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21. 次は王子です
しおりを挟む悲鳴とともに、その場に尻もちをついたアンディ王子は完全に腰が抜けているようでした。
ですが、だからと言って許す殿下ではありません。
「リリー」
「は、はい?」
私を抱き上げている殿下の腕に力が込められます。
(ドキドキしますわ……)
密着度が高すぎて意識する度にドキドキが止まりません。
「僕が君の元に転移する前、アンディ殿下に何を言われた?」
「え?」
「アンディ殿下はリリーに触れようとしただろう? と、いうことはその前に何か会話があっただろうと思ってね」
そう言われて、私はイライアス殿下が移動して飛んでくる前の会話を思い出します。
そして、怯えた目でこちらを見ているアンディ王子に視線を向けました。
アンディ王子は口をパクパクさせて何かを訴えようとしていました。
(余計なことは言わないでくれ? ご冗談を! ……言いたいことがあるなら口で言うべきですわ!)
「───そうですわね。アンディ王子殿下は、ものすごい……嘘つきでした」
《……!》
「嘘つき?」
「ええ、その時の私は力の制御を解いておりましたので、瞳の色が金色に変わっていたのですが……綺麗ですとか美しいですねとか口にしながら、心の中では気味が悪く思える、と」
「……へぇ」
殿下の相槌を打つ声がものすごく低くなりました。
これは冷気、再び! ですわ。
《さ、寒っ……リリーベル嬢! どうして私が嘘つきだと……》
「──アンディ殿下、あなたは私の持つ“真実の瞳”の力のことあまりよく分かっていらっしゃらなかったようですわね?」
《そ、それは……》
「あなたは口にしていたことと心の中で思っていることが全然違いましたわ」
《…………!》
あら? アンディ王子は愕然とした表情のまま、滝のような汗をダラダラ流しておりますわ。
魔術の概念がない国ですからピンと来ていなかったのかもしれません。
「唯一、本当のことを口にしていたのは“私とお近付きになりたい”だけでしたわ」
「へぇ……リリーとお近付き……ね」
またしても周りの空気の温度が下がります。
殿下はにこっと笑顔を見せてはいますが、目の奥は全く笑っていませんわ。
「──それから、アリーリャ王女が殿下を誘惑している頃だからと言って、どうせ自分も私と婚約するのだから味見を……そう言って手を伸ばして来たのです」
「……味見」
「そのタイミングで殿下が移動して来てくれました」
私がそう説明すると、殿下はホッとした様子を見せました。
そして、すぐにアンディ王子を睨みつけます。
「なるほど……下着姿で僕に迫って来た王女といい……あなたも随分と強引な手段に出たようだ」
《────うぅっ! 違っ……あ、あれは!》
アンディ王子が怯えながら首を横に振りますが、だからと言って追求の手を緩める殿下ではありません。
「実際、トラヴィスのかけた魔術は発動したわけだし」
《……あ、う……》
「そうまでしてリリーが……いや、リリーの力が欲しかったようだな」
《……》
よくよく考えれば……ですが。
この力に目覚めてから、両親はあんな態度になりましたし、怯える方も中にはいらっしゃいますが、イライアス殿下も国王陛下も私のこの目を何かに利用しようという考えは全く持っていないようですわ……
今更ですが、この二人の対応の方が珍しかったのかもしれません。
「リリー? どうした?」
「え?」
「可愛い顔をさらに可愛いしかめっ面にして何かを考えている」
「……」
その言葉に思わずクスリと笑ってしまいます。
「リリー?」
「ふふ、いえ……」
この胸の奥から湧き上がってくる気持ちが上手く説明出来そうになかったので、私は笑って誤魔化します。
「う! ……また、君は無意識にそういう顔を……するんだから」
「そういう顔、ですか?」
「うん───……とってもとっても可愛い僕の大好きな顔だ」
「!」
その言葉と笑顔に私の胸がドクンッと鳴りました。
「……さて、リリーの可愛い顔をもっとたくさん見たいから、さっさと追及を終わらせてしまおうかな」
《な、なんだ? まだある……のか!?》
「ああ、一応聞いておこうかと思って」
《……いち、おう?》
怯えるアンディ王子に殿下は黒い笑顔で訊ねました。
「今、あそこで灰のように真っ白に燃え尽きている公爵の件だ」
《……ぐっ!》
「いったい君たち……いや、君が彼にどんなポストを与えるつもりだったのかはきちんと聞いておかないとね」
《……》
アンディ王子は無言でそっと目を逸らします。
こういう所も王女とそっくりですわ!
「この国にいるよりも、重要なポストで迎えられると思っていたようだが?」
《……そ、れは》
言い淀むアンディ王子。
その態度と表情だけでもうあの人が思っていた待遇とは違うことが分かります。
私はチラッとお父様だった人を見ました。
(こちらの話、聞こえてなさそうですわね)
パンパンに腫れて面白いことになっている顔面と痛みに苦しんでいる様子のあの人は、今はそれどころではなさそうです。
「公爵にはうまいこと言っておいて誤魔化しつつ、周囲の人間を説得しようとしたがさすがにそこまでは……と反対されていた、という所かな」
《……っ》
「ついでに、リリーをそちらの国に連れていくことが前提の話だった、で間違いないか?」
《……》
まだ、少し躊躇っているようでしたがアンディ王子は静かに頷きました。
「そうか。では君たちには公爵をそのまま連れて帰国してもらおう」
《……え!?》
「娘を傷つけた挙句、見放したくせに利用しようとして、夫人を置いてそのまま愛人と逃亡するような計画を立てる男など我が国にはいらない」
《そ、そんな……! いや待ってくれ、私は愛人の件は聞いていない……! 妻と来ると聞いていただけなんだ!》
(やっぱり、どこまでもあの人は最低ですわ……!)
だからと言ってお母様……だった人への同情の気持ちも一切湧きませんけれど。
「ははは! それはきちんと確認しなかったそちらの落ち度だろう? 被害者のような顔をしていないで約束は守ってもらわないと」
《あ、あんな顔の……しかも、む、無能そうな男だけを連れて帰ったりしたら、わ、私は……父上や他の者に何を言われるか……!》
「……それこそ、自業自得だろう?」
殿下はアリーリャ王女の時と同じく、こちらが知ったことか! と返していました。
「───さて、これで聞きたいことは聞けたし、もう君たちとあそこの男に用はないかな」
《ああ……怒られる……》
《……わたくしの結婚》
「ぐっ……痛みぐあぁぁ!!!!」
項垂れるアンディ王子、放心状態のアリーリャ王女、痛みで苦悶の表情を浮かべる公爵……
そして、まるでこの世の終わりのようにガクッと膝を着くカリーナ様の父親の侯爵。
「カリーナ……な、なんてことをしたんだ…………せっかくいい縁談の話が来ていた……のに。もう終わりだ……」
これらの断罪のほとんどを婚約者を抱き抱えながら行ったイライアス殿下───
何だか私も含めてすごい目で見られていますわ。
しかし、そんな視線を全く気にする様子もなく殿下がポソッと呟きました。
「……彼らには苦情とともに即帰国してもらうとして……残りは…………公爵夫人は勝手に自滅するだろうけど───あとは侯爵令嬢の始末か」
(今度は、し、始末……!)
どうやら、殿下は決して手を緩めず徹底的にやる気のようでした。
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