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37. 運命の卒業パーティー

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  ────煌びやかな会場に、正装に身を包んだ令息と着飾った令嬢達がお喋りにダンスにと花を咲かせている。
  そんな学園の卒業パーティー。
  これから、それぞれの道へと歩みだす卒業生達の門出を祝う1日。

  そんな和やかな雰囲気の会場に突如悲鳴が上がった。

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ』
『逃がすな!  捕まえろ!!』
『誰か!!  早く!  医師を呼ぶんだ!!!』

  会場の隅に多くの人が集まっていた。
  その中心には、血を流して倒れている人がいた。
  かなり出血をしているようで、誰が見ても命の危険を感じる状態なのは明らかだった。

  会場は騒然となり、
  犯人と思われる人間を追う警備。
  泣き叫ぶ人々。
  その場で卒倒する人。
  そんな倒れた人を介抱する人。



  まさに会場は大混乱、大惨事の一言。
  



  そして、そこで血を流して倒れている人は─────




****



「嫌ぁぁぁーーーー!!」


  私は自分自身の叫び声で目を覚ました。
  以前から自分の命を落とす瞬間の夢を見ては泣き叫びながら目を覚ましていたけれど、たった今、見ていた夢は違う。
  初めて見た夢だった。
  なのに、卒業パーティーの様子は、かつて何度も経験したものと全く同じで。
  そのせいなのか。
  ただの夢にしては、とてもリアルに感じてしまった。

「…………それよりも」

  私は呟く。
  おそらく、今の私の顔はかなり青ざめているに違いない。
  何故なら今、見た夢の内容がとても信じられないものだったからだ。

「ただの夢……よね?  明らかに過去の人生で起きた出来事ではなかったもの」

  あんな事件は過去3回起きていない。
  夢だ。これはあくまでも夢に過ぎない。
  そう思おうとするも、全く動揺がおさまらない。
  ただの夢なのに────

  単なる夢であって欲しい。そうでなくては。
  何故なら、あの中で大量の血を流して倒れていたのは…………




「……気にしすぎよね。きっと今日が卒業パーティー当日だから変に緊張しているんだわ。それで、変な夢をついでに見ちゃっただけなのよ!」

  私はパチンと両頬を叩いて、自らの気合いを入れ直す。



  そう。あれから月日は流れ、
  今日は卒業パーティー当日となっていた。

  過去の私が婚約破棄され、牢屋へと連行される……もしくは国外追放を宣言されたあの卒業パーティーだ。

  間違いなく今日を乗り越えられるかどうかがこれからの私の人生の分岐点となる。
  婚約破棄も牢屋へ行くことも国外追放される事も今世では無いと分かっているのに、どこか不安が消えてくれず、緊張が取れない。

「過去とは違う……私は……レインヴァルト様とこれからを生きるのよ」

  改めて固く心に誓った。




  その後、私を起こしに来たマリアと一緒にパーティーの準備を進める。

「お嬢様、緊張されているのですか?  あまり顔色が優れないようお見受けします」

  マリアが心配そうに声をかけてくる。

「そ、そうかしら?  でも、そうね……緊張しているんだわ、きっと」

  確かに緊張もあるけれど、1番は今朝見た夢がどうしても心に引っ掛かっているからだ。
  でも、そんな事は言えないので全て緊張のせいにしておいた。
  すると、マリアは「思っていたよりお嬢様って繊細なんですね~」と微笑んでいた。

「……」

  ……聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
  思っていたよりってどういう意味かしらね?
  思わずフフッと笑みが溢れる。
  そんなマリアの言葉に少しだけ緊張が緩んだ気がした。






  用意されていたドレスに袖を通し、アクセサリーで飾り、髪を結い、化粧を施す。
  全ての準備が整った頃、時間を見計らったように、レインヴァルト様が私のお迎えにやって来た。


「フィオーラ、今日も綺麗だ!  とても似合ってる」


  今日のレインヴァルト様は、私の姿を見るなり開口一番褒めてくださった。
  社交界デビューの時の苦言を覚えていたのかな、と思うとちょっと可笑しかった。

「ふふ、ありがとうございます、レインヴァルト様も素敵です!」

  私達は、微笑み合いながら手を取り馬車へと向かった。





「…………」
「レインヴァルト様?」

  馬車の中でレインヴァルト様は、ちょっとだけ不機嫌そうな様子を見せた。

「こんな、綺麗で可愛いフィオーラが皆に見られると思うと……面白くない」
「え?  何、言っちゃってるんですか……過去の私と変わってないですよ?」

  今日の私のドレスや装いは、過去全ての卒業パーティーと全く同じ。
  レインヴァルト様は、違うドレスを贈るか迷っていたけれど、私が敢えて過去と同じ物を希望した。
  出来る事なら、この姿でこの日をを乗り越えたかったから。

「……結婚式さえ延期にならなけりゃ、もう少し気も休まったんだけどな」
「……」


  どうやら不機嫌なのはもう1つの理由も絡んでいたらしい。


  当初、卒業パーティーの翌日に行うはずだった私達の結婚式は延期になっている。

  あの社交界デビューの日の少し前、私をレインヴァルト様の妃として迎えるのを陛下が渋った様子を見せていた事で、一旦全ての準備が中断されていたかららしい。
  その後再開したものの、流行病が猛威を振るってる中で結婚式の準備を進める事など当然出来るはずもなく。
  結果、スケジュール的に厳しくなってしまったのだ。

「それでも、明日から私はお城に上がりますよ?」
「当たり前だ!!  それだけは絶対に譲れねぇ!」

  結婚式は延期になってしまったけれど、住まいは先に王宮に移すことになっている。

「それでも、“婚約者”と“夫婦”は違うだろ……」
「はい?」
  
  確かに違うけれど、それが何なのだろう?

「お前に触れられねぇ。部屋も別々だしな」
「っ!?」

  ようやく意味を理解して私は顔を真っ赤にする。
  そんな私の様子を見てレインヴァルト様は苦笑した。

「化粧が落ちるから手を出せない時に、そんな顔するなよな……」
「??」

  私はよく分からなくて首を傾げる。
  すると、レインヴァルト様はニヤリと意地の悪い顔をして私の顎に手をかけて上を向かせながら言った。

「ここの紅が落ちたままパーティーに出たいなら遠慮しねぇぞ?」
「ふぇっ!?」
「ははは!」
「~~レインヴァルト様っ!!」

  更に顔を赤くした私を見てレインヴァルト様が笑う。
  だけど、すぐに真面目な顔付きに代わって口を開いた。

「……フィオーラ、大丈夫か?」
「え?」
「ちょっと元気なかったから、やはり今日の事が不安なのかと思ってな」

  その言葉にドキリと胸が跳ねる。
  どこかまだ、私は不安な様子を見せていたのか。
  今日は婚約破棄もされないし、牢屋に連れて行かれる事も国外追放される事も無いのに。不安になる事なんて何もない。

  ────違う。

  不安なのはきっとそれじゃない。
   夢だ。今朝の夢がどうしても私の不安を煽るのだ。

「……ありがとうございます。大丈夫です。レインヴァルト様が一緒ですもの」

  私はどうにか笑みを作り、そう口にした。
  なのに、レインヴァルト様の眉がピクリと反応し、険しくなった。

「フィオーラ……他にも何か不安があるのか?」
「え……」
「その様子は、単なる緊張でも過去の出来事に対する不安の顔とも違う。何か他に気掛かりなことがあるんじゃないか?」

  レインヴァルト様には全部お見通しらしい。
  この方は私より私の事が分かるのかもしれない。そんな気持ちにさせられた。

  単なる夢だけど、それだけで終わらせるにはリアルすぎたあの夢。
  無駄に心配事を増やすだけかもしれないけど、話しておいた方がいい。

「あの、レインヴァルト様……実は」

  コンコン

  そこまで言いかけた時、ちょうど馬車が会場に着いたようで外からノックがかかる。

「……」
「……」

  タイミングが悪かったわ……

「とりあえず降りるか。後でもう一度聞かせてくれ」
「はい」

  私はレインヴァルト様の手を借りて馬車から降りる。
  そして会場を見上げた。

  とうとう会場に着いてしまった。
  あの今までと同じ卒業パーティーの会場に。
  
  ……大丈夫。未来は変わっている。
  レインヴァルト様も隣にいてくれる。
  何も起きたりしない……


  ──こうして、ついに私達にとって最後となる運命の卒業パーティーが開かれようとしていた。
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