32 / 34
32. 夫が失うもの
しおりを挟む「……」
「ナイジェル様!」
夫は微笑んだまま答えてくれない。
「ナイジェル様!! ちゃんと話してください!」
(代償が何かを聞くまでは絶対に頷かない!)
私は自分から夫の背中に腕を回してギュッと抱きしめ返す。絶対に逃さないんだから!
すると、さすがに夫も折れたのか私の耳元で小さな声で囁くように言った。
「───対価は自身の魔力だよ」
「魔力……?」
そろそろと顔を上げると目が合った。
そう口にした夫は穏やかな表情をしていた。
「魔力って……魔力が全部失くなってしまうということですか!?」
「……」
もしそうなるとそれはこの先、貴族としてどれだけ生きづらくなることか。
次期フィルポット公爵の座だって……
「いや。全部とは限らない」
「え?」
「その“力”を使うのに必要な分だけの魔力を失う。普通、魔力は使ったあとは休めば回復するけど、この力の場合は使った後にその分の魔力は元には戻らない」
「!」
「もちろん、回復魔法をかけても効かない」
つまり、どれくらいの魔力を失うかはやってみないと分からない……
「そんな……」
「だから、使おうとする人は……まぁ、滅多にいないよね」
それなのに、この人は私のために力を使いたいと言ってくれている。
「もしも、ごっそり魔力が失くなってしまったら、あなたの将来は……どうなるのですか?」
「え? 俺の将来?」
「貴族としても騎士としても……」
夫はうーんと首を捻りながら言った。
「魔力が空っぽになってしまったら、さすがに公爵の座は継げないかな」
「!」
「父上はなんて言うかは分からないけど、周囲が煩いと思う」
それは何となく想像がつく。
「でも騎士には魔力の有無は関係ないから───騎士として生きるにはそんなに変わらない。そもそも守護の力は攻撃魔法ではなく防御を強化するものだからさ」
「……」
万が一、魔力を失っても完全に生きていく道を絶たれるわけではないことにはホッとした。
それでも……
「だから、うん───マーゴットを公爵夫人にはさせてあげられないかもしれない」
「……え!?」
「このまま俺の手を取ってくれたら、公爵夫人になれるよっていうアピールは出来なくなるのが少し残念かな……」
「なっ! 何を言っているんですか! 公爵夫人? そ、そんなの……そんなのものなくても私は───」
「え?」
(───っ!)
夫のきょとんとした顔を見て、今、私が口走ろうとした言葉に自分自身でびっくりした。
そんなものなくても私は────あなたといたいのに!
公爵夫人になりたいわけじゃない。
ただ、これからもそばで一緒にいられたら───……
「……マーゴット?」
「……」
「マーゴット……顔が……」
「……っ」
私は恥ずかしくて顔を上げていられず、下を向いて夫の胸に顔を埋める。
(今は顔を見られたくない……)
「マーゴット」
私の名前を呼んだ夫は背中に腕を回すと優しくポンポンと叩いた。
そして、私の耳元に顔を寄せるとそっと囁いた。
「───好きだよ、マーゴット」
「!」
(ここでそんなことを言うなんて……やっぱり、夫はずるい夫だ!!)
決心がつかず、私はしばらく夫に抱きついたままでいた。
そこで、ふと思った。
夫の持つ、私の記憶を戻せるかもしれない力ってどれほどの力なんだろう?
封印されるくらいの“力”なんだから、空っぽにならなくても相当な魔力は削られると思う。
「ナイジェル様は……」
「うん?」
「魔力を失って次期、公爵になれなくなってもいいというのですか?」
私がそう訊ねると彼は私の目を見て言う。その瞳には迷いなんて全く無かった。
「マーゴット、さっきは君を公爵夫人にさせてあげられないかもしれないとは言ったけど、俺自身は欲張りだから全部諦めるつもりはない」
「ナイジェル……様?」
「父上の後を継ぐことも、騎士としてもう一度剣を握ることも…………そして、マーゴットのことも」
「……」
「だから、俺を信じて?」
「~~~……!」
私は答えの代わりにギュッとその身体を抱きしめ返した。
夫の手を握りながら私はポソッと呟く。
「……記憶が戻ったら、“今”の私の記憶は消えてしまうのでしょうか?」
「え?」
「今日までの日々も忘れたくない……」
「マーゴット……」
あなたが栽培セットをくれたこと、恥ずかしい思いをしながら愛と陰謀渦巻くドロドロ物語の本を買ってくれたこと。
───私が生きているだけで幸せだと言ってくれたこと。
記憶を失くす前の私も夫のことは好きだった……そう信じている。
多分、顔も好みで内心キャーキャー言っていたとも思う。
何より、好きでなくちゃ、自分の命がどうなるかも分からないのに助けたりなんてしない。
(だから記憶が戻っても戻らなくても私の夫への気持ちは変わらない……)
「それは大丈夫だと思う」
「そう、ですか? それならいいのですが…………って!」
「うん?」
そう口にしながら、私は肝心の夫の“力”が何か聞いていないことに気付いた。
「一番大事なことを聞いていなかったです。私の記憶を戻せそうなナイジェル様の能力ってなんですか?」
私がそう訊ねると夫は握っていた手にグッと力を込めた。
すごくあたたかい何かが身体の中に流れてくるのを感じる。
(……これが、ナイジェル様の──力?)
「……マーゴット」
「は、はい」
「俺が授かった王家の特別な力は─────“再生”」
「……え? さいせ……」
夫はニコッと笑って言った。
「本来は国が滅びそうとか、そういう非常時に使われることを想定した力らしいよ。知らないけど」
「──え! ちょっ……」
「国より俺はマーゴットの為に使うけどね」
「ナ、ナイジェ……」
そう言って夫は私に顔を近付けると、そっと額にキスをした。
「なっ!」
何をするのーー!
そう言おうとした瞬間、私の全身があたたかい物に包まれる。
それが、とても心地よかった。
(……あ、なんだか……眠く……)
そして突然の眠気に襲われる。
そんな私に夫が耳元で何かを言っている。
私はどんどん意識が遠のく中、ぼんやりとその声を聞いていた。
「───マーゴット。俺は君の目が覚めたら……」
「……?」
(わた、しの目が……覚めた……ら?)
「あの日、俺と君との最後の会話だった、“呪いが解けたら一番にしたいこと”を実現させたいんだ……」
(……? あの日……? 呪いが……解け、たら……した、い、こと……)
それは何────?
そう思ったところで私の意識はプツリと途切れた。
215
お気に入りに追加
4,902
あなたにおすすめの小説

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

近すぎて見えない
綾崎オトイ
恋愛
当たり前にあるものには気づけなくて、無くしてから気づく何か。
ずっと嫌だと思っていたはずなのに突き放されて初めてこの想いに気づくなんて。
わざと護衛にまとわりついていたお嬢様と、そんなお嬢様に毎日付き合わされてうんざりだと思っていた護衛の話。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~
春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。
6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。
14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します!
前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。
【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる