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34. 望まれて嫁いだはずの妻の幸せ
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「……マ、マーゴット……そそそそその、き、記憶……は」
「……」
ナイジェル様の動揺っぷりが凄いわ。
だけど、私にはあなたのそんな姿も愛しく思える。
「──全部、思い出しました。ありがとうございます」
「そそそ、そうか!」
動揺していたナイジェル様の腕が私の背中に回されて、優しく抱きしめ返される。
まるで大事な大事な宝物のように。
その温もりに安心して私は身を委ねた。
「き、聞き間違い……ではないんだよな?」
「え?」
何が? と思って私が聞き返すと、少しぶっきらぼうな声が返ってきた。
「今の、す、す、すす、好きだっ……言ってくれたやつ、だ!」
「……ふふ」
その言い方が可愛くて思わず笑がこぼれる。
「……な、なんで笑う!?」
「それ、は……」
さすがに“可愛い”はプライドが傷付くかしら?
…………ま、いっか。
だって可愛いと思ったのは事実だもの。嘘はつきたくない。
「あなたが───旦那様が可愛くて」
「───だっ!!」
私がそう口にしたらナイジェル様の顔がボンッと真っ赤になった。
「だ、旦那様……」
「旦那様でしょう?」
だって、離縁していないもの。
「そ、れはそうなのだ、が!」
「が?」
「…………言葉の破壊力……がすごい」
「ま!」
ポソッとそう口にしたナイジェル様の姿に私の胸はときめいた。
やがて何度か深呼吸を繰り返し心を落ち着けたナイジェル様がじっと私の目を見つめる。
「どうしました?」
「いや……君はとんでもない人だな、と思っただけだ」
「…………そんな私でも好きですか?」
「っ!」
私の質問にナイジェル様の顔はさらに赤くなる。
反応が面白くてなんだか癖になりそうだった。
「ああ! ───好きだ、大好きだ! ───愛しい」
その言葉が嬉しくて私は笑った。
「……マーゴット」
「はい?」
少し熱っぽい声で名前を呼ばれたと思ったら、ナイジェル様の美しい顔が私のすぐ目の前にあった。
(あ……)
私がそっと目を瞑ると、程なくして柔らかいものがチュッと私の唇に触れる。
それは、夫婦となって一年。
初めてのキスだった───
「ん……」
(幸せ……甘くて甘くて甘くてとろけそう……)
ナイジェル様とのキスの甘さに脳内がデロデロにとろけ始めた私。
だけど、そこでハッと気付く。
デロデロになってる場合じゃない。私はまだ、肝心なことを確かめていないわ!
「あ、の……ナ、イジェル様…………んっ」
聞きたいのに甘いキスに阻まれて言葉が出せない……!
でもダメ。負けている場合ではない!
「……マーゴット?」
「……」
唇を離してくれたナイジェル様が不思議そうに私の名前を呼ぶ。
そして、赤かったはずの顔を今度は一気に青くした。
「す、すまない! マーゴットの気持ちを無視して俺は何度も……マーゴットの唇が柔らかくて甘くて幸せだと思ったら……そ、その歯止めが……!」
「そ、そうではなくて! ナイジェル様の魔力……あなたの魔力はどうなったのですか?」
「え……」
「それに! ナイジェル様の方こそ、身体がお辛いとか、どこか痛いとかありませんか?」
ナイジェル様が苦しむのはもう見たくない。
「マーゴット……」
私の勢いに圧倒されていたナイジェル様がフッと笑った。
そして、もう一度顔を近づけて私にチュッとキスをする。
「なっにを!?」
「───こういうことが出来るくらい元気だよ」
「あ……」
チュッ……
「そして、魔力は……」
チュッ、チュッ……
「~~もう! ナイジェル様! チュッチュッばかりしていないで早く教えてください!」
「はは、すまない」
ナイジェル様が苦笑する。
絶対わざとだわ。
私がそう思っていると、ナイジェル様が再び顔を近づけて来て、キス──ではなくコツンと私たち額同士が当たる。
「───言っただろう?」
「……え」
「“俺を信じて”と」
その言葉に私の目が大きく見開く。
ナイジェル様は優しく笑った。
「俺の力は思っていたより強かったらしい」
「……」
「きっと、この残された力でマーゴットのことをしっかり護るようにってことだと思っている」
やっぱり守るのは国じゃなくて私なんだ……
そう思うといけないと分かっているのに思わず頬が緩んでしまう。
「──大丈夫だ。マーゴットを守るのだから、すなわちマーゴットのいる所も必然的に守ることになる。問題ない」
「!」
ナイジェル様は、まるで私の心の中を読んだかのようにそう言った。
私が嬉しくて微笑んでいると、今度はナイジェル様の方が何か言いたそうな素振りを見せる。
「ナイジェル様?」
「俺も……俺からもマーゴットに言わないといけないことが……」
その言葉でピンッと来た。
「呪いが解けたら一番にしたかったこと、ですか?」
「───ああ。ちょっともう呪いが解けてから時間は経っているけれど」
そう言ってナイジェル様は私から身体を離すとその場に跪いた。
そして、私の手を取り、手の甲にキスを落とす。
そして顔を上げてしっかり私の目を見つめて口を開く。
「───マーゴット・プラウス伯爵令嬢」
「……はい」
こう呼ばれるのもなんだか懐かしいな、と思う。
「──俺と結婚して妻になってください」
「ふふ」
駄目だった。耐え切れず笑いがこぼれてしまう。
ナイジェル様もじとっとした目で私のことを見た。
私は微笑みながらナイジェル様の手を握り返す。
「……マーゴット」
「ふふ、失礼しました。喜んで! ですが、本当に私でよろしいのですか?」
「……」
ナイジェル様は少し間を置くと、大きく息を吸って吐いた。
「───君がいい」
「……」
「君じゃなきゃダメなんだ」
「……」
「き、君……」
「あー、わ、分かりましたから!!」
君~が延々と続きそうだったので慌てて止めた。
そう。ナイジェル様がしたしたかったことは“求婚のやり直し”
(私はその相手をマーゴ嬢だと見事に勘違いしたわけだけど)
でも、今は違う。ちゃんと分かっている。
「……分かっています、から……ね?」
「……」
私がそう言うとナイジェル様は無言でコクリと頷いた。
その素直な仕草が可愛くて胸がキュンとした。
「……ありがとうございます、ナイジェル様」
「え?」
「……」
───間違えてくれて。
聞く人によっては、あなたのことを最低と言うかもしれないけれど。
私にとっては遠くから見ていただけのあなたと近付けるきっかけとなり、私の力であなたの命を助けることが出来たから。
(──幸せなの)
そんな私の気持ちが伝わるようにと願って、ナイジェル様を抱きしめた。
────それから。
フィルポット公爵家に戻った私は……
「……え!? プラウズ伯爵家の方が改名するんですか!?」
「うん、まぁね」
あんなに頑なに改名を拒否し続けていたのに!?
「それに、マーゴ嬢も突然結婚して遠くに行っているし……え、しかも相手のこの方って……」
社交界でもとりわけ評判の悪い方だったような──……
「……何でも相手の男は何年も何年も一度も間違えることなく彼女に求婚を続けていたそうだから、その熱い想いに絆されたのかもしれないね」
「そ、そう、ですか……」
あっさりとそう口にするナイジェル様を見ながら思った。
(この人、こっそり裏で何かして動いていたんじゃ……)
「───さてと、マーゴット。俺はこれから騎士団の訓練だけ……」
「もちろん、行きます!!」
「ふっ……」
私が喰い気味に答えたからかナイジェル様が小さく笑った。
「もう!」
「ははは!」
だって、やっぱり剣をふるうあなたはかっこいいんだもの。
その姿がまた見られるようになったことを心から嬉しく思う。
「そんなに笑うなら、今日はとびっきりの苦~~い薬草煎じちゃいますからね!?」
「うっ……そ、それは……」
「それは?」
「が、頑張る……!」
ナイジェル様は絶対に要らないとは言わない。
公爵家に戻って来てから使用人にこっそり聞いたら、本当に私が失踪中も毎日欠かさず飲んでいたという。
「……コホンッ……では、行こうか。マーゴット」
「はい!」
私は差し出されたその手を取って強く強く握った。
───ある日、私の元に密かに憧れていた人から求婚の手紙が届き、嫁いでみましたら……
色々なことがありながらも幸せな日々が待っていました───
~完~
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
これで完結です。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
過去と現在の行き来は分かりづらい、夫のナイジェルがヒーローであること。
書きながら、どちらも色々言われるだろうなと思っていましたが、やっぱり……と思いました。
前半、分からりづらくなってしまった点は申し訳ございません。
私のような、とにかく未熟で文章力のない作者がやる手法ではないことは分かっていたのですが……
私の中では意味があって考えてこの形を取りました。
また、ナイジェルの言ったことに関しては、作中で書いたマーゴットの受け止め方が全てです。
どちらも色々な意見や感想があるかとは思いますが、ご理解いただけると嬉しいです。
ちなみに、別作品では美人の姉と間違えて求婚されて「君は誰だ?」と言われた話もあります。
どっちもどっちかな……
思っていた以上に多くの方に読んでいただけて、マーゴットの幸せを願ってくれて嬉しかったです。
お砂糖成分が少なかったことが少し心残りではありますが。
本当にありがとうございました!
感想は相変わらず返信できず申し訳ございません。
最後に。また、いつものように新作も始めます。
『気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~』
少し前の『可愛い妹に全てを~』という話のヒーローの妹が主人公になります。
前回見送ったのでそろそろ……
よろしければまた、お付き合いくださいませ!
ありがとうございました。
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