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41. 私の戻りたい場所
しおりを挟む───気が付くと白いモヤに包まれた空間に私は立っていた。
「ここは……? 私は、確か卒業パーティーでハリクス様に斬られたはず」
そう呟く私の声に応える声は無い。
虚しい独り言がこの場に響き渡るだけだった。
「見事に何も無い」
信じたくは無いけれど、こんな現実とは思えない場所。
考えられる事は一つだけだった。
前の3回は目覚めた時はすでに過去の世界に戻っていたからよく分からない。
でも、もう時は戻らないのだ。
だからここは正真正銘、死後の世界……なのだろうか。
「レインヴァルト様……」
一緒に生きていくと誓ったのに。
運命は変えられていると思っていたのに。
思わず涙が溢れそうになる。
────駄目よ。こんな所で泣いている場合じゃない。
ここがどこなのか。
私はどうなってしまったのか。本当に死んでしまったのか。
知りたいし、知らなくては。
泣くのはその後だって出来る。
私は溢れそうになっていた涙を拭って顔を上げた。
そして、キョロキョロと辺りを見回す。
「だけど、手掛かりが無さすぎるわ」
私は頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
そういえば、斬られた筈の背中はどこも痛くない……
……かなり深く斬りつけられたはずなのに。
試しに立ったりしゃがんだり、屈伸してみても全く痛みが無かった。
本当にここは現実味の無い場所なのだと改めて実感させられた。
とりあえず、歩き続けてみる事にした。
現実世界の迷子なら動き回る事はご法度だけど、この場所でそんな事は言っていられない。
望みは薄そうだけど、もしかしたらどこかで景色が変わるかもしれない。何か見つかるかもしれない。
「レインヴァルト様……」
てくてくと歩きながら、愛しい男の名前を呼び頭の中に思い浮かべた。
レインヴァルト様は無事だっただろうか?
あの後、ハリクス様をちゃんと捕まえたかな? 逃がしたりしてないよね?
おそらくあの時、警備兵が騒いでいた事から、ラルゴ先生が手引きしてハリクス様を会場に入れたのだろう。
だけど、そもそも2人は何故パーティー会場に来れたの?
ロイ様が逆恨みから私にあんな事をしようとしたから、残りの2人も強硬手段に出る可能性は高かった。
だから2人の監視は決して緩めず、完璧に行っていると聞いていたし、実際そう報告も受けていた。
ずっと機会を窺っていたにせよ、彼らはそんな監視の隙をついたというのだろうか?
それも、よりにもよって卒業パーティーに。
「…………」
何だかまた得体の知れない力を感じずにはいられなかった。
「メイリンさんが言っていた私の死因の続きはこれだったのかしら」
よくよく思い返せば、あの日、彼女はレインヴァルト様による処刑、病死と続いた後にまだ何かを言いかけていた。
今更ながらちゃんと最後まで聞いておくべきだったと悔やんだ。
遮ってしまった言葉の続き。それこそが、ハリクス様による暗殺。
だって、ハリクス様はあの時……私に狙いを変えた後、当初の予定通り、と仕方なさそうに言った。
あの時の彼は間違いなくレインヴァルト様を狙っていたけれど、もともとの標的は私だったという意味だろう。
「…………っ」
そして、朝に見た夢。
夢の中では犯人は分からなかった。
予知夢……そして正夢と言っても差し支えないくらい今回の出来事とあの夢は一致していたけれど、実は違う点もあった。
夢の中ではレインヴァルト様は私の近くにはいなかったし、また、夢の中の私が斬られていた場所は背中では無く、もっと致命的だと思える場所に見えた。
……あの夢の中で斬られていた私は多分即死と言われてもおかしくなかった。
実際そうだったのかもしれない。夢だけど。
今の私の状態が生きてるのか死んでるのかハッキリしないけれど、少なくとも即死では無かったはずだ。
ならばこの違いは何なの?
本来狙われるはずでは無かったレインヴァルト様が狙われたから?
だから、本来の運命がねじ曲がった?
あの夢が何であろうと、そして今この場所が何であろうと、死ぬ事が運命だと言われようと……
「……諦めたくない」
だって、きっと私はまだ死んでなんかいない。
絶対に生きている。
諦めなかったから、少しずつ運命を変えてこれた。
だから、今だってそれは同じはずだ。
レインヴァルト様は時を戻してまで私を生かそうとしてくれた。
それも3度も。私はまだその想いに何も応えられていない。
一緒に生きようと言ってくれた。
私も、生きていきたい。
レインヴァルト様と一緒にこの先を。
まだ知らない未来を。
だから、ここから戻れさえすればその道は待っている。
その為にも、どうにかしてここから出る方法を見つけなくては。
「レインヴァルト様……私は貴方の所に戻りたい。そして貴方と……」
私がそう呟いた瞬間、この白いモヤに包まれた空間が突然グニャリと大きく歪んだ。
「!?」
なに? 何が起きたの?
慌てて辺りを見回すも、相変わらず何も無い空間。
さっきと違うのは歪み始めた事だけ──
混乱と同時にとても嫌な予感がした。
上手く言葉に出来ないけど……そう、まるでこの場所が消えようとしているみたいだった。
「ダ、ダメ……このままこの場所が消えるのは絶対に……ダメ」
この場所が消えたら、戻るのでは無くきっと私も一緒に消えてしまう……!!
それは予感と言うより、もはや私の中では確信に近かった。
しかし、そんな私の思いなど関係ないと言わんばかりに、この白いモヤに包まれた空間は更に歪み今にも消えそうになっていた。
──そんな時だった。
『フィオーラ!!』
「え……?」
突然、聞こえてきた声に私は驚いてキョロキョロと辺りを見回す。
「レインヴァルト様!?」
聞き間違えるはずのない、愛しい人の声。確かに聞こえた。私の名前を呼んでいた。
だけど、どんなに辺りを見回しても姿は見えない。
私の目の前には変わらず真っ白なモヤと今にも消えそうな世界が広がるだけだった。
『フィオーラ!! お願いだ! 逝くな!! 俺と生きると約束しただろ!?』
やはり彼は必死で私の事を呼んでいる。
とにかく声だけが聞こえて来る。
「レインヴァルト様……」
そうよっ! 私だって!
死にたくない!
このままこんな所で消えたくない!!
私は拳を握りしめながら、この空間に向かって叫んでいた。
「──レインヴァルト様の所に戻りたい!! お願いよ…………私を彼の所に戻らせてっ!!」
パリンッ
私が、そう叫んだ瞬間、突然何かが割れる音がして、
とたんに辺りは眩しい光に包まれた。
あまりの眩しさに目を開けていられなかった。
「……な、に?」
辛うじて薄く目を開けると、空から金色の粒子がキラキラと降ってくる。
とてもキレイ……
そんな金色の粒子が身体に触れた瞬間、私はそのまま自分の意識が遠くなるのを感じた。
****
「……ラ」
レインヴァルト様の声がまた聞こえる。
「フィオーラ!」
あぁ、まだ私の名前を呼んでくれている。
応えなきゃ。私はここにいますよって───
薄ら目を開けると、目の前には疲労の色を濃くした、愛しい愛しいレインヴァルト様の顔。
目元には涙の跡も見える。
さっきと違う場所のようだけど、声だけじゃなく今度は姿も見えるのね。
……泣いたのかな? 私のせいよね、ごめんなさい……
「フィオーラ! 大丈夫か!? 俺が分かるか!?」
何だか妙に生々しい。握られた手からもレインヴァルト様の温もりが伝わってくる気がする。
「…………」
………………もしかして、これって現実……な、の?
私はおそるおそる口を開く。
「レ、レインヴァルト……様?」
「!!」
私が掠れた声で呟くと、目の前のレインヴァルト様の顔が泣き笑いの表情になった。
そんなレインヴァルト様の後ろで「意識がぁ!!」と騒いでいる声も聞こえた。格好からして医師だろうか?
「わ、たし……?」
「フィオーラ! 良かった…………」
レインヴァルト様はさっきの泣き笑いの表情から、一転今度はボロボロと涙を流していた。
「お前は、ずっと意識不明だったんだ……そしてさっきは容態が急変して……危うく……」
「……!」
レインヴァルト様の言葉に私は大きく目を見開く。
ここは、現実だった。
私は現実世界に戻って来ていた。
そして、危うく……その言葉に続くのは。
「わたし、生きてる……?」
「あぁ! 生きている。こうして生きてるよ、フィオーラ」
レインヴァルト様が、そっと私の額にキスを落とす。
その感触が夢じゃないと教えてくれるようだった。
「戻ってきてくれて、ありがとう……フィオーラ」
「……!」
その言葉に本当に本当に戻って来れたのだと実感する。
私は握られていた手をそっと握り返し、静かに微笑みを返した。
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