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第三話
しおりを挟む「うーん、相変わらずレティは僕につれないよね」
「気のせいじゃないかしら?」
相変わらず、ふざけた事を口にするアルマンドをキッと睨みながら答える。
「そうかな? まぁ、いいよ。僕はレティのそんな所も好きだからね」
「…………」
「おや、怒ってる?」
「怒りたくもなるでしょう! ここを何処だと思ってるの!?」
のらりくらりとした態度のアルマンドに対し、私は思わず声を荒らげてしまう。
「何処って……食堂?」
「あら、分かってたの? どうやら、ちゃんと目は付いていたようね」
「うん。視力が良いのは自慢なんだ」
「…………」
本当にこの人は何を考えているのだろうか。
全く真意が読めない。
「……そう。そんなに視力が良いなら人の目というのもよく見えるのではなくて?」
「うん。レティの目は好きだよ?」
「だーかーらー!!」
「どうしたのかな? 愛しのレティ」
アルマンドはそう言って美しい微笑みを浮かべた。
対する私はもはや脱力感しか湧かず、思わず食堂のテーブルに突っ伏してしまう。
どうして会話するのに、こんなに疲れなくてはならないの?
アルマンドは何故か分からないけれど、婚約者となった時から人目を気にせず、よくこういう事を平気で言ってくるのだ。
お陰で、周りのアルマンドの評価は“カッコイイのに婚約者を溺愛し過ぎるちょっと残念な人”となっている。
そんなアルマンドの様子を見ていると、あまりにも性格が違いすぎて、たまに本当にエミリオ殿下の生まれ変わりなのかと疑いたくなるほどだ。
私はどうにか顔を上げて再度アルマンドを睨みながら口を開いた。
「そもそも! 何で貴方は公衆の面前でそんな事を平然と言えるわけ!?」
「何でって……僕がレティを好きな事は隠す事じゃないし」
「だからって……!」
「それにこういった事は下手に隠せば隠すほど誤解を生むからね」
「は?」
アルマンドのアメジスト色の瞳がじっと私を見つめる。
お願いだから、そんな風には見ないで欲しいのに。
その目で見つめられると、おかしな気持ちになってしまうから。
「ふふ、動揺した時のレティの瞳の色も唆られるね」
「んなっ!!」
動揺したとか勝手な事を言わないで頂戴! って言いかけた時、アルマンドはテーブルの上でかなりの力を込めて握りしめていた私の手をそっと優しく包み込むように握った。
その手付きに思わず鼓動が跳ねた気がしたけれど、そんな一瞬の甘酸っぱい気持ちは、アルマンドの次の言葉で跡形もなく吹き飛んだ。
「レティ、僕は幸せだよ」
「は!?」
「君がその美しい瞳に僕を映して、そして怒ってくれる……本当に幸せなんだ」
「……え? アルマンド……貴方、もしかしてマゾなの?」
「いや? 別に怒られたり罵られたりしたいわけじゃないよ」
「じゃあ、何なのよ?」
私の質問に、無言で微笑むアルマンド。
同時にアメジスト色の瞳がキラリと輝いたので、少しだけ動揺してしまった。
そして、アルマンドはそんな私の動揺を知ってか知らずか、握っていた私の手を持ち上げたかと思えば、手の甲にそっと唇を落とし、今日1番とも言える微笑みを浮かべながら言った。
「君の事が好きなだけだよ、レティ」
こちらの様子をチラチラと覗っていたアルマンドの微笑みにやられた令嬢の何人かが後方でフラフラと倒れた音がした。
つくづく思うけど、とんでもない威力の流れ弾だ。
しかし、そんな周囲をも巻き込むアルマンドの破壊力満点の微笑みは、相当おかしな言葉を聞かされたせいなのか、当の私には先程とは違い、もはやトキめくどころか……
“これは、また、やっかまれるわ”
と、いう乙女心皆無な心配を与えただけだった。
なのでさっき鼓動が跳ねた気がしたのもやっぱり勘違いだったのだと結論づけた。
◇ ◇ ◇
「相変わらず、男爵令嬢とは思えない所作よね、レティシーナって」
「……それは、褒めてるの? 貶してるの?」
今は、社交界のマナーの授業中だ。
男女別に別れ、男性は剣術、女性はマナーを学んでいる。
と言っても、この学院は貴族の学校。
つまり、もともと家でマナー教育をきっちり受けて来た子女が集まるので、学ぶと言うよりは実技で確認といった感じだ。
ただ、下位の貴族だと満足に教育を受ける事の出来ていない令嬢もいる。
私の家も下位貴族なので、意外だと言いたいのだろう。
「もちろん、褒めてるのよ」
そう言って笑うのは、ダリア・ユージェニー伯爵令嬢。
学院に入学した時からの私の友達だ。
裏表がなくサッパリした性格が私はとても好きだ。
こうして褒められているが、決して我が家の教育体制が良かった訳では無い。
さほどゆとりの無い我が男爵家では必要最低限の家庭教師しかつけられなかったのだから。
(きっと、かつて王女として過ごした事が身に付いたままなんだわ)
過去は過去だと切り離したはずなのに、ふとした所で甦る王女として生きた自分。
上に立つ者として生きてきた私の矜恃は男爵令嬢の今の自分には不要な物なのに。
そのせいでレティシーナ・ヴァルキリ男爵令嬢は、ちぐはぐな印象を周りに与えているようだった。
やっかまれるのは、何もアルマンドの婚約者だからって事だけではないらしい。
「……ありがとうとだけ言っておくわ」
「不思議よね、レティシーナって、たまに上から目線な話し方するのに何故か腹が立たないの」
あぁ、やっぱり!!
間違いなく王女の時の私が顔を出している……
「まぁ、アルマンド様と話してるレティシーナはまたちょっと違うけどね」
「……どういう意味?」
「婚約して2年って聞いてるけど、そう見えないって言うか。もっと長い付き合いの幼馴染って言われても不思議では無いくらいの空気感があるのよね」
「なっ……」
まさかそんな風に見られていたとは。
どうやら、思ってた以上に私は前世に囚われているのかもしれない。
「なによりアルマンド様は、レティシーナしか目に入ってないしね」
「あ、あれは! ポーズよ! 婚約者を溺愛しているポーズに過ぎないの!!」
「えぇ?」
「何をそんなに驚くの?」
「だって……」
ダリアは何かを言いかけてそのまま黙り込んでしまった。
続きをせがんだけれど、「今は言わない方が良い気がする」と言ってそれ以上は話してくれなかった。
◇ ◇ ◇
「そこで何してるの? アルマンド」
「ん? レティと一緒に帰ろうと思って」
放課後、帰ろうと馬車寄せに向かう廊下にアルマンドの姿があった。
「一緒に帰る用事はないわ」
「残念。僕にはあるんだよね」
「え?」
「父から男爵へ渡す物を頼まれてる」
「……そう。だからと言って別に一緒に帰らなくてもいいと思うのよね」
そう言いながら、プイッと顔を背ける私の腰にアルマンドは手を添えて、自分の方に引き寄せながら耳元で小さく囁いた。
「少しでもレティと一緒にいたいんだ」
「~~~!!」
……耳元で囁くのは反則だと思うの。
「……あ、いい顔」
「なっ、にを!!」
私の顔を見てアルマンドが嬉しそうに笑う。
「うん、やっぱりレティはそうやってプリプリ怒ったり笑ったりしている方が良いと思う」
「……っ!!」
こういう事を言われると、たまに、本当にたま~にだけど、アルマンドのこの性格はわざとなんじゃないかって思う時がある。
(……気の所為よね。そんな事しても、アルマンドに何の利点があるというの)
「さ、一緒に帰ろう? 愛しのレティ」
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