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閑話⑦ (レインヴァルト視点)
しおりを挟む「……フィオーラが!?」
俺はその報告をショーンから自分の執務室で受けた。
「容態は!?」
「意識の無い重症……とだけ」
「!!」
その言葉に自分の目の前が真っ暗になったようだった。
「どうも、診療所で倒れたそうなのですが……」
「は? 診療所?」
何でフィオーラがそこに居たんだ?
全く理解が追いつかなかった。
世間は病のせいで、なるべく外出は控えるようになってはいるが、全ての外出禁止とまではなっていない。そこまでの制限をかけるのは難しい。
だから、外出する事が絶対に無いとは言いきれない……のだが。
「…………」
フィオーラは診療所に手伝いに行きたがっていたがそれはもちろん止めた。
本人もそこは納得していたはずだ。
だから、外出したとして最初から診療所に行く事が目的だったとは思えない。
何か別の用でちょっとだけのつもりで外に出たのかもしれない。
「だとしても軽率すぎるだろ……」
いっその事、病が落ち着くまで王宮に連れて来て監禁でもするべきだったか?
思わずそんな物騒な事を考えてしまった。
「倒れた場所が場所なので治療はすぐに受けられてはいるようですが」
「……」
「それと、診療所にいた間はどうも手伝いをされていたそうです」
「手伝い……?」
そこでフィオーラの言葉を思い出した。
前回の人生では治療施設を手伝っていて、そこで罹ったのだろうと言っていた。
手伝いを終え帰る際に倒れたのだとも。
「だが、患者に接触したからといって、すぐに発症する病ではないはずだ」
「そうですね。おそらくフィオーラ様はすでに何処かで感染していた可能性が高そうですね」
「……」
……偶然なのか?
たまたま何らかの理由で外出したフィオーラが、診療所に辿り着いた。
あの性格だ。当然褒められた事ではないが、そこで手伝いを申し出たのは想像がつく。
だが。
そのすぐ後に倒れるというのは本当にただの偶然なのか?
何かが、過去と同じ道を辿らせようとしているんじゃないか?
そんな考えが自分の中で渦巻く。
「……いや、考えすぎだよな」
必死にその考えを打ち消そうと思うも、一度抱いてしまった懸念はそう簡単には消えてくれない。
もし、俺がそれを認めてしまったら……フィオーラは……
そもそも、おそらく今日まではフィオーラも屋敷で大人しくしていたはずだ。
なのに、すでに感染していた……
それすらも、何かの作為を感じてしまう。
「……行かせろ」
「駄目です!!」
ショーンが間髪入れずに止めてきた。
それはもちろん当たり前で許されないのは俺だって分かってる。
「ほんの少しの時間で構わないんだ……」
「……殿下が行った所でフィオーラ様が良くなるわけではありません」
「そんな事は分かってる!」
それでも。
俺は前回の人生でフィオーラが病に罹っていた事すら知らなかった。
知った所で何が出来たかと問われても何も出来なかっただろう。
それくらい俺はこの病の前では無力だ。
……それは今だって同じ。
ただ、ここで大人しく報告を聞いているだけなのはどうしても嫌だった。
俺がこんな事を言ってる時点で、外に出たフィオーラの行動を軽率だと責められないな……
そんな事を考えながら頭を抱えた。
「……はぁ、貴方は止めても勝手に抜け出して行ってしまいそうです」
「……」
俺の行動パターンは読まれているらしい。
そんな俺を見ながらショーンがため息を吐きながら続ける。
「診療所に行っても直接は会わせられませんよ」
「……?」
「遠くから様子を見る事と医師の話を聞くぐらいしか出来ませんよ」
「それでも……!」
俺の言葉にショーンはますますため息を深くして言った。
「なら、フィオーラ様の助言に従って予防対策を万全にしてもらいます」
「は?」
その言葉に首を傾げる。フィオーラの助言って何だ?
そんな俺の心を読んだのか、ショーンは更に続ける。
「フィオーラ様は手伝いと言っても患者と接触する手伝いをしていたわけではないそうです」
「どういう意味だ?」
「医療関係者自身が、まず身を守るべきだと言って感染予防に必要なアドバイスをしたとか。そもそもフィオーラ様は診療所に来た際、ハンカチで口を覆っていたそうですからね……それと……防護服なるものが……」
話を聞いていくと、フィオーラは自身の身の守り方から、当たり前のことではあるが、手洗いうがいの必要性、そして、診療所の不衛生になっている部分の問題点を話していたらしい。
「清掃に関してはかなり細かいアドバイスをされたとか。フィオーラ様ほどの貴族令嬢が何でそんな事に詳しいんですかね?」
ショーンはそう言いながら、不思議そうに首を傾げていた。
……きっと前回の人生で追放された後のフィオーラが学んだ事なのだろう。
俺の知る事の無かった3度目のフィオーラの姿がほんの少し見えた気がした。
「そんな訳でフィオーラ様は裏方で雑用をされていたとか。また、絶対に物には素手で触らない徹底ぶりだったという事です」
フィオーラの姿は目立っていたと聞いたが、貴族令嬢が手伝いをしている事だけじゃなく、雑用していた事の方が注目を浴びていたのかもしれない。
そうして、ショーンの計らいで、完全ガードさせられこっそり向かった診療所で医師から聞いた話は意外なものだった。
もちろん、フィオーラに直接は会えない。遠くから様子を見させてもらったがよく分からなかった。
「おかしい……とはどういう意味だ?」
「それが……」
フィオーラの意識はまだ戻っていない。
ただ、様子がおかしいのだと医師は言う。
「確かに症状が出ていたのは確かです。ですが、フィオーラ様は軽症だったんですよ。熱もそこまで高くなくその他の症状も見受けられず……本来なら感染している事にも気付かず過ごせてしまう程度で、とてもとても意識を失うレベルでは無いはずなんです」
「だが、フィオーラは意識を失い今も目覚めない?」
医師は静かに頷いた。
「今も症状らしきものは無いのに……痣が身体には現れています」
「……!」
身体に出来る痣。フィオーラが前に言っていた重症化の証。
それはまるでフィオーラを死に誘っているようで、また目の前が暗くなった気がした。
「…………」
どうにか打ち消したはずの懸念が再び俺の中に甦ってくる。
フィオーラが屋敷に居ようが外に出ようが、どこに居てもどんな行動をしていても、決して病からは逃れられない。
そして、重症化する。
全てがセットになっているみたいだった。
「畜生……!」
結局、自分の無力さと抗えない何かを実感させられ俺は王宮に戻った。
フィオーラに何かあればすぐに知らせを送るよう何度も念を押して。
だけど、翌日になってもフィオーラの意識が戻ったという報告は聞けなかった。
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