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13. 王子の暴走

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「ルーセント様!?  何でまたそんな事に……!」
「……」

  互いの想いを確認して、この先を一緒に生きて行きたい。そう決めた私達だったけれど、立ちはだかるは両家の確執という大きな壁。
  その日のルーセント様は、再び頬を腫らして登校していた。

「キャルン侯爵家とこんな事になっている理由を知りたいと食らいついたら“執拗い!”だってさ」
「ルーセント様……」

  私は慌てて今日も持参していた薬をポケットから取り出して塗っていく。

「私もお父様に確認してみましたが駄目でした」

  フリージアが知る必要は無い!
  まだ、ディギュムの息子と仲良くなろうなどと馬鹿げた事を考えているのか!
  
  そう言われただけで両家の確執について話してくれる気配は全く無かった。

  (お母様が生きていたら違っていたのかしら?)

  そうは思うも、そのお母様が確執の原因かも思うと複雑な気持ちになる。

「元々、歳も近くて同じ侯爵家の嫡男同士だったわけだから色々あったんだとは思う」
「……比べられる事が多かったのかもしれないですね」
 
  私達は顔を見合せながらそう話す。
  お父様の性格を考えると、この確執はやはり様々な面から相当根が深そうだと思った。

「……だからって、ディギュム侯爵様もこんなに殴らなくてもいいのに」
「心配かけてごめん」

  ルーセント様が謝りながら私に向かって腕を伸ばしたと思ったらそのまま私を抱き込む。  
  そして流れる様な仕草で私の額にそっとキスを落とした。

「父上はよっぽど俺がキャルン侯爵家の令嬢に入れ込んでいるのが許せないらしい」
「……」
「“裏切り者の娘”はいつか絶対にお前の事も裏切るはずだ!  だってさ」
「何それ!  私は、ルーセント様を裏切ったりしないわ!!」
「もちろん知ってるよ」

  ルーセント様がそう言いながら私を抱きしめている腕にぐっと力を入れる。

「……裏切り者の娘……ってどういう意味かしら。お父様かお母様がディギュム侯爵様を裏切った?」
「分からない」

  ルーセント様は首を横に振った。

  (でも、少なくとも侯爵様はそう思っている……)

「裏切り……か。キャルン侯爵夫人はどんな人だったの?」
「それが、私はあまり記憶が無くて。外見は私とよく似ているらしいという話しか知らないのです」
「似ている?  ……それは、男性が黙っていなかっただろうね」

  ルーセント様が至極真面目な顔をしてそんな事を言う。

「ルーセント様?  何を言っているのですか?」 
「フリージアは本当に分かっていない……こんなに可愛くて、愛らしい女性を男共が放っておくはずが無いんだよ」
「いえ、本当に何を言って…………あっ……」

  そう言ってルーセント様は、自分の唇で私の唇を塞いで来る。
  チュッと音を立てて離れるとルーセント様は笑顔を浮かべて言った。

「でも……フリージアはもう俺のフリージアだから誰にも譲らないけどね」
「~~~!  もう!」

  (でも、このまま離さないで)

  私もギュッとルーセント様に抱き着いた。

  今度こそ、今世こそ貴方と二人で生きたい──





「ルーセント様、そろそろ帰らないと。それではまた明日」
「あぁ、また明日」

  有力な情報が無いまま、私は名残惜しいけれど教室を出る。

  (当事者本人が駄目なら、当時を知っている人にあたるしかないわね)

  そんな事を考えながら、廊下を歩き出したその時だった。

「───フリージア嬢?  君はそこで何をしているんだい?」
「!!」

  その声に心臓が嫌な音を立てる。
  今日は登校していた……いえ、いつかのように放課後の今だけ来たのかもしれない。

  (どうして今日は静かだったのよ……)

「シュバルツ殿下……」
「……フリージア嬢?  すぐそこの空き教室から出て来たように見えたけれど、そんな所で何をしていたのかな?」
「……」

  見られていた?
  いや、この人の事だから私の行動を……

「……私が何処で何をしていようと殿下には関係はありません」
「へぇ、そんな口答えをするんだ?  本当に生意気になったね」
「……」
「君をそんな風に生意気にしたのは誰かな?  やっぱり───あの男かな?  きっと今もあの男が君の近くにいるんだろう?」

  そう言って私を見て来る視線がとても気持ち悪い。
  そして“あの男”と口にする度、殿下の顔はその男の顔で醜く歪む。

  (相当デュカスに対して恨みを持っている) 

  こんな危険な男、ルーセント様に会わせるわけにはいかない!

「……何のお話でしょうか?  用が無いなら私はこれで失礼させていただきます」
「待て」
「……っ」

  話の隙にそのまま逃げようと思ったのに、殿下に腕を掴まれてしまう。

  (触らないで!  気持ち悪い!)

「離して下さい!」
「ははは!  そんなに照れなくても良いだろう。フリージア嬢、君は“僕の女”になるんだから、どう扱っても構わないはずだ」
「!?」

  何を言い出したの、この人は!

「来月には、ようやく君は僕のものとなる。長かったよ」
「離して下さい。約束が違います……」

  約束のパーティーの日はまだ先なのに!
  既に自分の女扱いしてくるなんて。

「ははは!  嫌がる姿もいいな。そそられる。それにしても今度の君は、とても美しい女性だね。そんなに今度こそ僕と釣り合いの取れる人間になりたかったのかな?」
「意味の分からない事を言っていないで離して下さい!」

  私はとにかく気持ち悪くて怒鳴り声をあげていた。

  騒いだら人が来てしまう。
  もしかしたら、ルーセント様も……
  それでも、殿下のこの気持ち悪さにはどうしても耐えられなかった。

「隠しても無駄だよ、フリージア嬢。いや、“俺の”愛しのアマーリエ。君も記憶があるんだろう?」
「!!」

  殿下が私の耳元でそう囁く。

「君もまだまだだね。僕の顔を見た時の反応ですぐに分かったよ」
「……」
「どうだい?  “君の愛しの愛しのデュカス”の姿となった僕は」
「……」
「僕はね、憎き男の姿となって毎日毎日鏡を見る度に叩き割りたくなる程の衝動に駆られているよ。だが、これで君に愛されるのだと思えば仕方が無いと耐えられる」

  殿下はうっとりした顔でそんな事を言う。

「愛しのアマーリエ。君は俺に中々触れさせてくれなかった。その鬱憤を晴らす為に君に似た女を代わりにたくさん抱いたけど俺の欲求は治まる事は無かった!  やっぱり君じゃなきゃ駄目なんだ」
「痛っ」

  シュバルツ殿下はそう言って私の腕を掴んでいる手に力を込める。

  (何を言ってるの?  まさかあの浮気三昧も暴言も暴力も全てアマーリエを愛していたからだと言うの?  嘘でしょう!?)

  そんなの狂っているとしか思えない!

「ははは、フリージア嬢。今度の僕は王子なんだよ。僕のものになればうんと贅沢もさせてあげられる。幸せだろう?  だから、どこのどいつか知らないがあの男の生まれ変わりなんてやめて僕の元に来るといい」

  あぁ!  こんな危険人物を王子に生まれ変わらせた人を心の底から恨みたい!

「っ!  誰があなた……」

  あなたの元になんて行くものですか!
  そう叫ぼうとした時だった。

「俺のフリージアに触るな」

  今の私の大好きな声が後ろから聞こえたと思ったら、不快な殿下の腕は叩き落とされ、大好きな人の温もりに私の身体は包まれた。
  
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