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22. 手がかり
しおりを挟むため息しか出ない。
「今度は何なんだ……」
手紙の差出人──俺の従兄弟でもあるハワード殿下はこの国の第三王子。
末っ子ということや、すでに上に二人の王子がいるため、王位継承の可能性がほぼ無いことから割と自由にのびのびと育てられた。
そのため、困ったことに自由奔放で傍若無人な性格に成長してしまっていた。
しかし十七歳の誕生日を迎え、さすがにこのまま自由奔放のやりたい放題な性格では将来が不安……とようやく重い腰を起こした陛下たちが、人生経験の場として目をつけたのが騎士団の討伐任務に同行させること──だった。
(それが、まさか……あんなことになるとは)
あの時の討伐任務はさほど強い魔物はおらず、ハワードの中では“つまらない”という思いがあったのだろう。
そこで現れたあの魔物にハワードは興奮した。結果、暴走。
逃げろと声をかけても、腰を抜かしたハワードはその場から一歩も動けず青白い顔でブルブルと震えているだけ。
そして防御魔法も発動までの時間を考えたら間に合わず──……
近くの騎士が咄嗟に庇おうにもハワードは臣下が許可なく自分に触れることを極端に嫌がる。
下手に触れると「無礼者め!」と処罰だの処分だのと簡単に言い渡そうとするので、あの場でハワードを庇えるのは次に身分の高い俺だけだった。
従兄弟でもある俺ならさすがに処分はされないはずだから。
(最初に死ぬかも……と思ったのはその時だったな……)
あの魔物が繰り出した呪いの瘴気は酷くて、そのまま俺はすぐに呼吸困難に陥り意識を失い、次に気が付いた時は自分の部屋のベッドの中だった。
「個人名で呼び出すなんて……よっぽどの話、なのだろうか?」
先日の復帰の挨拶の場にはハワードもいた。
だが、特に会話はしなかった。
なのに今更?
(……早くマーゴットを探しに行きたいのに!)
俺はそんな焦燥に駆られながらも、無視するわけにもいかないのでハワードの元へと向かった。
────
「───ナイジェル。お前、呪いが解けたら奥方に逃げられたらしいじゃないか」
「……!」
腰掛けた椅子に足を組んで偉そうにふんぞり返りながらハワードは開口一番にそう言った。
「殿下? ……どこでその話を?」
「ん? ああ、父上と叔父上の会話を盗み聞きしたからだ!」
「……そうですか」
堂々と盗み聞きしたと口にするあたり、性格は変わっていないようだ。
「──だが、まあ……良かったじゃないか! お前の結婚した女はとんでもない悪女で悪妻だったのだろう!?」
「……は?」
「療養中のお前の隙を狙って嫁ぎ、お前が死ぬのを待って財産を奪おうと……」
「待て待て待て! 待ってくれハワード! …………殿下」
得意満面に語るハワードを俺は慌てて止める。
どうして社交界では有り得ない話だと鼻で笑われているあの噂をこの王子だけはマルっと信じているんだ!!
「殿下、失礼ながら私の妻は悪女でも悪妻でもありません。訂正してください」
「なに? だが、実際にそんな話が───」
「あの話は、妻……マーゴットを蹴落とそうと企んだ不届き者が広めた事実無根の噂でございます」
「……事実無根だと?」
「いくら殿下であってもマーゴットのことを悪く言うのは許せません」
他にも王子として噂を鵜呑みにして……と色々言いたいことはあるが、自分自身も偉そうに人のことは言えない。
だが、とにかくマーゴットを悪く言うことだけは許せなかった。
「……ひっ!? わ、悪かった……悪かったから……その右手に掴んだ剣と殺気をしまえ!」
「……」
仕方ないので抜きかけていた剣を戻し、殺気もしまうとハワードは落ち着きを取り戻した。
「……父上と叔父上の話を聞いてナイジェルが逃げられた奥方に執着している、というのは感じたがまさかここまでとはな……」
「……」
「奥方は自分の意思で出て行ったのだろう? しつこい男は嫌われるぞ?」
……嫌なところを突いてくる。
「分かっています。それでも……」
目が覚めてマーゴットが出て行ったことが分かった時は、ちゃんと話がしたくてそれで探したいと思った。
だが色々なことを知った今は……とにかく無事である姿を確認したい。
「……剣にしか興味のなさそうだったお前がなぁ……突然、結婚したのも驚いたが。よっぽど好きだったのか」
「……」
(好き……か)
自分がマーゴットにしたことも言ったことも、全て無かったことにはならない。
どの面下げて「愛している」「好きだ」などと言っているんだ?
そんなことを言う資格がお前にあるのか?
マーゴットのことを思って眠りにつくたび、毎晩、毎晩、そんな悪夢に魘されている。
(俺はマーゴットがくれた以上のものを返せるだろうか?)
「……マーゴットは幸せにならなくちゃいけないんです」
「は?」
「自分の幸せより人の幸せを願うような人だから……」
俺がそう言うとハワードは何故か黙り込んだ。
「……殿下、話がそれだけならもういいですか? 私……俺は彼女を探しに行きたいので。今はとにかく時間が惜しいんです」
マーゴットの行方はまだ分からない。
力の封印を解いた影響で身体に支障が出ている可能性が……と言われたので近隣の複数の病院にも当たってみたが、全て空振りに終わっていた。
「……ナイジェル」
「?」
ハワードが俺の名前を呼ぶと同時に、何か紙のようなものを投げつけてきた。
俺はそれを慌てて拾う。何かのメモ書きのようだった。
「……これは?」
「……」
そのメモに書かれているのは、王都からは少し離れたとある街にある治療施設の名前。
以前、我が家も寄付をしたことがあったはずだ。
「───盗み聞きした父上と叔父上の会話に何度か出ていた施設の名前だ」
「……え?」
俺は驚いて顔を上げると、ハワードと目が合った。
「少しだけ調べさせてみた。すると、ごく最近そこに治癒能力を持った女性が現れて働いているそうだ」
「治癒……能力」
まさか、まさかという思いが生まれる。
治癒能力を持つ人はもちろんマーゴット以外にもいる。
これは偶然の一致?
それに──
「治療……を受けているのではなく……働いて、いる?」
「……らしいが、それ以外のことは知らん!」
ハワードはそれだけ言ってそっぽ向いた。
まさか、殿下はこれを俺に伝えるために……呼び出した?
「……で、殿下」
「……」
「ありが───」
お礼を言おうとしたが、ハワードは凄い勢いで遮った。
そして、俺をしっしと追い払おうとする。
「うるさい! 礼などいらん。その娘がお前の奥方かどうかも分からないしな! だが、気になるならさっさと行け!」
「は、はい……」
ものすごい剣幕だったので、素直に応じることにした。
「殿下、それでは失礼します」
「…………ナイジェル」
部屋を出る寸前、再度、名前を呼ばれたので振り返るとハワードは俺を見ずに俯いたまま、今にも消え入りそうなくらい小さな声で言った。
「…………色々、すまなかった。そして…………ありがとう」
「───!」
表情も見えないし声も小さくてすごくすごく分かりづらいが、これがハワードなりの感謝と詫びの気持ちなのかと思った。
(……マーゴット、君なのか?)
もし、その女性がマーゴット本人なら彼女は生きている!
それも、患者としてではなく働けるくらいの様子ということだ。
(マーゴットであって欲しい……!)
俺はそう願ってメモに書かれている場所へと急いで向かった。
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