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33. 私は歓迎されないらしい
しおりを挟む陛下達との謁見を終え、謁見室から出てくると、「フィオーラ!」と私の名前を呼び、レインヴァルト様が小走りで駆け寄ってきた。
「レインヴァルト様……」
駆け寄ってくるレインヴァルト様の顔を見て、ここに来てようやく私は何故、彼が挨拶に行かせたくない素振りをみせ、心配顔でこの場で私を待つと言ったのか全て理解した。
「………………」
そして、そんなレインヴァルト様は私の顔を見ただけで察したのだろう。
「……やはり、父上に言われたのか?」
この言葉だけで、レインヴァルト様がこうなる事を知っていたのだと分かる。
いや、彼は既に私が話を受ける前から同じ事を言われていたのかもしれない。
「言われました……王家は私の事を歓迎出来ない、と」
───────……
「だが、しかし、最近の君の周りは少々穏やかではなかったようだ」
「!!」
陛下のその言葉に私は固まってしまい言葉を返せない。
それは、つまりメイリン男爵令嬢が引き起こした学園での騒動の事だろう。
「そなたに対する学園内の悪評は、件の令嬢による冤罪だったとは聞いてはいるが……真実はどうであれ、王家としてはそんな騒動の渦中にいたそなたを歓迎する事は出来ないと思っておる」
「……!」
レインヴァルト様は過去の人生で騒ぎを放っておくと冤罪であろうと無かろうと陛下から婚約破棄の命令が下されたと言っていた。
けれど冤罪となった噂を放っておいても対処したとしても結局は同じ道を辿るということなのだろうか。
その考えに至った時、私は自分の手足が震えている事に気付いた。
「しかしだ。そなたは学園の成績も妃教育の習得も良い評価を得ている。現時点でレインヴァルトの妃となる素質を備えたのはそなたしかいないのもまた事実。よって今は婚約を破棄しろ、とまでは命じぬ」
「…………」
「だが、次は無いと心得よ。オックスタード侯爵令嬢」
「……しょ、承知致しました……陛下」
私は震えている手足を叱咤してどうにか答えた。
次は無い。
つまり、また再びこのような騒動を起こしたら、今度こそ婚約破棄を命じるということに他ならない。
私の背中には冷たい汗が流れていた。
────────……
私の話を聞いてレインヴァルト様が「やっぱりか……」と小さく呟いた。
「だが、俺には婚約破棄しろって言ってきてたんだ」
「え?」
「俺はそれを突っぱねた」
「!!」
首の皮一枚で繋がったと思っていたけれど、本当は違ったようだ。
本来は、過去と同様に婚約破棄に向けて動くところだったらしい。
そうならなかったのは、過去と違いレインヴァルト様が抵抗したから?
「それに、だ。時戻りの件もあるからな……まぁ、それは俺のせいなんだが……」
「……あ」
レインヴァルト様の顔は苦渋に満ちていた。
「父上にはフィオーラが記憶を維持してる事は告げてない。だから、その話は出なかったと思うが……」
その言葉に私は頷く。
レインヴァルト様は陛下の反対を押し切ってまで力を使った。
力を使ったレインヴァルト様と、かつての保持者である陛下は記憶を維持していられるから、これまでの事は全てご存知なのだ。
私が記憶を維持している事は知らないにせよ、これまで何があったか知った上での発言なのだ。
レインヴァルト様が必死に足掻いていた様子を陛下はいったいどんな気持ちで見ていたのだろう。
「……」
陛下は最終的には折れてくれたとはいえ、レインヴァルト様に3度も力を使わせる原因となった私に対しての心象は、きっと元々良くなかった。
そこにあの騒動……そして、過去の人生まで入れれば騒動は一度だけではない。
だから……
「俺は断固として受け入れなかったけど、もしかしたらフィオーラには婚約破棄しろと命令するんじゃねぇかと気が気じゃなかった……」
「……だから、あんな顔をしていたんですね?」
陛下から命令されたら、私に断る事は出来ない。
レインヴァルト様の拒否だって許されるかどうか怪しいところだったはず。
それでも、今世の彼は抵抗した。してくれた。
過去のレインヴァルト様は婚約破棄を受け入れていたから、陛下も驚いたのかもしれない。
「次は無い……か」
「承知するしかありませんでした」
「だろうな」
レインヴァルト様が静かにため息を吐く。
仕方ないと分かっていてもやるせない気持ちになる。
恐らく、婚約破棄を命令されなかったのは、レインヴァルト様の拒否の姿勢もあっただろうけど、あの口振りから言って、私の学園の成績と妃教育の成果が良かった事もあったのだろうと思われる。
……授業サボらなくて良かった。
入学したばかりの頃、レインヴァルト様がかなり強引に無理やりにでも私を登校させ、授業から逃げようとする私を捕獲してくれたから今こうしていられる。
お腹いっぱいとか言って逃げようとしてごめんなさい! 初めて心からそう思った。
「父上にとっては……誰でもいいんだ」
「え?」
レインヴァルト様がポソリと呟くように言った。
「俺の妃だよ。王家にとって有益となる身分があり、教養と素質さえ兼ね備えていれば誰でもいいと思ってる。だから、過去の俺が何度も必死になってフィオーラを助けたがっていた事は全く理解されなかった……きっと今でも分かっていない」
レインヴァルト様はそう言いながら悔しそうに唇を噛む。
3度の時戻しの裏で、レインヴァルト様と陛下が相当揉めていた事が窺えた。
「でも俺はフィオーラじゃなきゃ駄目なんだ……」
そう言ってレインヴァルト様が私を抱き締める。
今の私の格好が格好なので、それはとても優しい抱擁だった。
想いを通じ合わせてから、何度も「好きだ」「愛してる」という言葉は受けて来た。
その気持ちも言葉も疑った事など一度もない。
だけど、何故か今、
──あぁ、私は本当にこの人に愛されている。
自然とそんな気持ちがストンと胸の中に落ちてきた。
「私も……レインヴァルト様じゃなきゃ駄目なんです……」
「……」
その言葉を聞いたレインヴァルト様は、私を抱き締める力を少しだけ強くした。
“私を離したくない”そう全身で言われている気がした。
そして、優しい口付けが降ってくる。
額に頬に……唇に。
せっかくのお化粧が……なんて思いが少しだけ頭の中に過ぎったけど、それよりも今はこうしていたかった。
メイリン男爵令嬢がいなくなった今、この先にどんな事が待ち受けているのか正直分からない。
婚約破棄される運命も、私が死ぬ運命も。
彼女が遺した不気味な予言の事もある。
今、かろうじて婚約破棄される運命はギリギリの所でどうにか回避は出来たようだけれど、どうしても不安は消えない。
確実に、過去とは違う道を歩んでいるはずなのに。
きっと私の不安は、過去の人生で死んだ日を乗り越えない限り消えない。
「レインヴァルト様……」
「何だ?」
私の呼び掛けに答える声は、ぶっきらぼうでも優しい。
「好きです」
「…………!?」
「大好きです」
私の言葉が不意打ちだったのか、レインヴァルト様の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
「……広間に戻したくなくなるじゃねぇか!」
「え?」
「このまま、こうして2人っきりでいてぇって意味だよっ!!」
「あ……」
レインヴァルト様は、
「マジで敵わねぇ……」と、ブツブツ呟いていたけど、私達はそのまま広間に戻る事にした。
「レインヴァルト殿下! 私と踊ってくれませんか?」
「いえ、私と!」
「それよりも、私は御一緒にお話がしたいです!」
広間に戻ると、我先にと華やかな令嬢達に囲まれた。
皆、レインヴァルト様に迫っている。
まるで、隣にいる私の事など目に入っていないようだった。
レインヴァルト様の姿が見えなくなっていたので、ずっと探していたのだろう。
ようやく見つけて駆けてきたといった様子だった。
「申し訳ないけど、今日の私は王子としてじゃなく、婚約者のエスコートで来ているからごめんね」
レインヴァルト様は、王子様モードの笑顔でやんわりと断りを入れる。
その際には私の腰に手をやり、さり気なく引き寄せる事を忘れない。
そんなレインヴァルト様の言葉に、令嬢達がようやく私の方を見る。
「まぁ……この方が」
「噂のオックスタード侯爵令嬢ですの?」
「フィオーラ・オックスタードと申します。どうぞよろしくお願い致します」
さすがに、視線を向けられて挨拶をしないわけにもいかない。
「……実在したのね」
「初めてお会いしたわ」
「やっとデビューされたそうよ、遅くない?」
令嬢達はヒソヒソと小声で話しているが、全部聞こえている。
本当にこの世界はドロドロしていて嫌な世界だ。仕方ないと分かっていても。
こういう時はかつての自分に向けられた嘲笑うような視線を思い出してしまう。
だけど、以前みたいに身体が震えないのは、レインヴァルト様が隣にいてくれて、私の心の持ちようも変わったからなのか。
チラリとレインヴァルト様を横目で見ると、彼女達のヒソヒソ話は届いていたようで、笑顔を浮かべているものの、醸し出す雰囲気には怒りが見て取れるようだった。
「さ、行こうか、フィオーラ」
「は、はい」
レインヴァルト様は有無を言わさずその場から離れた。
その足取りは早く、私はついて行くだけで精一杯。
令嬢達のヒソヒソ話はそれでも続いているようだった。
「レ、レインヴァルト様っ!」
「あ? あぁ……」
私の呼び掛けにレインヴァルト様がようやく足を止める。
とてもじゃないけど、私の足では追い付くのがやっとという勢いで歩かれてしまったのでとても辛かった。
「一刻も早くあの場から離れたくてな、悪い……」
「い、いえ、その、お気持ち、は、分かるので……」
私は肩で息をしながら答える。
「本当に悪かった、大丈夫か?」
「ちょっと休めば…大丈夫…………です」
「そ、そうか」
レインヴァルト様は、ちょっとバツの悪そうな顔で息を整える私を見守っている。
「分かってはいるが……何故、あぁも嫌味ったらしくヒソヒソと話すんだろうな」
「…………」
「まぁ、それは女性に限った事でもないか」
「そうですね……」
貴族社会は、ドロドロだ。
ちょっとした醜聞が広まるのはあっという間。
今回のメイリン男爵令嬢が引き起こした騒動は学園の中での話だったから、そこまで社交界に大きく広まっていないものの、これが社交界での話だったら、私は問答無用で婚約破棄されていただろう。
「それでも、レインヴァルト様と一緒に生きていくには避けては通れない世界なんです」
「フィオーラ……」
「私は大丈夫です──レインヴァルト様が隣にいてくれるのなら」
私の言葉にレインヴァルト様は目を瞬かせた。
そして、ようやく笑顔を見せてくれた。
「当たり前だろ、俺は絶対にお前から離れたりしない」
そう言って抱き締めてくれる温もりは、いつものようにどこまでも優しく温かく、私に力をくれるようだった。
こうして表舞台にたった今、もう逃げてばかりではいられない。
人の視線も、人付き合いも避けては通れない。
これからは積極的に社交界にも顔を出していく。いや、いかなくちゃいけない。
レインヴァルト様以外にも味方になってくれる人がいなくては、私なんて簡単に潰されてしまうから。
私は私で自分の地盤を固めなくては。
きっと彼はどこまでも私を守ってくれようとするだろう。
だけど、私は安全な場所でただただ守られていたいわけじゃない。
そんなフワフワしたお飾りの存在になりたいんじゃない。
この人の隣に立つのに……一緒に歩いていくのに相応しい人間になりたい。
どうしたって今は未熟な私だけれど……それでも。
陛下に……周りの誰もに、
“レインヴァルト殿下の妃になるのは、フィオーラ・オックスタード侯爵令嬢しかいない”
そう思って認めてもらえる為に。
私はそう心の中で決意した。
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