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22. 時戻りに隠された秘密と真相①

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「何を言って……」
「……本当の話だ。俺が時を戻していた」

  理解が追い付かない。
  レインヴァルト様が、時を戻していた?
  過去の記憶はあるのかもしれない、とは何度も思った。
  その度に考え過ぎだ気の所為だと、打ち消しては来たけれど。

  だけど、この時が戻っていた理由がなんて考えもしなかった。

  私の混乱をよそにレインヴァルト様は話を続ける。
  
「…………王族の中で、次世代を統べる定めの者には、即位前にだけ扱うことの出来るある“力”がある」
「え……」
「これは王と王位継承者とそれぞれの伴侶にしか伝えられない話だ」

  ちょっと待って。
  そんな最大の秘密を私に話していいの?  いや、どう考えても……良いはずが無い……
  頭の中がくらくらした。

「俺は王位継承第1位、次の王となる定めの者。この力を使える事が何よりの証拠だ。この話をフィオーラにする事は……まぁ、本来は許されないな。だけど、理由は俺にも分からねぇが、フィオーラは全ての記憶を維持しているからな……」

  レインヴァルト様の言葉に私は考え込む。
  そうよ。どうして私には過去の全ての記憶があるのだろう。
  この口振りからいって本来は記憶の維持など出来ない事が窺えた。

「魔法使いの話はフィオーラも知っているだろ?」
「…………」

  その疑問は解決しないけど、レインヴァルト様は話を続けるらしい。
  私はその言葉に無言で頷く。
  当然だ。私自身、自分の身に起きたこの出来事は魔法使いでもいるのではないか?  と、初めて時が戻った時に思ったのだから。

「王家はその魔法使いの中でも、特別稀有な強大な力を持った大魔法使いと呼ばれた存在の末裔なんだ。その大魔法使いから受け継いだ力の名残でこうして力を使う事が出来るんだよ。ただし……条件がある」
「条件?」
「使える人間はさっきも言った次世代を統べる定めの者に限られ、使える力は、時を戻す事のみ。戻せる期間は長くて3年まで。そして使える回数は3回までだ」
「……3回?」

  その言葉に私はピクリと反応する。
  3回って……つまり、それは。

「そうだ。俺はこれまで3回時を戻した……だから、これが……今のこの人生が最後なんだ。もう時は戻らない」
「!!」

  この人生が最後……もう時は戻らない……?
  私はひたすら動揺していた。
  だけど、もちろん聞かずにはいられない。

「そもそも、な、何故、そんな事を……そんな大事な力を使ってレインヴァルト様は時を戻したのですか!?」

  私の質問にレインヴァルト様は今度は悲しそうに微笑む。

「……分からないか?  フィオーラ、俺はお前を助けたかったんだ」
「っ!?」

  レインヴァルト様は私に近付いて、私の手を握り、もう片方の手は私の頬にそっと触れる。
  その触れ方は相変わらず優しい。

「お前の事が好きだと言っただろ?  俺はお前を死なせたくなかった。だから、時を戻した。今度こそはお前が生きられるようにと願って」
「私……の為?」
「だけど、俺は2度失敗をした。どちらも結局お前を死なせる事になってしまった。助けるどころかむしろ苦しめた………………本当に……ごめん」

  そう言ったレインヴァルト様の顔はとても苦しそうで、後悔の念だけが強く現れていた。

「よ、よく分かりません……いえ、力?  の事は分かりました。だけど、何故私を生かす為になどと?  だってレインヴァルト様はメイリン男爵令嬢に惹かれていて……私の事が邪魔で処刑したはずなのに……どうしてですか?」

  おかしいではないか。
  私の処刑を決めたのはレインヴァルト様なのに、何故私を死なせたくなかったなどと言う話になるのか。全く分からない。

「落ち着いてくれ、フィオーラ。それと俺はお前の処刑の命令など出していない!」

「え…………?」

  混乱してパニックを起こす私を強く抱き締めながらレインヴァルト様が叫んだ。

「順を追って話そう。最初の人生の俺は確かにあの男爵令嬢……メイリンに心惹かれた。それは本当だ。お前は“よく出来た婚約者”だったが、いつも俺に対して壁があって、何を考えてるのか分からない女だった」
「…………」

  その通りだ。確かに私は意地を張ってばかりだった。
  甘える事も頼る事も一切しなかった。
  好意を見せたことも無い。

「そんな時にメイリンに出会って、お前には悪いと思いつつも、素直な天真爛漫さに惹かれていった……そして、頑なに認めようとしなかったが、お前はかなりの嫌がらせをメイリンに行なっていたな?  それは冤罪などではなく」
「……はい」
「俺にはお前が何でそんな事をしたのか最後まで分からなかった……だが、俺はあの場で婚約破棄を突きつけるしか無かった」
「……陛下の命令ですか?」
「あぁ。だが俺もあの時はメイリンに惹かれていたからな。嫌がらせをしていたお前に憤りを感じていた事は確かだ」
「ですよね……」

  私は項垂れる。改めて自分のした事の愚かさを突きつけられたような気がした。

「だが、お前はあの場で一切の罪を認めようとしなかっただろ?  だから、一旦は牢屋に入れるしか無かったんだ」
「…………」
「だからと言ってお前は処刑される程の事をしたわけではない。それに、そもそも。反省させた後はちゃんと釈放するはずだったんだよ。まぁ、それなりに監視の目はついただろうが……」
「え?」

  ならば何故、私は処刑されたの?

  私の言いたい事が分かったのか、レインヴァルト様は酷く辛そうな顔で続けた。

「俺が間抜けだったんだ……あの女……メイリンの本性に気付けなかった」
「……?  メイリン男爵令嬢の本性?」
「あの女は、俺の事が好きだったわけじゃない。ただ……将来の王妃という立場になりたかっただけなんだ」
「なっ……!」

  レインヴァルト様のその言葉は私にとって衝撃だった。
  私から見えていたメイリン男爵令嬢はそんな風には見えなかったから。純粋に慕っているようだったのに。

「……俺は学園卒業後から公務が忙しくなったんだが、あの卒業パーティーの後、急に遠方でしかも長期の視察の泊まり込みの公務が入り数ヶ月ほど城から離れる事になった。その隙に……お前の処刑命令を出して実行していたんだよ…………俺の名前を使ってな。俺の名前でなら陛下の許可はいらなかったから」
「え!」

  私は最初の人生の時の彼女を思い浮かべる。
  今のおかしな彼女はともかく過去の彼女に対しては、正直、そこは結び付かなかった。

「そんな事が可能なのかって思うだろ?  あの女は、まだ何も決まっていないのに自分が次の俺の婚約者だと言って毎日城に来ては、ロイ達、俺の側近候補も垂らしこんで自分の味方にしていたんだよ。アイツらが側にいるのなら、誰だってそう思い込んでも不思議は無いからな。そして、あの女はアイツらを利用して俺の名前でフィオーラへの処刑命令を出させた」
「そんな……」

  私は首をプルプルと横に振る。そんな事って……

「滅多に出るはずのない処刑命令は、決定から実行まで異例とも言えるスピードで行われた。誰も口を挟めないほどにな。……ただそこにはアイツらだけでは無理な事もあったから、他にも裏で手を回した人間がいたようだったが、その時の俺はそんな事も分かっていなかった……」

  そこまで言ったレインヴァルト様は辛そうに目を伏せる。

「そして、俺は長期の視察から戻って来た後、フィオーラが処刑されたと聞かされた。最初は何を言われてるのか理解出来なかった……。そして、それを嬉しそうに誇らしげに語るあの女の表情と言葉は……今、思い出すだけでも吐き気がする」
「……彼女は何と?」

  私の質問にレインヴァルト様は大きく動揺を見せた。
  おそらく聞かせたくない、そんな思いからだろう。

「教えてください。私には知る権利があります」

  目が少し泳いでいたけれど、レインヴァルト様はどうにか口を開いた。

「……俺が問い詰めた時、あの女はこう言った」

『だって、私の幸せの為に邪魔だったんです。あんな女、生きていてもしょうがないじゃないですか!  ずっと殿下の婚約者ってだけで愛されてもいないくせに大きな顔をしていて、とーっても目障りだったんです。だから、この機会に消えてもらっただけですよ!  それのどこに問題があるんですか?  さぁ、これで邪魔者は消えましたから私達は幸せになりましょうね』

「俺はそこで目が覚めた……俺はこんな女に心惹かれていたのか、と、同時に恐怖も覚えた」
「……」

  私は言葉を発せなかった。メイリン男爵令嬢の言葉が想像以上に強烈過ぎたから。

「俺が馬鹿で不甲斐なかったせいでお前は殺されてしまったんだ……そんな時だった。お前の父親……オックスタード侯爵が俺の元を訪ねてきたんだ」
「……お父様が?」
「お前の日記を持ってやって来た」
「私の日記……」

  そこまで言われて思い出した。
  最初の人生の時、私は日記を付けていた。
  時が戻った時には存在を忘れてしまっていたから、今は何処にあるのか分からないけど、レインヴァルト様への想いや、プライドが邪魔して口に出せなかった思いなどを確かにあの頃の私は書いていた……

  あれをお父様が……レインヴァルト様に見せたと言うの!?

「侯爵は、日記見せながら俺に言ったよ。俺を見損なったと。確かにフィオーラは、恥ずべき行為を行なっていた。だけど娘は殿下の事をこんなにも想っていたのにその気持ちを蔑ろにしていただけでなく、最終的には処刑まで行い殺した。娘はそこまでされるような罪を侵したのか!?  殺されなくてはいけない程の事をしたのか?  娘を返してくれ!  人でなし!  ……と罵られた」
「お父様……」
「……何も言い返せなかった。俺にはそんな資格無かったしな。フィオーラが、俺のせいで死んだ事は間違いなかったから」
「レインヴァルト様」

  そう言いながら、私を抱き締めるレインヴァルト様の身体は酷く震えていた。

「フィオーラの日記には、“何を考えてるのか分からない女”だったお前の素直な気持ちが書かれていた。俺はようやく分かったんだよ……お前がただただ不器用で、1人で何でも抱え込もうとする、強がってただけの……本当は誰よりも守ってあげなきゃいけない女の子だったんだと」
「…………っ」
「悪かった……フィオーラ。俺のせいで……辛い思いをさせた……」

  私を更に強く抱き締めながら謝罪を続けるレインヴァルト様は今、どんな顔をしているのだろう。
  身体だけでなく、声も震えているから……もしかしたら、泣いているのかもしれない。

「その時、俺は時を戻す力を使う事に決めたんだ。迷いは無かった。……父上、陛下には“そんな事の為に使う力じゃない”と散々窘められたけどな。俺は譲らなかった。そんな俺に父上もとうとう折れた」
「…………」
「ただし、3年分を戻すのはリスクが大き過ぎるから、1年のみという条件付きだったけどな」


  確かにこんな重大な力は私なんかの命の為に使っていいものじゃなかったはずだ。
  それでも、レインヴァルト様は私の為に……?


「そうして、力を使って1年の時を戻したんだが……結局、俺はまた間違えたんだ」


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