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11. 殿下が居てくれて良かった

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「……それで、俺の所に来たのか?」

  私は今、お妃教育の勉強を終えた後、殿下の執務室を訪ねた。
  いつもは殿下の顔を見ることも無く真っ直ぐ帰るのだけれど、どうしてもクリムド伯爵に会いたいので、殿下に頼る事しか思い浮かばず、こうしてお願いをしている所だ。

「チッ、珍しく顔を見せたと思えば……」

  私と向き合う形でソファに座る殿下は長い足を組み替えながら、ふぅとため息をついて何やら小さく呟いていた。
  ……えっと。よく聞こえなかったけれど、舌打ちしたのは分かった。
  どうしましょう。き、機嫌悪いのかしら……?  それでも私は引き下がれない。

「どうしても、王宮の薬師であるクリムド伯爵にお会いして話をしたいのです!  殿下に口添えをしていただけないでしょうか?」
「今、彼らは忙しい」
「分かっています!  仕事の邪魔をする気もありません!」

  感染者が出始めて1週間とアシュラン様は言っていた。
  病に対しての情報もまだ錯綜としているに違いない。
  そんな時にのこのこ訪ねようとしている私が、いかに邪魔者かなんて自分自身がよく分かっている。
  それでも……私は話を聞きに行きたい。


「仕方ねぇな…………俺も行く」
「え?」

  私の熱意に負けて殿下が渋々認めてくれたと思いきや、何故かついてくる発言に私は吃驚してしまう。

「何で驚くんだよ?  俺だって病について調べてる。知りたいに決まってんだろ?」
「あ……そうです、よね」

  確かに図書室で病について調べていた。
  殿下自身もずっと気になっていたのかもしれない。

  それに、レインヴァルト殿下の婚約者という肩書きがある私だけれど、社交界デビューがまだ済んでいない事から、私はあまり顔を知られていない。
  だから、殿下がついて来てくれた方が行動しやすい事は間違いない。

  ……今世で初めて殿下の婚約者で良かったと思った瞬間だった。



****



「レインヴァルト殿下!?  それに、そちらの令嬢は……?」

  薬師室長が突然やって来た殿下と私を見て驚いている。
  入口のここから見える範囲にも、物や紙が散乱している事から、相当てんやわんやしている事が窺えた。申し訳ない気持ちもあるけれど、どうしても譲れない。

「突然ですまない。こちらは私の婚約者であるフィオーラ・オックスタード侯爵令嬢だ。私も婚約者も今、薬師室で対処している病の件で話を聞かせてもらいたくてやって来た。業務に影響のない範囲で話が出来たらと思うのだが、可能だろうか?」
「オックスタード侯爵の娘、フィオーラと申します」

  殿下に紹介されて私は頭を下げる。
  だけど、久しぶりに聞く殿下の王子様モード口調にゾワゾワするのは何故かしら……。
  私もあの雑な口振りに、随分と慣れてしまったようね。

「ダンジェール王国のあの病ですか?  それなら、クリムドが率先して研究している筈ですが……」
「そのクリムド伯爵とはお話出来ますか?」

  私は無理を承知でそうお願いをしてみた。
  そんな私の様子に、怪訝そうにしながらも室長はクリムド伯爵を呼び出してくれた。


「レインヴァルト殿下に、えっと、そちらは殿下の婚約者のオックスタード侯爵令嬢……でしたか?  2人揃って病について知りたいとはいったい……?」

  呼ばれてやって来たクリムド伯爵は、薬師室長から軽く話を伺ったのか、挨拶もそこそこにどういう事なのかと訊ねて来た。

「突然、申し訳ございません。アシュラン様からクリムド伯爵がダンジェール王国で起きている流行病について研究していると聞き、訪ねさせていただきました」

  私がそう口を開くとクリムド伯爵はさらに目を丸くした。

「アシュランから?」
「……偶然、クリムド伯爵が書かれた論文を拾いました」
「論文?  …………あぁ!  あれか!」

  クリムド伯爵はようやく合点がいったという顔をしたのだけれど、何故、私(達)が病について調べているのかは疑問に思うらしく、そこはやはり聞かれる事となった。

「だけど、どうして2人はそんな事が知りたいのですかな?」

  私は目を伏せながら答える。

「……来るべき時……の為です」

  私のその言葉に、クリムド伯爵の目がすっと細められた。

「…………オックスタード侯爵令嬢。君は今、ダンジェール王国で猛威を奮っている病がいずれ我が国にもやって来ると思っている、ということかな」
「はい」

  正直に言えば、この国までやって来るかは分からないし、知らない。
  そうなる前に前回の私は命を落としてしまったから。
  それでも、確実に隣国までは来ていたのだから、最早この国に来るのも時間の問題だったとは思う。

「私もね、同意見だ。だから今のうちに出来る研究をしておきたい」
「分かります」

  私がそう答えると伯爵は小さく頷きながらも困った顔をした。

「しかし、だ。情報が少なすぎる。我が国とダンジェール王国が離れているせいもあり、病の具体的な症状などが分からないのだよ。アシュランが持っていた論文は推測に基づいて書いたもの。正確ではないんだ」
「…………」
「だから今、これと言って話が出来るような事はー……」

  伯爵が言いかけた言葉を遮るように私は口を開いた。

「あの病は……初めに、高熱が出るんです。同時に、咳や鼻水、嘔吐や身体の倦怠感などもありますが、とにかく熱が高くでる事が特徴です」
「……?  オックスタード侯爵令嬢?」

  クリムド伯爵は突然語りだした私に対して怪訝そうな表情を見せるが、私はそのまま続ける。
  
「ですが、通常の熱冷ましが効きません。そして流行病の最大の特徴は、発症し重症化すると、皮膚のどこかに青痣が出来ます。この青痣が身体に出来る頃には……特効薬のない現在の医学ではほぼ助からないと思った方が良いでしょう」
「………………!?  何故、君が……そんな事を知って……」

  クリムド伯爵の顔には驚愕といった表情が浮かんでいる。

「私の申し上げた症状が正しいかは、ダンジェール王国からの情報を待って貰えたら良いかと思います。発生から約1週間……青痣が出来始めた方も現れている事でしょうから。ですが、クリムド伯爵にはどうか……この病の特効薬を作って頂きたいのです」

  私はそう言って頭を下げた。

「高熱が続く事で脱水症状を起こし亡くなる方も少なくありません。症例が少ない今は青痣の事も見逃されてしまいます。ですから、どうか早いうちに……お願い致します」

  私は更に頭を下げる。
  伯爵からすれば、この小娘は何を言っているのだ?  といった所だろう。
  信じて貰えないかもしれない。
  それでも、研究を少しでも早く進めて貰いたいのだ。

「……いや、しかし……」

  伯爵は、複雑な顔をしている。
  私の言った事を信じたい気持ちもあるが、信じきれないと言った様子だ。
  あと一押し!
  その一押しさえあれば!


  そう思った時、最初の挨拶以外はずっと沈黙を貫き、私の横に立っているだけだった殿下が口を開いた。


「クリムド伯爵、私からも頼もう。フィオーラは決して嘘の情報は言っていない。全て本当の事だ」
「……殿下!?」

  ずっと黙り込んでいた殿下が突然口を開いたものだから、私は吃驚して思わず下げていた頭を思いっ切り上げて殿下を凝視してしまった。
  しかし、吃驚したのはどうやらクリムド伯爵も同じだったようで。

「で、殿下がそこまで言うのでしたら……分かりました。オックスタード侯爵令嬢の情報を元に研究開発を進めましょう。オックスタード侯爵令嬢、ご協力いただけますか?」
「……っ!  勿論です!!」

  これは大きな前進だ。
  王宮の薬師達が全力で取り組んでくれればきっと……特効薬だって作れる!

  私は協力を惜しまない事を約束し、薬師室を後にしたのだった。



****



「………………」

「………………」

  無言で王宮の廊下を歩く殿下と私。

「で、で、殿下……」
「何だ?」

  私はこの沈黙を破るべく、殿下に声をかけた。

「ありがとうございました!」
「俺はお前に礼を言われるような事をしたつもりはないぞ?」

  殿下はそう言うけども、そんな事は無い。
  あの時、私はあと一押しが欲しかった。そこに殿下が口添えしてくれたから、伯爵は前向きに取り組んでくれる話へとなったのだ。
  私は首を横に振りながら、続ける。

「いいえ、殿下のおかげです。おかしな事を言っていると思われても仕方の無い私の発言を……信じてくださいました」
「……お前が、図書室に通い詰めてどれだけ勉強してきたか知ってるからな。それに……」
「それに?」

  私は首を傾げながら殿下の言葉の続きを待つ。

「お前は嘘をつかないだろう?」
「……っ!!」

  殿下は今まで見せたことの無いとてもいい笑顔でそう言った。
  その笑顔は……ずるいと思う。
  何でこの方は、そんな言葉をその笑顔にのせて言ったのだろうか。
  ……ずるい。ずるすぎる!

  こんな笑顔を見せられたら、捨てたはずの恋心が再び開きそうになるじゃないのーーーー……

  そんな事を一瞬考えてしまい、私はダメよ……と、自分に言い聞かせながら慌てて首をブンブンと横に振る。

「フィオーラ?  どうした?」

  黙り込み、更にはいきなり首を横に振りだした私を不思議に思ったのか、殿下が下から覗き込んでくる。

「……ふひっ!」

  覗きこまれた事と、距離の近さに驚いて、思わず変な声が出てしまう。
  そんな様子の私を見て殿下が、一瞬きょとんとした顔をしたと思ったら盛大に笑いだした。

「ふはっはははっ!  ふひって!  おま……何だよそれ!  はははっ」

  殿下がお腹を抱えて笑っている。
  この方がこんな風に笑うのは過去全てで初めて見た。

「わ、わ、笑いすぎです!!!!」

  私も真っ赤な顔で抗議するも、殿下の笑いは止まらない。

「ははっ!  いや、無理!  お前がおかしすぎて、止まらねぇ!」
「~~~!!」

  殿下の笑いが治まるまで、私達は王宮の廊下でずっとそんな攻防を繰り広げていたのだった。
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