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18. 別れ
しおりを挟むマーゴ嬢は令嬢に何とか宥められてそのままお茶会の席に戻って行ったようだけど、私はその場から動けず立ち尽くしたままだった。
「……そっか」
マーゴ嬢の兄のロイド様のおかしな動きの理由はこれだったんだ。
あの人は公爵家やナイジェル様のことを狙っていたわけじゃない。
私だ。
最初からあの人の狙いは妹のために“私を陥れて蹴落とすこと”だったんだとようやく理解した。
「私が不貞を犯して世間から叩かれる……もしくはそのことでナイジェル様に愛想をつかされて離縁されれば……と」
そして、ナイジェル様とマーゴ嬢は───……
「それと……いつものように手紙が……ってマーゴ嬢言っていたわ」
どうして考えつかなかったんだろう?
我が家にプラウズ伯爵家の手紙が誤配送されるんだから、向こうにだって同じことが起きているって。
もしかしたら、その中にはどこぞの男性から私への縁談の手紙もあったのかもしれない。
向こうから誤配送の手紙が送られてくることは滅多になかったから思いつきもしなかった。
(まぁ……今更だし、それを知ったからと言って何かが変わるわけではないけれど)
ただ、もし本当にそういう手紙があったとして誤配送されずに私の手元に届いていたなら、私はとっくに誰かと結婚していたかもしれない。
そう思うと……
「運命って皮肉ね……よりにもよってマーゴ嬢が一番欲しかった手紙が私の元に届いてしまうんだもの」
やっぱり家名問題は早々にどちらかが折れるべきよ……と心から思った。
「さて、と…………今は泣かない。それにこういうことなら、私は私のやれることをするだけよ」
私が身を引いてもナイジェル様が元気にならないと何も始まらない。
むしろ、残された時間の少ないナイジェル様とマーゴ嬢が結ばれても悲恋になるだけ。
ナイジェル様にそんな悲しい思いはさせたくない。
(ナイジェル様の呪いを絶対に解く!)
私は自分の両頬をペチッと叩くと俯いていた顔を上げた。
「ナイジェル様……実はマーゴ嬢と両想いだったと知ったらどんな顔をするかしら?」
喜ぶ? 笑う? 人間違いさえしていなければって落ち込む?
でも、ナイジェル様は優しいから私に対して申し訳ないって顔をするのかな?
「そんな顔は見たくないわね……ナイジェル様にはずっと笑っていて欲しいもの」
マーゴ嬢の気持ちは私が勝手に話すわけにいかない。
でも、今日屋敷に戻った時、呪いが解けた後の正式に離縁に関する取り決めをナイジェル様としよう、と決めた。
(それと……呪いの解呪についても)
───だけど、その日の夜。
ナイジェル様は今までで一番酷い発作を起こしてしまう。
そして、さらに症状は進行し、そのまま意識を失う時間が多くなっていく。もう話をするどころではなかった。
ナイジェル様に残された時間はあと僅か……だった。
「……マーゴ、ット」
「ナイジェル様!? 気が付きました?」
ナイジェル様の傍らでずっと手を握っていた私は、ナイジェル様の声にハッとする。
「……ああ。俺はどれくらい……眠って、いた?」
「今は丸一日……といったところでしょうか」
「一日……そう、か」
ナイジェル様が悲しそうな表情になる。
そんなナイジェル様を見ている私も胸が痛い。
「マーゴット……の、顔色が悪い」
「え?」
ナイジェル様の反対の手がそっと私の頬に触れる。
ドキッと胸が高鳴った。
「心配かけて……すまない」
「そんな!」
私はギュッと自分からナイジェル様に抱きついた。
今はまだ私が“妻”だから、どうかこれくらいは許して欲しい。
「……マーゴット……はあたたかい、な」
ナイジェル様がポツリと私の耳元で言う。
「そうですか?」
「ああ……とてもあたたかくて、…………しい」
「ナイジェル様?」
「……」
後半の声がかなり弱々しくて聞き返したけれど、ナイジェル様は無言で私を抱きしめ返すだけだった。
(話すのも体力消耗するものね……)
「───ナイジェル様」
「……?」
「大丈夫です。絶対に私があなたを元気にしますから」
「……マーゴット……?」
瞳が不安そうに揺れるナイジェル様。
私は安心して欲しくて微笑みを浮かべた。
「ナイジェル様。呪いが解けて元気になったら一番に何をしたいですか?」
「え?」
私のその質問にナイジェル様は驚きの表情をする。
呪いが解けるなんてもう考えていない──そんな表情だった。
「なんでそんな顔するんですか! そんな顔していたら解けるものも解けませんよ?」
「……そう、だな。ははは」
「それで? 何をしたいですか?」
ナイジェル様はうーんと考え込んでいた。
(やっぱり、剣を思いっきりふるいたい、とかかしら?)
そんな予想をしていた私に、ナイジェル様は顔を上げると言った。
「色々、あるけど…………そうだな、一番は───……」
─────
「……さて、と準備はこれでいいかな? 手紙も書いたし、離縁届けもサインしたし……」
きちんとナイジェル様と離縁に関する話が出来なかったので、一方的になってしまうことが申し訳ないけれど……
「でも、呪いが解けるまでという話は一応してあったし、念の為にお父様にも手紙を預けたし……大丈夫よね?」
そんな独り言を呟いていた所に、公爵様がやって来る。
その表情は険しい。
「……マーゴット」
「あ、公爵様。準備は終わりました! ナイジェル様はまだ眠っていますか? 後のことはよろしくお願いしますね」
「……」
私が笑顔でそう言ったのに公爵様の顔はますます険しくなる。
「マーゴット……その、やっぱり」
「……あの公爵様。私、思ったんです」
「何を、だ?」
「運命のイタズラのように私がここに来たことです。もしかして、この為だったのかな、と」
私がそう口にすると公爵様は強い声で否定した。
「違う! それだけは違う!」
「……」
ナイジェル様も公爵様も……ここの人は本当にいい人たちだ。
公爵様に至っては、自分の息子が助かるならとあっさり私のことなんて切り捨ててしまってもおかしくないのに。
そして、私の決断を受け入れてくれた。
「公爵様、ありがとうございます」
「マーゴット……」
「全てはお話した通りなので…………ナイジェル様の所に行ってきますね。お世話になりました」
私が頭を下げて部屋を出ると今度はお父様が待っていた。
「あ、お父様……! 頼んだものは持って来てくれました?」
「……マーゴット。お前、本当に……するのか?」
私は、お父様に頼んでいた物───お母様が私に遺した形見のネックレスを受け取り、自分の首にかける。
「ごめんなさい、お父様。ずっと無能だと思って肩身の狭い思いをさせてしまって」
「そうじゃない……そうじゃないだろう……」
お父様が悲しそうに首を横に振る。
「でも、お母様だけは“私の力”に気付いていたのね」
私がペンダントを見ながらそう口にするとお父様は深いため息を吐いた。
「……───不思議ね、マーゴットがこうしてくれていると、旦那様の治療より落ち着ける気がするわ……この言葉は本当にそのままだったんだな」
お父様はすごく遠い目をしていた。
当時、かなりショックを受けていたからしょうがないと思う。
「…………私の力を封印していたのがお母様だったなんて。すっかり盲点だったわ」
封印について再度、調べていた時にふと気付いた。
封印の能力を持つ家系の名前にプラウズ伯爵家以外にも見覚えがある、と。
それはお母様の実家だった。
「日常でそうそう使う能力じゃないからな……」
「そうね。それでは、お父様もあとはよろしくね」
「……マーゴット」
「そんな顔しないで? どうなるかはやってみなくちゃ分からないんだから!」
「……」
寂しそうな顔をするお父様に笑顔を向けて私はナイジェル様の元に向かった。
部屋に着くとナイジェル様はまだ眠っていた。
(昨夜の発作も酷かったものね)
「……ナイジェル様」
私はそっと手を握って呼びかける。
もちろん反応は無いけれど。
「一年間、こんな私に優しくしてくれてありがとうございました」
───間違えられたことが、悲しくなかったわけじゃない。
でも、それ以上に楽しくて幸せな時間をあなたはくれたから。
「大好きでした────どうか、目覚めた後のあなたの望みが叶いますように」
私はナイジェル様の手を強く握るとそう祈りを込める。
すると、ペンダントが眩しく光った。
(ま、眩し……)
そんな光に包まれながら、私はナイジェル様の顔を覗き込む。
「あ、血色が!」
(良かった……私の力……効いているみた…………い)
だけど、安心した私の意識はどんどん遠くなっていった。
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