこの光景に不思議そうな表情を浮かべた。
平然としているのは、事情を聞いているパターソン家の当主夫妻くらい。
(ええ、驚くわよね……)
私が一人で入場し、祭壇に向かって真っ直ぐ歩き始めると式場内は更に騒がしくなった。
──花嫁だけ?
──花婿はどうした?
──遅れているのか?
チクチクした視線が痛い。
けれど、今、私が出来ることは新郎の……マイルズ様の到着をここで待つことだけ。
(泣きたい気分……でも泣くわけにはいかない)
刺さる視線。
今、自分の顔にウェディングヴェールが被せられていることに心から感謝した。
……大丈夫。
きっと、もうすぐ来てくれるわ。
私の家族も遅れているらしいし、きっと道が予定外に混んでいるとか、馬車が足止めをされるようなトラブル……不測の事態が起こっただけ。
大丈夫、大丈夫……
私はそう自分に言い聞かせて信じて待ち続けた。
きっと、マイルズ様は息を切らして、いつもの笑顔でここに駆け付けて来てくれる───
そう信じて。
……しかし。
ギリギリの時間まで待ってみたけれど、一向にマイルズ様が姿を見せる気配はない。
──完全に待ちぼうけだよ
──可哀想に
──惨めだねぇ
参列者の嘲笑う声と言いたい放題の声が私の耳に聞こえてくる。
「……」
(駄目ね、もう時間が……)
これ以上ここにいても仕方がない。彼は来ない。
「皆さま、本日は……」
私が参列者に向かって謝罪しようと口を開きかけたその時、式場の扉がバーンッと大きな音を立てて開いた。
「───セアラ! 大変だ!」
「!」
そこに現れたのは私のお父様とお母様。
真っ青な顔で駆け込んで来た。
マイルズ様の安否はまだ分からないけれど、家族が無事であったことにホッとした。
しかし大変……とは?
「シビルが!」
(……え? お姉様?)
言われてみればお父様とお母様と一緒に来るはずだったお姉様の姿がない。
駆け込んで来たのは両親だけだ。
もしかしてお姉様に何かあった?
それで、到着が遅くなったの?
そう思って内心で首を傾げる私に、真っ青な顔で転がり込んで来た両親は私に残酷な言葉を告げる。
「シビルが──マイルズ殿……と共にいなくなった!」
「二人は駆け落ちしたのよっ!」
「か……」
駆け落ち!?
自分の耳がおかしくなったかと思った。
この言葉を聞いた参列者たちも驚き騒然となる。
「お、お父様? お母様? 落ち着いて? 何を言って……」
「だから駆け落ちだ! 二人は駆け落ちしたんだ、セアラ!」
(駆け……落ち?)
だけど、残念ながらそれは聞き間違いなどではなく。
両親は念を押すかのように、二人が駆け落ちしたという言葉を私や皆の前で何度も繰り返した。
こうして───……
何が何だか分からないまま私、セアラ・ワイアットは、
結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁となってしまった。
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