22 / 52
18. メンタルの強い男爵令嬢
しおりを挟むメイリン男爵令嬢は、相当メンタルが強い令嬢なのだとこの数日で実感する事になった。
「……あ、レインヴァルト殿下、フィオーラ様、偶然ですね、おはようございます!」
彼女は今日も笑顔で私達の前に現れる。
“偶然”を装って。
そして、彼女が現れるその度にレインヴァルト様からは黒いオーラが発せられる。
(……惹かれていくというより、引かれていくの方が正しい気がする……)
そんなレインヴァルト様の様子に安堵してしまう自分の醜い心も嫌だ。
こんな醜い心はどうしても最初の人生を思い出しそうになるから。
けれど、メイリン男爵令嬢は私が覚えている過去の彼女とはどこか印象が違うようにも感じた。
それに、レインヴァルト様を取られるかもしれない……という心配だけでなく、何処か彼女は不気味だ。得体が知れないとも思う。
それにどうして彼女はレインヴァルト様の好みを知っていたの?
(まさか……彼女も……)
嫌な予感が頭の中を駆け巡る。
そんなはずは無いと必死に頭の中でそれを打ち消す。
本当に本当にこの4度目の人生は、どの過去とも違いすぎている。
そんなメイリン男爵令嬢は今日も絶好調だ。
「今日は良い天気ですね! あ、そうです。せっかくなら外でお昼ご飯を一緒にどうですか? 私、お昼に外でご飯を食べるの憧れていたんですよ!」
そう笑顔でレインヴァルト様に声をかけるメイリン男爵令嬢。
どうしてかその顔は、相変わらず断られるとは微塵も思っていなさそうな様子なので私は驚く。
(その自信満々な表情は、どうしてなのかしら……)
そんな事をぐるぐる考えていたら、レインヴァルト様が王子様モードの笑顔で口を開いた。
「うーん、申し訳ないけど、それは遠慮させてもらうよ。そんなに外で食事をしたいのなら私達ではなく友人とすればいいんじゃないかな。ーーーー行くぞ」
最後の言葉は小声で私に向けて言った。
メイリン男爵令嬢の話を一刀両断したレインヴァルト様はその場からさっさと離れて行こうとするので、私は慌てて追いかける。
「………………おかしいわ。どうしてなの?」
その場にポツンと残されたメイリン男爵令嬢が、小さくそう呟いた声が聞こえた気がした。
レインヴァルト様の歩く速度がいつもより早い。
これは機嫌の悪い証拠だ。
「レ、レインヴァルト……様……!」
「あ、あぁ……悪い。あの女のせいでイライラしていた」
私が息を切らして追いかけている事が分かったからなのか、レインヴァルト様はようやく歩く速度を緩めてくれた。
「あの女って、さすがにその言い方はよくありません」
「あんな女、呼び方なんてそれで充分だろ……それに俺は基本お前以外の女はどうでも良いと思ってるからな」
「え?」
私はその言葉にびっくりして顔を上げてレインヴァルト様を見つめてしまう。
ばっちり目が合ってしまった。
「何をそんなに驚いてんだ?」
「え、いえ? あの……」
だって、その言い方だとまるで……
いや、違う! 勘違いなどしてはいけない。
私はブンブンと首を横に振る。
それでも、油断すると頬が緩みそうになるのを必死で堪える。
まぁ、顔は赤くなっていると思うけれど、そこは仕方ないと思って欲しいわ。
「…………この反応。少しは意識して貰えてるのか?」
レインヴァルト様が小さく呟いた気がしたけれど、よく聞こえなかった。
「今、何か?」
「いや、何でもない。教室に行くぞ」
「は、はい」
そこから私達は教室に向かって並んでゆっくり歩き出した。
その後も、メイリン男爵令嬢はとどまることを知らなかった。
幾度となく私達の前に現れては、あの手この手でレインヴァルト様にお誘いをかけていく。
その度に、レインヴァルト様の機嫌は日々、急降下していくのだけどメイリン男爵令嬢はそれに気付いているのかいないのか。
持ち前の明るさで、全くめげる様子が無い。
そんなある日、メイリン男爵令嬢は不思議そうな顔をしながら、ある疑問を口にした。
「そう言えば、ずっと気になっていたんですけど、どうして殿下の側に側近のロイ・フェンディ様がいらっしゃらないんですか?」
「え?」
思わず言葉を返したのは私だ。
「ロイ様だけじゃありませんよ。ハリクス様もいらっしゃらないですよね? 何かあったのですか?」
ハリクスとは、ハリクス・ソンフォード。伯爵家の令息で騎士団長の息子だ。
ロイ様と同じく、今までの人生では殿下の側近候補として護衛も兼ねて傍にいた人物だった。
……そう言えば、彼も私の断罪の場に居たわね。
とても蔑んだ目で見られていた事を思い出す。
あの断罪の場で私を取り押さえていたのは彼だった。
だから、ロイ様に続いてあまり思い出したくない人物ではあったのだけど、まさかここで彼女の口からその名前が出るとは。
「……ロイ様もハリクス様も、レインヴァルト様の側近候補になっていませんよ、メイリン様」
「えぇ!? そんなはず……!!」
私の言葉にメイリン男爵令嬢は、心の底から驚いているようだった。
しかし、彼女は何故、この2人が側近として傍にいると思っていたのか。
確かにあの2人が側近候補として名前が上がっていたのは間違いないし、かつての人生ではそうだった。
だけど、今世のレインヴァルト様は側近候補を誰も置いていない。
メイリン男爵令嬢は、私の顔を知っていた理由を伝手があって情報に詳しいと言っていたけれど、やはりそれには違和感を覚える。
だって本当に彼女が、様々な事情や情報に詳しいのなら、むしろレインヴァルト様が誰も側近候補を置かなかった事こそ知っていただろうに。
(いったいどこからの情報なの……?)
「もういいかな? ヒューロニア男爵令嬢。君の戯言で私とフィオーラの時間を邪魔しないでくれないかい?」
レインヴァルト様が王子様モードのスマイルで追い払おうとしている。
そして、言葉にちょっと本音がダダ漏れてしまっているわ。
……戯言って、その顔で使う言葉ではないと思うの……
でも、そんな事は気にせず、更に怯まないのがこのメイリン男爵令嬢だ。
彼女は一瞬驚いた表情を見せた後すぐに元の顔に戻り、何かを思い出したかのような素振りで口を開いた。
「どうしてレインヴァルト殿下はそんなにフィオーラ様の事を大切に扱われるのですか?」
「……? 婚約者だからね。大切に扱うのは当然だろう?」
あぁ、レインヴァルト様の目が『何言ってんだこいつ』って目をしている……。
お願いですから、それは口にしないで下さいね?
と、内心ハラハラして見守っていたら、メイリン男爵令嬢は私にとって聞きたくもない発言を繰り出した。
「ですが、フィオーラ様と殿下は、愛情なんてない政略結婚のための婚約者同士ではありませんか!!」
「!!」
こんなに不快な言葉は無いと思う。
言われなくても、私自身が一番分かっているのに。
それに、“今”では無いとはいえ、かつてレインヴァルト様の心を手に入れた事のあるメイリン男爵令嬢に言われるなんて……!
私の足元がクラリと歪んだ気がした。
もはや、立っているだけで精一杯。
そんな私を横からレインヴァルト様が腰に手を回し支えてくれた。
「ヒューロニア男爵令嬢。私とフィオーラの婚約が政略的なものだろうと愛情によるものだろうと君には一切全く関係の無い事だろう。口出しは控えて貰おうか」
「なっ!!」
さすがのメイリン男爵令嬢も、レインヴァルト様が怒っている事は伝わったらしい。
「で、ですが! 殿下には……私と………………っ!」
まだ何か言いたそうだったけれど、レインヴァルト様にジロリと睨まれメイリン男爵令嬢もそれ以上の言葉は謹んだようだ。
悔しそうな顔で唇を噛んでいる。
「フィオーラ、歩けるかい?」
「…………」
私の足はまだ震えている。私は無言で首を横に振る。
今はレインヴァルト様に支えられて立っているのもやっと、という感じだ。
思い出したくなかった人物や、レインヴァルト様との関係を指摘されて私は少し参ってしまったらしい。
「……無理そうか。なら、失礼するよ」
そう言って、レインヴァルト様は私の膝裏に腕を回し私を持ち上げた。
「!?」
横抱き……いわゆるお姫様抱っこの格好だ。
私は理解が追いつかず呆然としていて、レインヴァルト様のなすがままだった。
「フィオーラ、君を絶対に落とす事は無いけれど危ないから、私の首に手を回して」
レインヴァルト様が優しい王子様モードの声で言う。
私は何が何だか分からないまま無言でコクコクと首を縦に振り、レインヴァルト様の首に手を回した。
「良い子だ」
チュッ
そう言って私の額にキスを落とした。
「!?」
私が突然の事に声も出せず驚いていると、野次馬で集まっていた人達もきゃーーーー! と悲鳴をあげていた。
恥ずかしさと照れくささとで、顔を真っ赤にして顔を俯ける私の視界に入ったのは、
唖然とも呆然ともしながら、私に対して憎しみのような怒りのような目を向けるメイリン男爵令嬢の姿だった。
34
お気に入りに追加
4,073
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢の妹ですが幸せは来るのでしょうか?
まるねこ
恋愛
第二王子と結婚予定だった姉がどうやら婚約破棄された。姉の代わりに侯爵家を継ぐため勉強してきたトレニア。姉は良い縁談が望めないとトレニアの婚約者を強請った。婚約者も姉を想っていた…の?
なろう小説、カクヨムにも投稿中。
Copyright©︎2021-まるねこ
【完結】伯爵令嬢の格差婚約のお相手は、王太子殿下でした ~王太子と伯爵令嬢の、とある格差婚約の裏事情~
瀬里
恋愛
【HOTランキング7位ありがとうございます!】
ここ最近、ティント王国では「婚約破棄」前提の「格差婚約」が流行っている。
爵位に差がある家同士で結ばれ、正式な婚約者が決まるまでの期間、仮の婚約者を立てるという格差婚約は、破棄された令嬢には明るくない未来をもたらしていた。
伯爵令嬢であるサリアは、高すぎず低すぎない爵位と、背後で睨みをきかせる公爵家の伯父や優しい父に守られそんな風潮と自分とは縁がないものだと思っていた。
まさか、我が家に格差婚約を申し渡せるたった一つの家門――「王家」が婚約を申し込んでくるなど、思いもしなかったのだ。
婚約破棄された令嬢の未来は明るくはないが、この格差婚約で、サリアは、絶望よりもむしろ期待に胸を膨らませることとなる。なぜなら婚約破棄後であれば、許されるかもしれないのだ。
――「結婚をしない」という選択肢が。
格差婚約において一番大切なことは、周りには格差婚約だと悟らせない事。
努力家で優しい王太子殿下のために、二年後の婚約破棄を見据えて「お互いを想い合う婚約者」のお役目をはたすべく努力をするサリアだが、現実はそう甘くなくて――。
他のサイトでも公開してます。全12話です。
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
孤独な王女は隣国の王子と幸せになります
Karamimi
恋愛
魔力大国でもあるマレッティア王国の第7王女、カトリーナは母親の身分が低いという理由から、ずっと冷遇されてきた。孤独の中必死に生きるカトリーナだったが、ある日婚約者と異母姉に嵌められ、犯罪者にさせられてしまう。
絶望の中地下牢で過ごすカトリーナに、父親でもある国王はある判決を下す。それは魔力欠乏症で苦しんでいる大国、クレッサ王国の第二王子、ハリー殿下の魔力提供者になる事だった。
ハリー殿下は非常に魔力量が多く、魔力の提供は命に関わるとの事。実際何人もの人間が、既に命を落としているとの事だった。
唯一信じていた婚約者にも裏切られ、誰からも必要とされない自分が、誰かの役に立てるかもしれない。それが自分の命を落とす事になったとしても…
そう思ったカトリーナは、話しを聞かされた翌日。早速クレッサ王国に向かう事になったのだった。
誰からも必要とされていないと思い込んでいた孤独な王女、カトリーナと、自分が生きている事で他の人の命を奪ってしまう事に苦しみ、生きる事を諦めかけていた王子との恋の話しです。
全35話、8万文字程度のお話です。
既に書き上げております。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
【完結】婚約破棄された公爵令嬢、やることもないので趣味に没頭した結果
バレシエ
恋愛
サンカレア公爵令嬢オリビア・サンカレアは、恋愛小説が好きなごく普通の公爵令嬢である。
そんな彼女は学院の卒業パーティーを友人のリリアナと楽しんでいた。
そこに遅れて登場したのが彼女の婚約者で、王国の第一王子レオンハルト・フォン・グランベルである。
彼のそばにはあろうことか、婚約者のオリビアを差し置いて、王子とイチャイチャする少女がいるではないか!
「今日こそはガツンといってやりますわ!」と、心強いお供を引き連れ王子を詰めるオリビア。
やりこまれてしまいそうになりながらも、優秀な援護射撃を受け、王子をたしなめることに成功したかと思ったのもつかの間、王子は起死回生の一手を打つ!
「オリビア、お前との婚約は今日限りだ! 今、この時をもって婚約を破棄させてもらう!」
「なぁッ!! なんですってぇー!!!」
あまりの出来事に昏倒するオリビア!
この事件は王国に大きな波紋を起こすことになるが、徐々に日常が回復するにつれて、オリビアは手持ち無沙汰を感じるようになる。
学園も卒業し、王妃教育も無くなってしまって、やることがなくなってしまったのだ。
そこで唯一の趣味である恋愛小説を読んで時間を潰そうとするが、なにか物足りない。
そして、ふと思いついてしまうのである。
「そうだ! わたくしも小説を書いてみようかしら!」
ここに謎の恋愛小説家オリビア~ンが爆誕した。
彼女の作品は王国全土で人気を博し、次第にオリビアを捨てた王子たちを苦しめていくのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる