16 / 34
16. あなたの“妻”です!
しおりを挟む「───と、いうことがありましたので、今後も気を付けようと思います」
「……」
屋敷に戻った私は、ナイジェル様に図書館での出来事を報告した。
(黙り込んでしまったわ……そして、すごい眉間に皺……)
正直、プラウズ伯爵家──マーゴ嬢を連想させかねない話をナイジェル様にはしたくなかったけれど、ロイド様が私やナイジェル様……公爵家を陥れようとしているなら話は別。
隠しておくことの方が後々の問題になりかねない。
そのため、すっかり頭から抜け落ちていたこの間のパーティーでのことも含めて話をした。
(そんな真剣な顔……マーゴ嬢のことを考えているのかしら?)
「パーティーでも会っていたのか」
「はい」
「……」
このかなり深い眉間の皺は、俺もマーゴ嬢に会いたかったのに……という思いも含んだ皺かしら。
「非常に面白くない出来事だな……」
「……ですよね」
想い人の兄がよからぬことを企んでいるなんて辛いに決まっ───
「───マーゴットは俺の“妻”なのに」
(…………ん? 私?)
自分の名前が聞こえたのであれ? と思ってナイジェル様の顔をじっと見つめる。
私にじっと見つめられたナイジェル様が、頬をほんのり赤く染めながら狼狽えた。
「な、なんだ……?」
「いえ、確かに私はナイジェル様の“妻”ですけど……」
「そうだろう? それなのにマーゴットを口説いた? それも二回も……許せない」
ギリッと唇を噛みながらナイジェル様は怒りをあらわにしていた。
「───美しくも可愛くもない私なんかを口説くのですから嫌がらせにしては手が込んでいますよね」
「───いくら、マーゴットが魅力的で可愛いからといって!」
私たちは同時に口を開いた。
「……え?」
「ん……?」
同時に口を開いたため、互いの言葉がよく聞こえず顔を見合せた私たちはあれ? と、二人で首を傾げた。
(今、ナイジェル様はなんて言っていた?)
───か、可愛いなんて言葉が聞こえた気がしたのは……気のせい、よね?
「…………コホンッ、ま、ましてや、マーゴットを誘いさえすればホイホイ軽く乗ってくる女だと思っているのも気に入らない!」
「……!」
「愚かな奴め……今頃、相手にされなかったことを悔しがっている所だろう」
「……!」
(え……私のために怒っている……?)
その後もナイジェル様の怒涛の独り言が続いていく。
“可愛い”という言葉を聞くことはなかったけれど、その言葉の中にも“マーゴ嬢”の名前は一度も登場することはなく……
また何故なのか、私を褒め称えるような発言ばかりに聞こえて来て、どんどん私の方が恥ずかしくなっていった。
「それで、だ……マーゴット!」
「は、はい!」
遂に独り言を終えたナイジェル様が私の方に顔を向ける。
その瞳は真剣そのもの。
私の胸がドキンッと大きく跳ねた。
「そいつにベタベタと触られたりしていないか!?」
「さ、触っ……!?」
「君の手を握ったり、肩を抱いたり、髪を触ったり……そういう行為だ!」
ナイジェル様の何だか私に指一本でも触れていたら、叩き切ってやる! と、言わんばかりの迫力に胸のドキドキが止まらない。
「……なななな無いです!」
「そ、そうか!」
慌てて私がそう答えるとナイジェル様はホッとしたのか、安心したように笑った。
こ、これはどういう感情なの……?
そのことに更にドキドキしていたら、なんとナイジェル様が腕を伸ばして私を抱き寄せた。
私は心の中で声にならない悲鳴をあげる。
(────~~~~!?!?!?)
「ナナナナナナナイジェル様!? な、何をして……!」
「……」
ギュッ……
ナイジェル様は無言のまま、私を抱き寄せた腕に更に力を込めた。
この間、苦しんでいるナイジェル様に私から無我夢中で抱きついてしまったけれど、あの時とは違う温もり……
トクントクントクン……
(……ナイジェル様の心臓の音が聞こえるわ)
それは私と同じくらい早い鼓動を刻んでいた。
それって、ナイジェル様も私にドキドキしているってこと?
そう思ったら、もう、私の頭の中は大パニックでなにが何だか分からなくなった。
「……つ、“妻”に触れてみようと……思った」
「つ!」
すると、頭上からぶっきらぼうな声が聞こえて来た。
これは顔を見なくても分かる。
私も人のこと言えないけれど、絶対にナイジェル様は照れている!
私はそっと顔を上げた。
案の定、真っ赤な顔のナイジェル様と目が合った。
「……妻」
「つ、妻だろう?」
「はい、妻です……」
傍から聞いたら変な会話だろうとは思いつつも続ける。
「い、今更、妻に触れてみよう……ですか?」
「うっ……」
「間違いとはいえ、私が嫁いで“妻”となってもう何ヶ月経ったと……」
「ぐっ」
ナイジェル様が言葉を詰まらせる。
ほんの少しだけ意地悪を言ったつもりだったのに、ナイジェル様は思っていたよりも真剣に受け止めてしまっていた。
「あ、ごめんなさい。えっと冗談で……」
「マ、マーゴットに! ───こ、こんな風に触れたいと、ずっとお、思っていた……!」
「え!」
顔を真っ赤にしたナイジェル様はプイッと顔を逸らす。
「だが、さ、さすがに、それは嫌がられるかと……思っ……」
「……ナイジェル様」
「っっ! マーゴットは、い、嫌じゃない、のか?」
「……」
顔は私から逸らしたままだけど、耳まで真っ赤なうえ、おそらく瞳も不安で揺れている。
そんな“ナイジェル様”が伝わって来た。
(なんて不器用なの……)
もうずっと私の胸はドキドキとキュンキュンを繰り返している。
「い、嫌なわけありません!」
「!」
「もっと、ふ、触れてください……!」
「マーゴット……?」
私は顔を真っ赤にして叫ぶ。
たとえ、間違いから始まった関係でも、いつか“終わり”が来るのだとしても……
「わ、私はナイジェル様のつ、“妻”ですから!」
「───!」
そう口にした瞬間、ナイジェル様に強く抱きしめられた。
びっくりしたけれど、私も背中に腕を回してギュッと抱きしめ返した。
(あたたかい……)
「……マーゴット」
「ナイジェル様……?」
ナイジェル様の顔が近付いて来たので、まさか! っと胸を高鳴らせたのだけど、ナイジェル様は私の肩に頭を置いて息も切れ切れに言った。
「──す、すまない……胸が……く、苦し……」
「────!!」
(ほ、発作ーーーー!)
「ナイジェル様! と、とにかく! ね、寝て下さい! よこ、横になって!」
「うっ、す……すま、ない……」
幸い発作は軽いものですんだけれど、残念ながら甘い空気は一瞬で崩れてしまった。
(色々と勿体なかったような……いえ、そういうことでは……ないわ)
変な葛藤は有りつつも、ナイジェル様が私を“妻”として見て扱ってくれていることに幸せを感じた。
だからこそ、ナイジェル様の呪いが解けても、このまま“妻”として傍に居られるのでは───……
そんな淡い期待を私はほんの少しだけ抱いてしまった。
そんなに上手く事が運ぶはずがなかったのに。
159
お気に入りに追加
4,902
あなたにおすすめの小説

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

近すぎて見えない
綾崎オトイ
恋愛
当たり前にあるものには気づけなくて、無くしてから気づく何か。
ずっと嫌だと思っていたはずなのに突き放されて初めてこの想いに気づくなんて。
わざと護衛にまとわりついていたお嬢様と、そんなお嬢様に毎日付き合わされてうんざりだと思っていた護衛の話。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる