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第十二話
しおりを挟む「きゃぁぁぁ!」
その日、私は学校の階段から落ちた。
落ちていく時に見た悪魔のような微笑みと、妖しく輝いていた紅い瞳に私は意識を失う寸前まで目を逸らす事が出来なかった。
───
──────
「レティ!!!!」
アルマンドが物凄い勢いでドアを開けて医務室にやって来た。
「アルマンド、ドアが壊れちゃうわ」
「ドアなんて気にしてる場合じゃない!! レティが階段から落ちたって聞かされた僕が冷静でいられるわけが無いだろ!? それで怪我は? 大丈夫なの!?」
アルマンドは、凄い剣幕で聞いてくる。
それだけ心配をかけてしまったのだと嫌でも分かった。
でも、さすがにドアは壊してはいけないと思うの。
「こらこら、カーチェス君。落ち着きなさい。婚約者が心配なのは分かるけれど」
「す、すみません」
「ヴァルキリさんのケガは、主に腕の打撲と足の捻挫。擦り傷も多少ありますけどね。幸い頭は打っていないようなので心配は要らないですよ」
「そ、そうですか……」
先生から怪我の様子を聞いて、アルマンドは少しだけ落ち着いたようだ。
すると、先生は気をきかせて、アルマンドと2人にしてくれた。
え? ……いいのかな?
先生が居なくなると、アルマンドは私の寝かされているベッドの傍らに座った。
「レティ……」
「ごめんなさい、アルマンド。心配かけちゃって」
アルマンドの表情は今にも泣き出しそうだ。
「うん……知らせを聞いた時、生きた心地がしなかった」
「アルマンド……」
「怪我は、痛む?」
「……少し?」
しばらくは動かすのも痛そうだわ。
足は歩くのも大変そう。
「ねぇ、レティ。何があったの?」
「え?」
「1人で足を滑らせたの? それともーー」
───誰かに突き落とされたの?
アルマンドのその言葉に冷や汗が流れる。
同時に落ちて行く時に見た悪魔のような微笑みと言葉を思い出す。
『貴女が邪魔なの。だから消えて頂戴?』
私は思わず両手の拳をギュッと握り込む。
そして、無理やり笑顔を作って言った。
「私の不注意よ」
私の言葉にアルマンドは、目を一瞬大きく見開いた後、すぐに険しい顔になった。
「そっか。やっぱり突き落とされたんだね」
「え!?」
私の不注意だって言ったのに、どうしてそんな解釈になるの!?
「レティ、甘いよ。僕に嘘は効かない」
アルマンドは私にそっと近付き、真剣な瞳で私の顔を覗き込む。
思わずアメジスト色の瞳に吸い込まれそうになった。
「レティが嘘をつく時の表情は、シャロンの頃とそっくりだ。不思議だね? 容姿は違うのに」
「っ!!」
「だから、僕に嘘は効かないんだよ」
「アルマンド……」
私が驚きと怯えた様子を見せると、アルマンドはフッと微笑んだ。
「言わなくても分かるよ。レティに危害を加えようとする人間なんて今は1人しかいないでしょ?」
「あ……」
「レティが名前を言いたくない、いや、言えない気持ちも分かるしね」
───イラスラー帝国の王女が犯人だなんて言ったら外交問題に関わるからね。
アルマンドは私の耳元でそう囁いた。
「……本当に迷惑な国だよね。200年前から」
「…………」
「あの時、国が再起不能になるまで潰しておけば良かったのかな?」
「!!」
“あの時”と言うのは言わずもがな、200年前の戦争だろう。
エミリオ様が戦死した……
「そもそも僕は、200年前からイラスラー帝国の事は許していないからね。中でも王女という存在は特にね」
「アルマンド?」
アルマンドは、そっと優しく私の頬に手を添えながら呟いた。
「……レティ。あの戦争の始まりはね? アラミラ王女が切っ掛けだったんだ」
「え?」
「アラミラ王女が、“ランドゥーニ王国のエミリオ殿下が欲しい”そう、自分の父親にお願いした事から始まったんだよ」
「え? まさか……!」
私が興奮したのが分かったのか、アルマンドは、優しく宥めるように頬を撫でてくる。
「だから、手始めにイラスラー帝国はエミリオの婚約者だったシャロンの祖国、レヴィアタンを攻めた」
「そうして、レヴィアタンは……敗けたのね」
アルマンドは無言で頷く。
「勝利したイラスラー帝国は、敗戦国となったレヴィアタンにランドゥーニ王国への奇襲をかけさせたという事……?」
「そう。和平のために結ぶはずだったランドゥーニとレヴィアタンの……エミリオとシャロンの婚姻は当然破綻になるよね。それが目的だった。……実際破談になったし」
アルマンドは寂しそうに笑う。
シャロンとの婚約破棄を思い出しているのかもしれない。
「けど、イラスラー帝国はその勢いでランドゥーニも攻めようとしたから、目的はそれだけでは無かったみたいだけど。ちなみに、アラミラ王女の最大の誤算はエミリオが王位継承を放棄して参戦した事だろうなぁ」
「……私には、エミリオとの関係を匂わせていたのに」
「よっぽど自分に自信があったんじゃない? シャロンさえいなければ、エミリオは自分に靡くはずだ、と。……まぁ、今回も同じだよね」
「あ……」
ミッシェル王女は、私さえ居なくなれば、アルマンドが手に入ると思って行動を起こしたに違いない。
私に身を引くようにという脅しだったのだろう。
一歩間違えたら命の危険だってあったのに、なんて事をするの……と思った時、
チュッ
アルマンドの唇が軽く私の唇に触れた。
「!?」
「レティ、僕はね? どうやら、昔も今も君に危害を加えようとする人間を易々と放っておく事は出来ないみたいだ」
「……? 何をするつもりなの?」
私の問いかけにアルマンドは、ただニコリと笑う。
「少し静かにしてもらうだけだよ?」
「あ、相手は他国の王女よ?」
「……確かに今の僕は、単なる伯爵家の一令息だけどね、レティ。僕を誰だと思ってる?」
「ーーーーっっ!」
その時、怪しく光り輝いたアルマンドのアメジスト色の瞳は、まさしく、エミリオ様そのものだった。
「……レティ、明日、王女ともう一度しっかり話すよ。ちょっと身体が辛いと思うけど、一緒に着いて来てくれる?」
「もちろんよ!」
誰が1人で行かせるものですか!!
置いていくと言われても無理矢理、這ってでも着いて行くんだから!!
当然、私の心は決まっていた。
翌日、私とアルマンドは王女殿下の元へと向かった。
「あら? レティシーナさん! 階段から落ちたと聞きましたわ! 大丈夫なのですか!?」
アルマンドと一緒にやって来た私の姿を見つけたミッシェル王女は大袈裟に驚いたフリをする。
(なんてわざとらしい……)
「ええ、まぁ。打撲と足の捻挫程度で済みましたわ。……お陰様で」
私はニッコリ微笑みを浮かべて答えた。
「それは良かったですわ」
王女もニッコリ笑って答えてくれるけど、内心はもっと大怪我すれば良かったのにとでも思っている事だろう。
「時に、王女殿下」
「何ですの?」
それまで無言だったアルマンドが口を開いた事で、王女はアルマンドの方へ視線を変える。
「レティシーナは、自分の不注意で階段から落ちたと言うのですが、僕は誰かに突き落とされたと思っています。そして実は、その現場の近くで王女殿下を見たって目撃証言があるのですが、不審者とか見かけませんでしたか?」
「まぁ! 事故ではなかったの!? そしてわたくし、現場の近くにいたのね!?」
ミッシェル王女は大袈裟に驚いたフリをしている。
あくまでもシラを切り通すつもりらしい。
カマをかけただけなので、こっちの目撃証言というのもでっちあげだから……まぁ、当然の態度ではある。
「残念ですけど、わたくしは何も存じ上げないわ。ごめんなさいね」
ミッシェル王女は、申し訳なさそうに謝罪した。
しかし、その目も表情も全く申し訳なさそうでは無い。
しかし本当に、あの紅い瞳を見ていると嫌な気持ちになる。
それは前世のアラミラ王女のせいなのか、今世のミッシェル王女のせいなのか。
「……そうですか。まぁ、貴女ならそう言いますよね」
「あら? どういう意味かしら? アルマンド様、もしかしてわたくしを疑っておりますの?」
「疑ってなどいませんよ」
アルマンドはニッコリ笑って答える。
その様子に、ミッシェル王女はホッとした様子を見せた。
「ですわよねー……」
「疑いなどではなく、貴女が犯人だと確信していますからね」
「……え?」
アルマンドの言葉に、ミッシェル王女が固まった。
「何を証拠にそんな事を……!」
「証拠って言いますか……貴女はすでに最初の発言で自らが犯人だと名乗り出たようなものなんですよ」
「は!? 何ですって!?」
ミッシェル王女は、訳が分からないという顔だ。
「そもそもレティシーナが階段から落ちた事を知っているのは、医務室の先生と僕だけなので」
「え?」
「放課後を狙い、人気の以内場所で犯行に及んだ事が仇となりましたね、王女殿下。レティシーナは階段から落ちた後、少しの間意識を失いましたがすぐに目覚めて、周囲に知られない内に痛めた足で自力で医務室に向かい手当を受けました。先生も大事にはしたくなかったのでしょう。僕だけを内密に医務室に呼び寄せました」
「な、何ですって!?」
「だから、レティシーナが階段から落ちたと知っているのは、レティシーナを突き落とした犯人だけなんですよ」
「わ、わたくしは何も知りませんわ……!」
ミッシェル王女は、必死に頭を振る。何があっても認めたくないのだろう。
そんな王女の様子を見て、アルマンドは大きくため息を吐いた。
「はぁ、本当に往生際が悪い人だ。────昔も今も」
「「え?」」
アルマンドの言葉に、私とミッシェル王女の驚きの声が重なる。
───昔も?
アルマンドとミッシェル王女って昔からの知り合いだったの? 初耳なんですけど?
あれ? でも、ミッシェル王女も今の発言には驚いていたわね……?
「───そうでしょう? アラミラ王女」
アルマンドの言葉に、私とミッシェル王女が驚きで固まった。
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