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12. 医者の診察
しおりを挟む(今日も雨……)
「……最近は天気が悪い日が多いですね」
「そうだな」
私が窓の外を見ながらそう口にすると、ナイジェル様も同調して頷いた。
けれど、その顔がどこか不満そうだったのであら? と思った。
「ナイジェル様は雨がお好きではない? もしかして体調が悪くなったりしますか?」
「……いや、そうではなく。ほら、雨だとマーゴットが庭の作業が出来ないだろう?」
「え?」
私が?
まさかの自分の名前が出たことに驚いて声が裏返ってしまう。
だけど、ナイジェル様の驚きの発言はそのまま続いた。
「作業している時の君は、嬉しそうに葉っぱに話しかけたりと、とにかく生き生きしていてキラキラしているからな。その姿が見られなくて俺も残ね……」
「まままま待ってくださいっ!」
「ん?」
雨が続いているから、私が庭の作業が出来なくて残念だろう…………これはまぁ、分かる。
だけど、私が作業している時の様子はなぜ! なぜ、知られているの!?
「……ナイジェル様、この部屋の窓からは確かに庭が見えます」
「そうだな」
「ですが、そこのナイジェル様が使われているベッドの位置からでは……窓の外は見えませんよね?」
「……!」
ナイジェル様がハッとした後、ボンッと顔が赤くなった。
そして、しまったと言わんばかりに口元を押さえて私から気まずそうに顔を逸らす。
「……ナイジェル様?」
「……っっ」
「ナイジェル様、あなた……私が庭の作業をしている時、ベッドを抜け出しているのでは?」
「……っっっ!」
ナイジェル様の全身がビクッと大きく跳ねた。
そして、おそるおそる口を開いた。
「そ、そこのま、窓際の椅子に腰掛けて、も、毛布にくるまって、マーゴットのよ、様子を見ている時がある……そ、それだけだ!」
「毛布に……!」
(何それ……み、見たい!)
毛布にくるまってちょこんと窓際に座っているナイジェル様の姿を想像したら、私の心臓がおかしなことになった。
私は赤くなったであろう自分の頬を手で押さえながら訊ねる。
「そ、その後、発作が起きたり具合が悪くなったり……していませんか?」
「大丈夫だ」
「……そ、それなら、まあ……」
だけど、油断してあんな顔やこんな顔していたのが見られていたと思うと……恥ずかしい。
いいえ、恥ずかしいなんてものじゃない。
これは今すぐ庭に穴を掘って埋まってしまいたい───
私の様子がおかしいと感じたのか、ナイジェル様が慌てだした。
「す、すまない……決して監視しているつもりじゃなかったのだが……その、マーゴットがいつも楽しそうなのでその顔をもっと……見ていた、くて……それで……」
「……っ!」
(い、色気の暴力!!)
シュンッと落ち込むナイジェル様の姿に、胸がキュンとして更には鼻血まで出そうになった私は慌てて鼻を押さえた。
「……マーゴットが、ふ、不快なら……もうしない……」
「~~~っ!」
だけど、そのとどめの一撃にやられた私は見事に鼻から赤いものが流れ出すという結果となった。
(とんでもない姿を見られてしまったわ……)
ナイジェル様の前で鼻血……という痴態を晒した私は駆け付けた使用人の手によって無事に救出され、自分の部屋へと運ばれた。
そして今は寝かされている。
「……ナイジェル様ったら、大声でマーゴットがーーーー! って私の名前を叫ぶんだもの……」
あのパーティーが行われた日以降、ナイジェル様は私のことをマーゴット嬢ではなく、マーゴットと呼んでくれるようになっていた。
距離が近付いた気がして、くすぐったい気持ちになる。
でも、あの大声は……さすが騎士。
「───奥様、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ。鼻血はすっかり止まったわ」
様子を見に来てくれたメイドに笑顔で答える。
私のその様子を見てメイドもホッとしていた。
「よかったです。ナイジェル様があんな大声を出すのは久しぶりに聞きました」
「そ、そう……?」
「特に倒れられてからは……呪いなどと言われては私たちにはどうすることも出来ませんから」
「……」
その言葉から、この家の使用人たちは、弱っていくナイジェル様を見ているのが辛くて辛くてしょうがなかったことが分かる。
「でも、奥様が嫁いでこられて屋敷の中も明るくなりました!」
「え?」
「実は婚約期間もなく結婚すると聞いたので、私たち使用人にも不安があったのですが、嫁いで来られたのが、奥様──マーゴット様でよかったです!」
「……!」
(マーゴットでよかった……?)
間違いで嫁いで来た私だったのに?
「私……本来なら身分も釣り合わなくて……可愛いわけでも美人なわけでもなく、華もないのに?」
ついつい、そんな言葉が口から出てしまった。
するとメイドは首を傾げながらそう言った。
「何を仰っているのですか? 奥様は可愛らしい方ですし、何より優しくて飾らない親しみやすいその雰囲気が、私たち使用人は好きですよ!」
「……」
「ナイジェル様は口下手なので、なかなか口にされないとは思いますけど、絶対に奥様のことは内心で可愛いと思っていますよ」
「え!」
「あ、奥様が照れた……」
恥ずかしかったけれど、こんな突然現れた私のことをそんな風に言ってくれる使用人がいるこの家が好きだなぁ、と思った。
「───あ、それで奥様。旦那様が今日はナイジェル様の定期検診の日なのでついでにお医者様に診てもらうとよいのでは? とのことで、下でお医者様が待機してくれています」
「お医者様が?」
単なる(興奮による)鼻血なのに!?
「はい、お連れしてよろしいですか?」
「え、ええ……」
待機されていると聞いて断るなんて出来ない。
それに……
寝れば治るけれど最近、妙に疲れやすいのも事実だし、一度診てもらうのもよいことなのかもしれない。
「何度もお目にかかってはいますが、ゆっくり話すのは初めてになりますね、奥様」
「はい、よろしくお願いします」
そうして私はお医者さまから診察を受けることになった。
「先程は鼻血が……と窺いましたが?」
「え? え、ええ、もうそちらは止まりました……ので、大丈夫……です」
私の声が裏返ったのでお医者さまは、おかしそうに笑った。
先にナイジェル様の診察をしていたそうだから、何があったかは想像がついているのだと思う。
「それでは他に気になる症状などは?」
「そうですね……」
私は疲れやすいこととか、たまに頭痛があることなどを話す。
すると、お医者様はふむっ……と唸った。
「……そういえば、奥様のご出身はプラウス伯爵家とお聞きしましたが?」
「はい。父がいつもお世話になっております」
お父様自身は医者ではないけれど、治癒能力を活かして昔からお医者様たちの手伝いをしている。
「……失礼ですが、確か話に聞いたところによるとお嬢様のあなたは能力が……」
「ええ、お恥ずかしながら授からなかったのです」
私がそう口にすると、なぜかお医者様は黙り込んでしまった。
「あの……? 何か?」
「いえ、奥様のその力の鑑定は鑑定士が?」
「はい。子供の頃から何度か確認してもらいました」
「……」
何かしら? 先程からお医者様は何だか不思議そうな顔をしている。
「実は……私も“鑑定”の力を持っていて、それで医者をしておりますが……」
「は、はい」
「奥様からは少し変わった“力”を感じる……のです」
「え? それはどういうことですか? 私には何かの力がある……ということですか?」
これまで一度も言われたことのない言葉に私は驚き、興奮した。
「ただ……」
けれど、私の質問にお医者様は顔を曇らせた。
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