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20. 冤罪事件の始まり
しおりを挟む次の日の朝、正直、私はどんな顔でレインヴァルト様と会えば良いのか分からなかった。
応えなくて良いと言われてしまったけど、『好きだ』と告白されたのだから。
「おはよう、フィオーラ」
「お、おはようございます……」
いつものように我が家に迎えに来たレインヴァルト様は至って普通だった。
いつも通り。
何も変わってない。
ドキドキして昨夜眠れなかったのは私だけなの?
それとも昨日のあの言葉は私が見た夢か幻だった?
そう思いたくなるくらいレインヴァルト様はいつも通りだった。
「さ、行こうか」
そう言ってエスコートの為に私に手を差し出す様子もいつもと変わらない。
何で私ばっかり意識させられているのかしら。
そう思いながら、私もいつもと同じ様に差し出された手に自分の手を重ねた。
「俺のせいか?」
「え?」
馬車の中で2人きりになった途端、突然問いかけられた。
「寝不足だって顔してる」
「……そんなに分かりやすいですか?」
「いや? 普段からお前をよく知っていてよく見ていないと分からない程度だが……」
「……!」
この人は今、自分がどんな発言をしたか分かっているの?
自分は私の事をよく知っていて見ているから気付けたと言っているようなもの。
だから、こういう所が狡くて憎い……そして好きだと思ってしまう。
私は照れと恥ずかしさで顔が上げられなくなってしまった。
「悪かった。そりゃ困るし悩むよな……」
そう言って私の目元に触れる手はどこまでも優しい。
レインヴァルト様はいつもそんな愛情を持って私に触れてくれていたの?
そう思うだけで恥ずかしくてますます顔が赤くなる。
私も好きだと言いたいのに……
言わせてくれなかったレインヴァルト様が更に憎く感じた。
「あ、おはようございます! レインヴァルト殿下、フィオーラ様!」
馬車を降りると、もう毎回すぎて慣れた顔が私達に近付いてくる。
本当にメイリン男爵令嬢のそのメンタルはどこから来るのかしら?
隣のレインヴァルト様を見ると、いつも以上に不機嫌度が増している。
「おはようございます、メイリン様……」
「そう言えば、いつもお2人って揃って登校されてるんですね」
「えぇ、まぁ……」
「羨ましいです~。いいなぁ~……」
そう言ってチラリと、何かを期待するかのような上目遣いでレインヴァルト様の方を見るメイリン男爵令嬢。
ちょっと待って。それってまさか要求してるの? ……まさかね。違うわよね?
「…………」
レインヴァルト様は無言。どうやら会話する気も無いらしい。
本当に思う。
メイリン男爵令嬢って、こんな性格だったかしら。
天真爛漫なのは変わっていないけど、もうちょっと遠慮があったと言うか……こんなあざとい感じは以前は無かったと思うのだけど。
だからこそ、過去のレインヴァルト様も彼女に惹かれたのだと思ったのに。
それともこの性格が、彼女の本性だった……?
「……」
レインヴァルト様は無言で私の腕を軽く引く。
これは、もう行くぞって合図だと思われる。
「ではメイリン様、私達失礼しますね」
「え? 何で……」
メイリン男爵令嬢は、レインヴァルト様が一言も発しないのが不満そうだった。
「あまり、相手にするな」
「いえ、でもさすがに話しかけられて2人揃って無視は出来ませんよ」
「それは確かにそうだけどよ……」
歩きながらそう話すレインヴァルト様は複雑そうな表情だった。
相手にしたくないけれど、毎回、完全無視というのも難しいからだろうか。
メイリン様の心が折れるのを待つしか無いのかな。
……そもそも、そんな日が来るのかしら?
この時の私はメイリン男爵令嬢の行動にばかり気を取られていて、周囲の事にまで気が回っていなかった。
王子であるレインヴァルト様とその婚約者に物怖じせずに積極的に話しかけに行く新入生の男爵令嬢。
王族と高位貴族に対する彼女の態度が周囲に何をもたらすか……を。
****
「……すみません。もう一度説明頂いてもよろしいでしょうか?」
その日、私は生徒指導室に呼ばれていた。
目の前にいるのは、教師のラルゴ先生。まだ20代後半と年齢も若くてカッコいいので女生徒からも人気の先生だ。
だけど、私はこの先生が好きではない。
何故なら、どの人生でもこの先生はメイリン男爵令嬢と懇意にしていたから。
「ですから、フィオーラさんが、新入生のメイリン・ヒューロニアさんに嫌がらせを行っているとの訴えが挙がっているのですよ。心当たりはありませんか?」
「心当たりと言われましても……」
知らないものは知らないし。
「今はまだ嫌がらせ事態は些細な事ではあるようなんですけどね……だからと言って学園としてもそれは無視出来ないんですよ」
「どうして私なんですか?」
「メイリンさん、本人の訴えです。曰く“私がレインヴァルト殿下に話しかけるのが、フィオーラ様は気に入らないようなんです”と言っていました。まぁ、本人の訴えだけを鵜呑みにする訳にもいきませんからね、フィオーラさんにも話を聞こうという次第です」
「私はそんな事していません!」
思わず大声で反論していた。
「でも、レインヴァルト殿下に話しかけるメイリンさんの事は快くは思っていないのでは?」
「そ、それは……」
誰だって快いものでは無いでしょう?
そう言いたかったけど、言っても無駄だと思った。
この先生は絶対にメイリン男爵令嬢の味方だ。
「今日はもういいです。とりあえず話を聞いてみたかっただけなのでね。……でも、分かっていますね?」
その目は次に訴えがあったら容赦しないと言っている気がした。
背筋がゾクリとする。
「……っ! 本当に私ではありませんから!」
「……犯人は簡単に罪を認めないものですからねぇ」
「なっ!」
「早く認めた方が楽になりますよ? どうです、白状する気になりましたか?」
ラルゴ先生は私が犯人だと思っている。明らかに目がそう語っていた。
──始まってしまった。
これは間違いなく私が後に断罪されるきっかけになる噂の始まりだ。
最初の人生では、間違いなく私が犯した罪だった。
あの時の私は確かに彼女に様々な嫌がらせをし相当酷い事もした。
でも、その後の人生では何もしていない。
それでも、彼女に対する嫌がらせは実際に起こってしまい、その犯人は何故かいつも私になるのだ。
「私……は」
私が先生の迫力に圧されていたら、生徒指導室にバタバタと音を立てながら誰かが近付いて来た。
「フィオーラ!!」
「……レインヴァルト様?」
ノックもせずにドアを開けて入室してくる。
「……おやおや、レインヴァルト殿下。いくら殿下でもノックもせずに入室してくるのは感心しませんねぇ」
「申し訳ないが、急いでいたのでね」
先生の挑発じみた発言にレインヴァルト様も負けじと対抗している。
「そうですか。でも、フィオーラさんの呼び出しは殿下には関係のない話ですよ。廊下で待っていてくれませんか?」
「断る。それに私も関係しているだろう? 無関係ではないはずだ」
レインヴァルト様も1歩も引かない。
「フィオーラが、あの男爵令嬢に嫌がらせをしているという話だろう?」
「……耳に入れるのが早いですねぇ」
「フィオーラがそんな事をする理由は無い」
「何故です? 婚約者である殿下に馴れ馴れしく近付く令嬢を邪魔だと思ってやったとしてもおかしくは無い事でしょう?」
「いや。そもそもあの令嬢を邪魔だと思ってるのは私の方だからな」
「は?」
レインヴァルト様の言葉にラルゴ先生は目を丸くして驚いている。
「だから、あの男爵令嬢を邪魔だと思ってるのはフィオーラでは無い。私の方だ。あまりにしつこいので最近は不快を通り越して嫌悪すら感じている」
「何を言っているのですか?」
「……あの男爵令嬢は、私と親しくしているとでも言っていたか? だから、フィオーラの反感を買ったのだと。残念ながら、私はあの令嬢と親しくした覚えもなければ、親しみすら覚えた事も無い」
「なっ!」
ラルゴ先生は図星を指されたようだった。
……つまり、メイリン男爵令嬢は嘘を混ぜて先生に報告をしていた?
だけど、それはレインヴァルト様とメイリン男爵令嬢が親しくしていなければ成り立たない話となる。
だから本当の事を知らなかった先生は今、動揺している?
「念の為言っておくが、私はフィオーラを庇って言っているわけでは無い。私があの、男爵令嬢を迷惑に思っている様子なら日々多くの生徒が目撃している。誰かを証人として呼ぶ事だって出来る」
……確かに、目撃情報は多そう。彼女への嫌がらせもその所為で始まったわけだし。
私は心の中で納得する。
「……いえ、結構です。今日はもう帰っていただいて構いません」
ラルゴ先生は気まずそうに私達から目を逸らしながら言った。
「そうですか。では失礼するとしよう。行こう、フィオーラ」
そう言ってレインヴァルト様は私の手を取り、生徒指導室を後にした。
生徒指導室を出て少し歩いた後、レインヴァルト様がピタりと足を止めた。
「レインヴァルト様?」
私が何事かと思い訊ねると、突然身体の向きを変えてきたレインヴァルト様に抱き締められた。
「レ、レインヴァルト様!?」
私はさすがに焦る。
ここは、校内で廊下で。いつ人が通るか分からない場所なのだから。
「フィオーラが生徒指導室に呼ばれたって聞いて……絶対始まったんだって思って……」
「始まった……?」
どうしてレインヴァルト様からその言葉が出てくるの?
そう思って口にした疑問にレインヴァルト様は答える事をせず言葉を続ける。
「とにかく助けたくて、無理矢理乗り込んだ。悪かった」
「いえ、私こそありがとう……ございます」
あの時、レインヴァルト様が来なかったら、私はやってもいない罪を認めさせられていたかもしれない。それくらい先生の圧は凄かった。
そうならずに済んだのはレインヴァルト様のお陰だ。
「だけど、きっとこれだけでは終わらない」
「…………」
レインヴァルト様のその言葉は本当で、翌日から私に向けられる目はとても厳しいものとなったのだった。
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