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15. 気持ち悪い人の狙い
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「えっと? ……ナイジェル様、それであなたはわざわざ私の元にやって来たのですか?」
「マーゴットの残した手紙では、医者の診察のあとに自分が“無能”ではなかったことが分かったと書いてあったので。あの時、マーゴットを診察したのは先生ですよね?」
俺はまず、自分の主治医の医者の元に向かった。
そこで俺はマーゴットの手紙に書いてあった“治癒能力”について聞くことにした。
手紙に書かれていることだけだと情報があやふやだったから。
「…………深刻な顔をしてこちらを訪ねて来たから、せっかく呪いが解けたのにてっきり体調が悪くなったのかと思いました」
「いえ、体調は大丈夫です。驚かせて申し訳ございません」
俺の突撃訪問に先生はふぅ、とため息を吐いた。
申し訳ないと思いつつも俺は訊ねる。
「マーゴットの残した手紙には、実は少しだけ力が使えることが判明した……そう書いていましたが、ならば、どうしてそれまで判明しなかったのか? これが気になりました」
マーゴットは嫁いで来たばかりの頃、俺が発作で苦しんでいる時、自分は治癒魔法が使えないと落ち込んでいる様子を見せていた。
だが、マーゴットに手を握ってもらった時に発作が落ち着いた……そんな記憶がある。
あれは、無意識に能力が発動していたことになるのだろうが、その頃のマーゴットが自分でも力があったことを知らないなんて変な話だ。
(あの頃のマーゴットが嘘をついていたとは思えない。そうなると───)
「考えられるのは、一つだけです。マーゴットの力は封印されていた……そしてマーゴット自身も先生に指摘されるまでそれを知らなかった」
「……」
「先生は鑑定能力持ちですからね。そういうことで間違いないですか? 先生」
先生はそっと目を逸らした。
どうやら当たっているようだ。
では……
「だとすれば、マーゴットが治癒能力が使えるようになったのは、封印を解いたからなんですか?」
「ナ……ナイジェル様」
「力が封印されていたということは、マーゴットがかなりの強い力を持っていた……そういうことになります! 封印を解いたのだとしたらマーゴットは? それはいつ? マーゴットの身体は……!?」
俺は先生に詰め寄った。
もし、マーゴットが封印を解いていて、その力を俺の治療に使っていたら……
そう思うだけで胸が苦しくなる。
そして、何も知らずにマーゴットに甘えてばかりだった自分が許せない。
「ナ、ナイジェル様、落ち着いてください! あなただってまだ病み上がりなんですよ!? また、倒れたいんですか!?」
「あ……す、すみません」
先生は俺の勢いが収まったのを見て軽く咳払いをする。
そして、能力のことはマーゴットが自分で俺に言うまでは黙っていてくれと口止めされていたことを前置きした上で口を開いた。
「それでナイジェル様……奥様ですが、能力が何者かによって封印されていたことは事実です」
「……!」
「ですが、力を使えるようになったのはその封印に綻びが出来ていたせいで、封印を解いたわけではありません」
「封印に綻び? だから、それまでは判明せずに能力が無いとずっと思われていた?」
「そういうことです」
「……」
つまり、マーゴットはその綻びから漏れていた力を俺に使ってくれていた……ということか。
(マーゴットは封印を解いたわけでは……なかったのか)
封印を解いていたならマーゴットの身体にはかなりの負担がかかる。
それで最悪の想像をしてしまったが───……
「私の知っている限りの奥様は封印を解くことは考えていなかったようです」
「……考えていなかった?」
「はい。身体に支障が起きる可能性が高いですからね。そうなるとナイジェル様、あなたが心配するから、と」
「……!」
(マーゴット……!)
それなら、今回の失踪と能力は無関係……なのだろうか?
ただただマーゴットは本当に俺に嫌気がさして……新たな場所で幸せになろうと───?
(だが……)
分かっている。
これは現実を受け入れたくない俺が“何か理由がある”そう思いたいだけ。
だが、先生が知らないところでマーゴットが封印を解いた……あるいは解けてしまった可能性も否定出来ない……
「……先生、最後に一つ聞きたいのですが」
「なんでしょう?」
「マーゴットの持つ強大な治癒の力というのは、本来の治癒能力なら効果のないはずの“呪い”にも効くものなのですか?」
もし、マーゴットの持つ強力な力が呪いにまで影響のあるような大きな力だったなら。
俺の解呪をしたのは、封印が解けたマーゴットだという可能性だって浮上する────……
✳✳✳✳✳✳
「夫人? どうかしましたか?」
ロイド様が黙り込んでしまった私に怪訝そうな表情で声をかけてきた。
(……はっ!)
一瞬、ロイド様ならもっと“封印”について何か知っているかも……なんて思ってしまったわ。
封印が綻ぶなんてあるの? とか、解けたらどうなるの? とか。
そして、同じ能力を持つ家同士の繋がりで、私の力を封印したのが誰か分かるのでは……とか。
(この人はきっと私の欲しい情報をいくつかは持っていそう────でも!)
「夫人の実家のプラウス伯爵家は治癒能力の家系でしたっけ? 興味深い力ですね。そうだ、もし良ければ能力についてこれから二人っきりで語り───」
「お断りします」
私は間髪入れずに答えた。
(ない……! やっぱりこの人と必要以上に関わりたいとは思えない!)
「先程も申し上げましたが、私は夫以外の殿方と仲を深める気はありませんから」
ロイド様は私のその言葉を聞いて、ははは……と笑う。
「いやいやいや、どうせ伏せっているだけのナイジェル殿には黙っていればバレませんよ? だから少しくらい羽目を外しても……」
「そういう問題ではありません。あと私の大事な夫を馬鹿にしないでください───失礼します」
「あ、ふ、夫人……待っ! …………チッ、護衛か」
私は目で合図を送り今度は護衛に間に入ってもらった。
(ロイド様、舌打ちしていたわ……)
図書館の出口に向かって歩きながらそんなことを考えていたら、対処を終えた護衛が私に追い付いた。
「……奥様、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。そして、一度目は制止してごめんなさい」
私が謝ると護衛は小さく首を横に振る。
「いえ、場所も場所ですからね。騒ぎにしたくなかった気持ちは分かります。ですがあの男は何だか……」
「何だか?」
「その……なんと言いますか、むしろ騒ぎにしたがっていたような──そんな印象を受けました」
「騒ぎにしたがっていた?」
(つまり、あの舌打ちは騒ぎに出来なかったから……?)
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そう───動けない新婚の夫を放って他の男と密会して不貞する悪妻として。
「……まさか、あの無駄に甘い微笑みとか……それが目的?」
「奥様? どうしました?」
「え? まさか、あの気持ち悪い微笑みで私が落とされると本気で思っている……?」
「お、奥様?」
「いちいちリアクションがオーバーで胡散臭いわけよ……」
護衛が困惑しているのは分かったけれど、私のムカムカは止まらなかった。
「ナイジェル様にあんな甘い微笑みを向けられたら、一瞬で鼻血を吹いて腰砕けになる自信はあるけれど……あれは、ない、ないわ!」
「え? 鼻血? 奥様何を言って……?」
「ねぇ! あなたもそう思うでしょう!?」
「へ!?」
興奮した私は護衛に絡み始める。
「ナイジェル様はかっこいいけれど、あれは気持ち悪い一択よ!」
「は、はあ……そうですね」
「ナイジェル様のように鍛えた身体もないナヨナヨ男のくせに!」
「は、はあ……そうですね」
「私の好みの全てはナイジェル様なのよ? あんなのお呼びでないわ!」
「は、はあ……そうですね」
私の勢いに呑まれた護衛は、呆気にとられてひたすら首を縦に振るだけの人形みたいになっていた。
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