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4. これが殿下の本性らしい
しおりを挟む(──え?)
一瞬、 誰が口を開いたのかと思った。
だけど、私の前にいるのはレインヴァルト殿下、ただ1人。
状況が理解出来ずポカンとしている私に、殿下は更に言葉を続けた。
……先程と同じ様な口調で。
「運命の相手? そんなもん知らねぇよ。俺は俺の意思で結婚する相手は決める」
「!?」
…………間違いなく殿下の口から発せられている言葉だった。
(え? え? この方は間違いなくレインヴァルト殿下よね……!?)
偽物を疑いたくなるくらいな私の動揺など気にする様子もなく殿下は続ける。
「そういうわけで、俺とお前の婚約は解消しない」
「はい?」
何がそういうわけなのか全く分からず、思わず首を傾げてしまった。
そんな私の様子を見て再度、
『お前はバカか?』
と言っているような目を向けられた。
「っっ!」
何で私がそんな目をされなくちゃいけないの!
そう思ったけれど、どうしてもこれだけは聞かずにいられない。
「で、殿下……! そ、それよりも、その……」
私は殿下の口調とこの態度が気になって仕方なかった。
あまりの衝撃に婚約解消を願っていたことなど、いつの間にやらすっかりとどこかに吹き飛んでいた。
「あ? ……ああ、そうか。俺の口調と態度に驚いているのか」
殿下はあっさりとそう口にした。
「えっ、あ……いえ、はい……」
「どっちだよ」
うまく答えられず、しどろもどろになっていたら突っ込みを入れられてしまう。
えぇい!
もうここは躊躇っている場合じゃないわ!
私はキッパリと告げる。
「───はい。驚いています!」
「……」
私の言葉を受けて、殿下はちょっと不貞腐れたような顔をしながらも答えてくれた。
「……いつも、あんな誰にでもニコニコしながら丁寧に接してるのが、“素”なわけないだろ。どこの聖人君子だっての。あんなの息が詰まって仕方ねぇよ」
「そ、そうでしたか……」
つまり?
今までの人生も含めて、私が見てきた殿下は、敢えて“王子様”として振舞っていた殿下であり、本来の性格は今、目の前の殿下という事らしい……
「……こんな奴でガッカリしたか?」
殿下が少しどこかバツが悪そうな表情をしながら聞いてきた。
どこか気まずそうだ。
「……いいえ。驚きはしましたが、息が詰まると言うのはその、私も分かる気が致しますし……」
深く考える事もなく私は自然とそう答えていた。
そもそも今の私からすればこんなことでガッカリも何もすでに……
(あなたへの想いは枯れていますから!)
けれど、こうなって改めて思わされる。
私は殿下のこと、何も分かっていなかったのね、と。
「……」
最初の人生ではあんなに好きだと思っていたのに。
最初の人生で婚約者として過ごした6年。
何故か過去に戻り過ごしたあの2度の1年間……
過去に戻った時は逃げ回っていたけれど、合計8年間も殿下の近くにいたのに。
(……私は、ずっと彼の何を見ていたのかしら)
胸がチクっと痛む。
「……そうか。王族らしくない、と注意はしないんだな」
「え?」
どこか少し不安そうな口振りの殿下の質問に私は首を傾げながら答える。
「常に誰といてもどんな時もその口調と態度でしたら、さすがに困ってしまいますが……」
「が?」
「殿下はちゃんと使い分けるべき所を心得ていらっしゃるではありませんか。なのに何故、注意が必要なのです?」
「!」
私の言葉に殿下は目を丸くして驚いた様子を少し見せた。
そして、とても小さな声で、再び「そうか……」と呟いた。
それはどこか安心したような声と表情だった。
「……」
「……」
そして何故か、私たちはそのままお互い沈黙してしまった。
「あ、あの殿下。私、そろそろ失礼致しますわ。明日からの学園の準備もありますし」
……この空気無理だわ!
そう思った私は、この妙な空気に耐えられず自らそう口にした。
今日はもう撤退した方が良さそう。
「あ? あぁ……そうか。急に呼び出して悪かったな」
「いえ、私の方こそ…………失礼致します」
こうして私は静かに執務室を出た。
****
結局、何が何だかよく分からず、さらに目的だった婚約解消にも同意をもらえないまま屋敷に戻って来てしまった。
と、言うよりも驚きの方が大きくて、それどころじゃなくなってしまった。
「うぅ……私、何やってるのかしら……」
部屋で1人反省し、これからの事を考える。
殿下は婚約解消をしてくれなかった。
このままではまた同じ事を繰り返してしまうだけだ。
だったら、何の為に3年も巻き戻ったのか。
「……やっぱり、未来は変えられないのかな?」
でも、前回の人生は処刑されなかった。
結果として命を落とした事は変わらなかったけれど、確かに変化はあった。
だから、きっと!
今世だって違う未来がある……!
過去2回、散々期待を抱いては砕かれたのに、私はやっぱり生きることを諦められないらしい。
「それにしても……本当に驚いたわ」
もちろん殿下のこと。
まさか、あんな素の顔を持っていたなんて。
レインヴァルト殿下と会うのは怖かった。
けれど、私の記憶から3年前にあたる15歳の殿下は、あの婚約破棄を告げる殿下とは当然だけど違っていて、更にあの口調と態度……何だか全てが拍子抜けしてしまった。
(──まさか、多少困惑はしたものの、4度目はこんな穏やかな気持ちで殿下と向き合えるとは思わなかったわ)
「不思議なものね……」
始まったばかりの4度目の人生は、すでに過去と違う事が起きている。
本当に何でだろう。
そこまで考えた時、ふと突然思い出した。
「そうだわ! 病!」
前回の人生で私は治療法の無い病で命を落とした。
「病について調べてみてもいいかもしれない……!」
私は医学の心得があるわけではない。
けれど、調べる事くらいなら出来るかもしれない。
自分の命の問題だけでなく、あの病では多くの人が命を落としていたのだから。
今後の役に立つことも何か見つかるかもしれない!
「あぁ、もう! どうせなら学業の時間を、病を調べる時間に使えればいいのに」
学業に関しては言わずもがな、私は最初の人生では努力に努力を重ね優秀な成績を収めてきた。
3年生の1年間に至っては更に2度も繰り返した。
もう十分すぎるくらい勉強したと思う。
と言うか、正直もうお腹いっぱいだわ。
「……最低限の授業だけ出席すれば……きっと大丈夫、よね……?」
入学したら、さっそく可能かどうか調べてみなくちゃ!
そう密かに決意した。
どうして、今回の人生は1年ではなく3年も巻き戻っているのかは分からない。
たとえ待ち受ける結末が変わらなかったとしても、私はやっぱり最後まで足掻きたい。
繰り返された過去のせいで、私の心はあんなに冷え切っていたはずなのに、こうして再び期待と希望を抱くようになっていた。
そう思ったのは、この4度目の人生がすでに色々違っていたから。
──そして更なる衝撃が翌朝、私を襲うのだった。
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