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21. 婚約破棄の理由
しおりを挟むあの日、生徒指導室へ呼び出しがかかった事で、私がメイリン男爵令嬢に嫌がらせを行っているらしいという噂が学園中にあっという間に広がっていった。
メイリン男爵令嬢が、レインヴァルト様に馴れ馴れしくしている様子は誰もが知っている事で、ならば、婚約者である私はそれを面白く思っていないはず。
周囲の人がそう考えるのは確かに自然な事なのかもしれない。
また、私には友人らしい友人がいないので、私を庇う人などいるわけも無く……噂は歯止めが効かなくなっているのもあるようで。
……そもそも今世で友人を切り捨てたのは私だったわ。
あの時の決断がこんな形で返ってくるなんて思いもしなかった。
唯一仲良くしていた、アシュランさんは父親のクリムド伯爵の仕事の手伝いをしているので3年生になってからはあまり学園に来ていない。寂しい気持ちもあるけど、今はそれで良かったと思っている。
……こんな事に彼女を巻き込みたくないもの。アシュランさんには夢に向かって頑張って欲しいから。
それにしても、これは2度目と3度目の人生と全く同じ。
私は何もしていないのに、こうして覚えの無い罪をきせられる。
実際、メイリン男爵令嬢は本当に嫌がらせを受けているようだった。大方、彼女の存在が面白くないと思っている一部の過激な令嬢達の仕業だと思われるのだけど、びっくりするくらい証拠が残っていないらしい。
むしろ、代わりに私が犯人であるような証拠ばかりがわんさか出てきているのだとか。
──そう話してくれたのはレインヴァルト様だった。
今世のレインヴァルト様は私を守ろうとしてくれていた。
レインヴァルト様は、メイリン男爵令嬢が受けている嫌がらせの内容を調べ、犯人探しを始めた。
そして真犯人の存在は浮かんで来たものの、出てくる証拠は何故か私に不利なものばかり。
──どうしても、どう足掻いても、 まるで私をこの嫌がらせの犯人にしたいという不思議な力を感じる──
レインヴァルト様は苦しそうな顔でそう話してくれた。
正直に言えば辛い。どうしてと思わずにいられない。
それにこの噂により着せられる冤罪は、どうしても2度目・3度目の人生を思い出してしまうから。
日に日に冷たくなっていく周りの目。
離れていく友人達。
卒業パーティーでの断罪。
…………そして、迎えた自分の最期。
今世もやっぱり運命は変えられず、同じ事を繰り返すのではないの?
そう思ったけど、レインヴァルト様の存在だけが過去の状況と大きく違っていた。
どこまでもどこまでも彼は私の味方だった。
今はそれだけが私の救いだった。
「……ったく、噂が広がんのやっぱり早すぎだろ」
「あの、本当にもう、いいですから……」
私はレインヴァルト様が信じてくれているだけで充分だ。
これ以上、証拠探しをしても私が追い詰められるだけ。
そう思って口にしたのだけど。
「駄目だ。このまま噂を放置したら、俺達の婚約が破棄させられる」
「え?」
レインヴァルト様の言葉に私は驚く。
「父上……陛下からの命令が下される。フィオーラ、お前との婚約を破棄しろとな」
レインヴァルト様は確信を持って言っているようだった。
「陛下の命令、ですか?」
「これは単なる噂だけじゃない。調べればフィオーラにとって不利な証拠ばかり出てきてんだぞ? 王家が黙ってると思うか?」
「あ……」
最初の人生の婚約破棄は、レインヴァルト様がメイリン男爵令嬢に心惹かれた事も理由としては、あったのだろう。(実際に私は嫌がらせを行ったし)
けれども、2度目と3度目の人生では、レインヴァルト様はメイリン男爵令嬢と親しくならなかったのにも関わらず私は婚約破棄された。
その理由はもちろん、この今も広がっている噂……冤罪が原因だったわけだけど。
だけど私は、婚約破棄は全てレインヴァルト様の意思だとばかり思っていた。
冤罪を利用して、好きになれない名ばかり婚約者の私を都合よく排除するために告げていたのだと……そう思っていた。
だけど、実際は婚約破棄の判断は……レインヴァルト様ではなく陛下の命令だった?
確かに普通に考えれば当たり前の事……
でも、結局レインヴァルト様は陛下に逆らわずに受け入れたわけだし、やっぱり私と婚約破棄はしたかったわけで……
そもそも命令なのだから逆らうなんて出来ない?
頭の中がぐるぐると混乱して来た。
「前にも言った。俺の気持ちもこの間告げた通りだ。俺はフィオーラとの婚約を破棄も解消もする気は無い。だから、この冤罪をこのままにはしておけないんだ」
「レインヴァルト様……」
理由は何であれ、過去のレインヴァルト様は婚約破棄を選択したけれど、今世のレインヴァルト様はその気は無いとキッパリ言う。
このまま噂を放置して、冤罪をきせられ、陛下の命令でレインヴァルト様と婚約破棄となった私を待ってる未来は……きっと過去と同じ。
前回のように処刑を免れ国外追放されても、病の対策をどれだけしても……死ぬ事からは逃れられないのかもしれない。
「俺はお前を失いたくない。だから、このままでいいなんて言わないでくれ!」
レインヴァルト様の目は真剣だった。
『好きだ』と告われ、彼の気持ちを聞いた後だからこそ分かる。
レインヴァルト様は、本気で私を失いたくないと思ってくれているのだと。
私だってレインヴァルト様の側にいたい。
もう死にたくないし、この人の隣で生きていきたい。
私は静かに頷いた。
レインヴァルト様は私を強く抱き締めて、震える声で「ありがとう」と言った。
「噂の出処は間違いなくあの男爵令嬢なのは間違いないんだが……」
「それにしては広がる早さが不自然、ですか?」
「そういう事だ」
私の冤罪は、瞬く間に学園中に広がった。明らかにせっせと広めている人間が裏にいる事が窺える。それも、おそらく1人では無い。
「メイリン男爵令嬢って誰と仲が良いのでしょうか?」
「仲の良いヤツか……」
突撃される時しか、絡みが無いので普段誰と仲が良いとか何も知らない。
私の言葉に少し考え込んだレインヴァルト様は、しばらくしてから小さく呟いた。
「……面倒だな」
「レインヴァルト様? 何か心当たりでも?」
レインヴァルト様は何かを躊躇っているようだった。
「……厄介なヤツらが相手だからな」
「何故です?」
「……ロイ・フェンディ、ハリクス・ソンフォード、そしてラルゴ・ロンフェイス……の3人だからだ」
「……え?」
私は吃驚してそれ以上の言葉が出てこない。
何でよりにもよってこの3人なの。
でも、確かに彼女はロイ様とハリクス様の事を気にしていた。
そして、相談という訴えを起こした相手はラルゴ先生だった。
「……俺の知ってた、あの男爵令嬢と懇意にしてる人間はこの3人だからだ」
「………………知ってた?」
どうして過去形なの? 私は首を傾げる。
そんな様子の私を見て、レインヴァルト様は苦笑する。
どこか忌々しそうな表情を浮かべながら。
「……本来なら、そこには俺も加わっていたんだろうな」
「なっ!?」
思わず驚きの声が出てしまった。レインヴァルト様は何を言っているのだろうか。
「もちろん、今の俺は加わってないぞ?」
「え、えぇ」
今の俺?
どうしてなのか。さっきからレインヴァルト様の言葉の節々に不穏さを感じる。
これ以上、聞かない方がいいような、そうでないような。
この2年の間、何度か考えては否定して来た事が私の頭の中に甦ってくる。
──まさか、まさか……
「…………フィオーラ」
「は、はい」
レインヴァルト様の真剣な目に見つめられた私は目を逸らせない。
「俺は……お前が好きだ。この間告げたこの気持ちを疑わずに、このまま俺の話を聞いてくれないか?」
「わ、分かりました」
「ありがとう」
レインヴァルト様が何を言おうとしているのか聞くのが怖い。
だけど私は聞かなくてはいけない。そう思った。
「……フィオーラには、あの男爵令嬢と、さっき俺が名前を挙げた3人。そこに俺を加えた4人を並べたら思い当たる出来事があるだろう?」
「え?」
──だって、それはー……
最初の人生の話であって今じゃない……
「……あぁ、もちろん今の話じゃない。でも、フィオーラ……お前は全部覚えているんだろ?」
「な、にを……」
心臓がすごくバクバクした音をたてている。
まさか、まさかという思いが頭の中で駆け巡る。
「何故なら、お前は俺のせいで過去3回命を落とした。今は4度目の人生を生きている」
「!!」
どうして、それを……
と言いたいけれど、言葉が出なかった。
更にレインヴァルト様は続けて言った。
「そして、お前は過去の人生の記憶を全て持っているはずだ…………違うか?」
「っっ!!」
全身が雷に打たれたような衝撃を受けた。
「ど……して……」
「…………どうして、か。そうだよな……」
そこで一旦言葉を切ったレインヴァルト様は、切なくとも苦しくとも取れる顔をして言った。
「───全て俺が、時を戻していたからだよ、フィオーラ」
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