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8. 王子の要求

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  ───どうして?
  
「フリージア・キャルン侯爵令嬢?」
「……」

  シュバルツ殿下が不思議そうに私を見る。
  いくら初めて王子に会う人でもこんな反応はきっとしないから当然だ。

「あ、も、申し訳ございません」
「……そんなに僕はあなたに驚かれるような顔をしていたのかな?」
「い、え……」

  私はなんて答えたら良いのか分からず、頭を下げたまま。
  まともに殿下の顔が見れない。

「あぁ、もしかして、僕からの申し出に困ってその反応なのか」
「……」

  その言葉に私がそろそろと顔を上げると殿下と目が合った。

  ───デュカスの瞳の色!  
  覗き込むくらい好きだったあの瞳が目の前に──

  (でも違う)

  目の前のシュバルツ殿下は“デュカスと同じ容姿”なだけ。
  デュカスじゃない。
  だって、戸惑ってはいるけれど私の胸は彼を見ても全然高鳴らない。
  私の心が違う……そう言っている!

  (それに……)

  よく分からないけど…………目の前のこの方は……とても怖い。怖い存在に思える。

「そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけど、残念だな」
「た、大変、光栄なお話……だとは思っておりますが、わ、私は」
「フリージア嬢」

  私が何を言いたいのか分かったらしい殿下は、にっこり笑って言った。

「これは王家からの話だよ?」
「…………分かって、います」
「でも、断りたいと?」
「……ゆ、許されるならば、そうありたいと思って……おります」

  私がそう答えると、殿下はますます笑みを深めた。
  その笑顔が怖い。

「フリージア嬢、今、あなたに婚約者はいないと聞いている」
「……その通りです」
「なら、恋人でも?」

  その言葉に胸がドキッとした。
  違う。ルーセント様は恋人なんかじゃない。私が勝手にデュカスの事を懐かしんで一方的にまとわりついているだけ。

「い、いえ、いません」
「でも、好きな人はいる、という事かな?」
「っ!」

  そんな事は一言も言っていないのに!
  そう思って顔を上げると再び目が合う。
  デュカスそっくりの顔をした殿下は、デュカスがした事の無いような顔で私を見ていた。

「“好きな人がいるなんて一言も言っていないのに”そんな顔をしているね」
「……」
「ちょっと色々あってね。僕はそういうのには敏感なんだ」
「……」

  ……やっぱり怖い。
  大好きだったデュカスの瞳なのに、私を見つめてくるその瞳が怖くて怖くて仕方が無い。

  (そうよ、この目は───)

  ローラン様がアマーリエを見ていた時のような目!

  更にゾクッと身体が震えた。
  まさか!  これはたまたま偶然?
  でも……
  全然分からない。
  ルーセント様を見た時は、すぐに“デュカス”だと分かったのに。

  (デュカスと同じ容姿のせい……?)

「……そんなに怯えた目で見られるほど、僕からの婚約の打診が迷惑だと?」
「……」
「よっぽど、その、恋人でもない誰か、の事が好きなのかな?」

  シュバルツ殿下は、へぇ……とか、ふぅん、とか一人でブツブツ呟いている。

「ど、どうして、私、なのですか?」
「うん?」

  一度も会った事も話した事もないのに。
  私がキャルン侯爵家の令嬢だから?  でも、政治的に権力者の家の娘を娶るなら私でなくても適任者は他にもいるはず。
  私のその質問に殿下は笑いながら答える。

「ははは、何を言っているの?  フリージア嬢、君の事が気に入ったからに決まっているだろう?」
「わ……私達はお会いした事は無かったはずです!」
「そうだね。でも、入学式の後に医務室から出て来る君を見かけたよ、何故か妙に君の事が気になって調べてみたんだ。そうしたらキャルン侯爵家の令嬢だと分かった」
「……」
「家柄も丁度いい!  これはそう思ったよ」

  どうしてかしら?
  傍から聞けば、王子様に一目惚れをされたかのように聞こえるはずのその言葉が、私には全然違う言葉のように聞こえる。
 
「うーん……ここまで言っても君の心は動かないらしい」
「……」

  心が動くどころか余計に怖くなっただけだった。

「なかなか、君は強情のようだね」
「……」
「分かった。それならチャンスを一つ君にあげよう」

  (チャンス……?)

「来月に僕の誕生日パーティーが開かれる」
「え?」

  これまで、一度も公の場に現れず、そんな事を一度もした事が無かったシュバルツ殿下が?

「すごい目で見てくるな……まぁ、いい。そこで、僕は“未来の花嫁”をお披露目する事になっている」
「それは……」

  そこで私を“婚約者”としてお披露目したいと言っているの?

「フリージア嬢。君がその日までにその“想い人”とやらと心を通わせ、そうだな……その男と婚約までしていれば僕は君を諦めるとしよう」
「なっ!」
「だが、パーティーの日に君がエスコート相手もいなくて一人ぼっちだった時は、僕との婚約が問答無用で決定だ」

  何て勝手な事を言うの……!?

「おや?  その顔は不満かな?  そんなに嫌ならこっちは今すぐ強引に君と婚約を結ばせて貰っても構わないけど?  むしろ僕はその方が早く君が手に入って嬉しいしね」
「殿下……」

  そう口にする殿下の笑顔はとても歪んで見えた。
  大好きなデュカスの姿なのに、あの醜く歪んだローラン様を彷彿とさせる。
  
  この方は分かって言っているのかもしれない。
  私が“想い人”と心を通わせ婚約するという事がとても困難だという事を。

「……」

  (それでも、この話を受ければ多少の時間稼ぎにはなる?)

  どちらにしても、今の私に選択肢はほとんど無いも同然。
  それなら……

「……分かりました。パーティーの日まで待って下さい」
「決まり、だね」

  私の言葉にシュバルツ殿下はますます怪しい笑みを深めた。

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