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40. フィオーラの異変 (レインヴァルト視点)
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執務の合間にフィオーラの眠っている部屋に立ち寄って、様子を窺っていたら部屋をノックする音が聞こえた。
フィオーラのいるこの部屋は立ち入りを制限させている。
常駐している医師の顔を見ると小さく頷いたので、扉を開けさせるとそこに居たのはクリムド伯爵令嬢だった。
彼女は部屋に入り、医師に持参したものを手渡す。
フィオーラの薬だろうか。
毎日、薬師室から薬や栄養剤を運んでくるのは彼女の役目だと聞いている。
それもクリムド伯爵令嬢自ら志願したと聞いた。フィオーラを心配しての事なのだろう。
「いつも、すまないな」
「いえ。私に出来るのはこれくらいしかありませんから。殿下もちょうどいらしていたのですね」
「あぁ、少しだけ様子を見に来ていた」
そうして2人でフィオーラへと視線を移す。
「フィオーラ様は今日も変わりがありませんね……」
「そうだな……」
そこには良くも悪くもあの日から変わらないフィオーラが眠っていた。
フィオーラが卒業パーティーでハリクスに斬られて、意識が戻らないまま日にちだけが過ぎていた。
毎日、こうして時間が出来る度に様子を見に行っているが、一向に目覚める気配は無い。
今のフィオーラは衰弱する事の無いように、体内に栄養を与える事で何とか生き長らえている……そんな状態だった。
それでもフィオーラはまだ生きている……生きているんだ。
俺が諦めてどうする! と、自分に言い聞かせてフィオーラの目覚めを待つ日々を送っていた。
そんなある日、カレンダーを見てふと気付いた。
「……まさか!」
自分の思い至った考えに背筋が凍った。
今、誰かに自分の顔を見られたら、真っ青だと心配されるだろう。それくらい俺は動揺していた。
フィオーラがあの日、どうにか一命を取り留め、そして今も死なずに生きているのは。
それは────……
────まだ、フィオーラが死ぬ日ではないから。
最初の人生と2度目の人生でフィオーラが処刑された日。
そして、3回目の人生で流行病に罹って命を落とした日。
それは、全て同じ日だった。
だから、フィオーラはまだ生きている。
俺は今、ようやくその事に気が付いた。
だが、問題のその日がやって来ようとしている─────明日だった。
「………………っ!」
フィオーラは、絶対に死なせない。
明日、死ぬのが運命だと言うのならどんな事をしても変えてやる。
俺はそう決意した。
****
「……殿下!? どうされたのですか!? もう日付が変わる夜中ですよ!?」
「今晩は私が看病する」
「え!?」
「陛下にも許可は得ている。頼む、看病させてくれ!!」
フィオーラの部屋に行き、看病を頼み込む俺に医師は目を丸くして驚いている。
いつもこんな時間に様子を見に行く事は無かったから当然だ。
しかも看病まで頼み込んでいる始末。
「今のところフィオーラ様の容態に変化はありませんよ?」
「…………」
その容態が急変するかもしれない、とは口に出せないのが悔しい。
絶対に死なせるわけにはいかない。
だから、俺は父上に頼み込んで、今晩から明日一日の公務を全て免除させて貰った。
最初は渋い顔をした父上も、俺の只事では無い様子に何か思う所があったのか許可をくれた。あの人の考える事は未だによく分からないが、今回は助かった。
「……そうですか。分かりました。では、私は隣室で待機してます故、何かあればすぐにお呼びください」
「あぁ、頼む」
医師が部屋から出ていくのを確認し、俺はベッドで眠り続けるフィオーラのそばに寄る。
「……ただ、眠っているだけのように見えるのにな」
ベッドの傍らに座り、そっとフィオーラの片方の手を取り握った。
その手は確かに温かみがあってフィオーラがまだ生きている事を感じさせてくれていた。
「フィオーラ……」
頼む。逝かないでくれ!!
どんなに願いを込めようとも目覚める気配は無い。
そして、無常にも時計の針は12時を超え、かつてのフィオーラが命を落とした日がやって来た。
おそるおそるフィオーラの様子を確認する。
「………………」
日付けが変わった瞬間に容態が急変し、今すぐどうこうという事はなさそうだ。
だが、油断ならないのも事実。
ここまでの予想通りでいくなら、おそらく処刑が行われた時間が危険だと思われる。
「フィオーラ」
愛しくてたまらない彼女の名前を呼ぶ。
婚約者候補として初めて会った12歳の時。
高位貴族の令嬢らしさそのままの態度だった彼女からはどこか冷たい印象を受けた。
温かそうな色をした赤い髪とは対象的なその様子が、とても強く印象に残ったのを今でも覚えている。
そんな様子だったから、俺達の会話が弾むわけでもなくその日の顔合わせは終わった。
それでもその後、婚約は結ばれた。
父上から、フィオーラが俺との婚約を強く望んだからだと聞いた俺は、柄にも無く喜んだ。
しかし、その後会う彼女からはそんな熱量は全く感じなかった。
その事に…………浮かれていたのは自分だけだったのかと酷く落胆した事は今でも忘れられない。
そんなフィオーラは、何年経っても本当に何を考えているのか分からないままだった。
そんな彼女の本音を知った、死後に渡された日記。
俺と出会ってからの6年間、フィオーラが何を思って生きてきたのか。
それを知った時、涙が止まらなかった。
ただただ、俺の中に残ったのは彼女への愛しさだった。
時を戻してからのフィオーラを見ていたら、今まで知らなかった彼女がたくさん見えてきた。
冷たいようで、本当は誰よりも優しい心を持っている事。
生真面目だけど、意外と好戦的な性格をしている事。
思い込むと一直線で軽率な行動しがちな事。
そして、笑顔が誰よりも可愛い事。
そんなフィオーラが俺の側にいるのは間違いなく窮屈だろう。妃として様々な事を求められるし、我慢も苦労もさせる生活を強いてしまう。
きっと俺から解放した方が、フィオーラはのびのびと好きな様に生きられるのかもしれない。
それでも俺は……
「フィオーラ……」
何度呼びかけても、彼女は反応を返さない。
「愛してるよ。だから、目を覚ませ」
俺はゆっくりと自分の顔をフィオーラの顔に近付けて、そっと唇を重ねた。
「……温もりはあるのにな」
唇を離し、俺はひとり呟く。
「これがどこぞの物語なら、お姫様は王子様のキスで目覚めるもんなんだぞ……?」
キスした後の、顔を赤くするフィオーラが見たいな。
可愛くてもっとしたくなるんだ……。
目覚めないフィオーラを見て強く思った。
****
「…………そろそろ、か」
俺は結局、一睡もしないで夜の間ずっとフィオーラを見守っていたが、今のところ変わった様子は見られない。
そして、無情にもかつてのフィオーラの処刑時間が迫ってきている。
「…………フィオーラ」
また、フィオーラの手を握る。
感じる温もりは今も全く変わらない。
「………………ゔっ」
「フィオーラ!?」
そしてまさに、処刑時間になろうかという時、フィオーラが小さな呻き声をあげた。
そしてその顔が苦痛に歪み始めた。
「っ! クソっ!! フィオーラ!!」
────どうして、こんな時だけ予想が当たるんだ!!
当たって欲しくない事ほど的中するなんて最悪だ。
急いで医師を呼ぶと、青い顔をして駆け付けてきた。
「……殿下、拙いです……このままではーー」
「フィオーラ!!」
何度も何度も名前を呼びかけるが、フィオーラはただただ苦しそうで、息を粗くしている。
「フィオーラ!! お願いだ! 逝くな!! 俺と生きると約束しただろ!?」
自分の無力さに涙が溢れる。
どうして、俺は何も出来ないんだ……
フィオーラを死なせたくない。
そんな俺の身勝手な願いで3度も時を戻したのに、4度目も死なせてしまうのか?
「ちくしょう!!」
俺の頬から伝い落ちた涙がフィオーラの頬に落ちたと思った瞬間、
突然、辺りが眩しい光に包まれた。
「なっ!?」
何だ? この光は……!
そして、光が消えた瞬間、キラキラとした金色の粒子が空から降ってくる。
「…………え?」
──俺は、この金色の粒子を知っている。
だが何故、今ここでこの現象が起きたんだ!?
「今は……それよりも!! フィオーラ!?」
俺は慌ててフィオーラの様子を確認した。
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