8 / 34
8. あなたの為に
しおりを挟む「……くっ……うっ」
「ナイジェル様! 大丈夫ですか!?」
「す……すまな……」
今日もいつものようにナイジェル様の元で話をしていたら、突然苦しみ出した。
咳き込むことが多かったけれど、今は全身が痛そうだった。
(午前中は治癒魔法と解呪魔法の両方の治療を受けていたのに!)
ナイジェル様の元には王家から派遣されたそれぞれの能力者が治療に当たっているのだけど、やはり効果がみられていない。
(こんな頻繁に発作を起こしていたら体力が奪われるばかりだわ……!)
おそらく騎士として体を鍛えていたナイジェル様だからこそ、この呪いに耐えられているのではないかと思う。
もし、鍛えてもいない普通の人が同じ状態に陥ったら……
想像するだけでゾッとした。
「ぐっ……」
「ナイジェル様!」
苦しそうなナイジェル様の手を取って両手でギュッと包み込むように握る。
「大丈夫です、大丈夫ですよ?」
私は必死にナイジェル様に向かって声をかける。
「ハァハァ……だ、い……」
「そうです。大丈夫! すぐに治まりますから」
「くっ……マーゴッ……」
「はい、私はここにいますよ」
(こんなことしか出来ない自分が悔しい)
私がこうして手を握るのは、お父様がずっとそうしてくれていたから。
子供の頃に身体の弱かった私が苦しんでいた時は、いつもお父様はこうして手を握ってくれた。
そうしてもらうと身体がだんだん楽になっていった。
だから、自分には力が無いと分かっていても、お母さんが苦しそうな時も私はいつも手をたくさん握ることにしていた。
───不思議ね、マーゴットがこうしてくれていると、旦那様の治療より落ち着ける気がするわ。
(なんて口にしてお父様がショックを受けていた時もあったっけ……)
「ナイジェル様、大丈夫、大丈夫です」
「……っ、…………っっ」
「!」
荒かった呼吸が少し落ち着いてきたかも!
だけど、すごく手が熱いからこれはかなり熱も上がっていそう……
(ナイジェル様……! 頑張って!)
「…………っ! ん……」
途中、私の方が少しクラッと目眩がした気がしたけれど、とにかく私は早く良くなるようにと祈りを込めて手を握り続けた。
───
(……んー……また、少し身体が重い……かな?)
ナイジェル様の容態が落ち着いたことを確認した私は公爵様の元へと向かった。
「実家に、薬草を取りに行きたい?」
「はい」
不思議そうな様子の公爵に私は説明をする。
「ナイジェル様、発作が頻繁なのでかなり体力消耗していると思うのです」
「ああ、それは医者からも言われている」
「治癒魔法を使ってその時は回復しても、結局呪いの力の方が上回ってしまってあまり意味をなしていませんよね?」
「確かにその通りだが……」
それならば、どこまで効果があるかは分からないし変わらないかもしれないけれど、即効性よりも体質の強化に目を向けたらどうかと思った。
(呪いがジワジワくるんだもの、それならこっちもジワジワ体力強化して相殺よ!)
「実家の庭にいくつか体力強化効能のある薬草があったはずなので、少しでも役に立てたらな、と思うのです」
「マーゴット嬢……」
公爵様には少し涙ぐみながら何度もありがとう、すまないとお礼を言われた。
「……マーゴット!?」
「お父様、ただいま!」
突然帰宅した私をお父様がオロオロした様子で出迎える。
顔が真っ青だ。
「ま、まさか、とんでもない粗相して結局、もう公爵家から追い出され……」
「ち、違うから! 薬草を取りに来たの!」
私は慌てて首を振って否定する。
「薬草? そ、そうか……あぁ、ナイジェル殿のためか」
「そうよ!」
私が笑顔で答えたらお父様はホッと胸を撫で下ろす。
その顔を見てやっぱり、すぐに離縁とならないで良かったと思った。
「うまくやれているなら良かっ…………ん?」
「どうしたの? お父様」
早速、腕まくりして庭に向かおうとした私の顔をまじまじと見たお父様が怪訝そうな表情になる。
「マーゴット、お前少し疲れていないか?」
「え? あ……うん。少し身体が重いかな、とは思っていたけれど?」
「……ちょっと庭に行くのは待ってそこに座りなさい!」
「え? あ、ちょっ……」
お父様はそう言って強引に私を一旦座らせると、額に手を置いた。
(……あたたかい)
重かった身体が軽くなっていくのを感じた。
「……少しどころか、かなり疲れているじゃないか」
「あら、お父様。新しい生活が始まったのだからそれは仕方がないと思うの」
「……それはそうだが」
お父様はやはり公爵家の嫁ともなると気苦労も……などとブツブツ呟いている。
「マーゴット、お前は昔から疲労を蓄積してしまうタイプなのだから───って、人の話を聞きなさい!」
「え? でもお父様のおかげでもう元気になったわ! だから早く庭に……」
私が再度腕まくりをしているのを見たお父様がギョッとしていた。
「いや、そんなに急がんでも……」
「え? でも、早く持って帰ってお茶にしてナイジェル様に飲ませてあげたいんだもの!」
「マーゴット……お前!」
「では、庭に行ってきまーす!」
「こら! マー……」
私はそう言ってお父様の前から飛び出した。
「……」
(お父様の様子……変わらなかったなぁ)
廊下を進みながら私はそんなことを考えていた。
今回の求婚が人間違いだった件は、公爵様がお父様の元に出向いて直接謝罪したという。
「よりにもよってプラウズ家だとーーーー!?」
お父様は話を聞いて最初はそう怒ったらしい。
けれど、そもそもの家名が紛らわしい問題から始まり、色々と確認を怠ったこちらにも落ち度があったことも含めて、最終的には私の気持ちを尊重してくれることになった。
「……お父様、私ね? もう一度元気になって剣をふるうナイジェル様の姿が見たいの」
だから、しばらくはこの我儘を許して────……
ナイジェル様の為に使えそうな薬草を見繕って公爵家に帰宅した私は、そっとナイジェル様の様子を窺う。
(まだ、眠っているみたいね)
私はそっと部屋の中に入りナイジェル様の手を取る。
「ナイジェル様! 色々持ってきましたよ! あ、中には苦いのもありますけどそこは我慢してくださいね!」
「……」
何となくだけど、子供みたいに“苦いの嫌だ”とか言いそうな雰囲気があるのよね。
そんな姿を想像するだけでつい笑ってしまう。
「……早くナイジェル様が元気になりますように」
私は、心からそう願う。
呪いが解けるまで───そう言ったのは私。
だから“その時”が来れば、きっと“別れ”が待っていると分かっていても。それでも願わずにはいられない。
その後、目覚めたナイジェル様に薬草を煎じたお茶を淹れたところ、予想通りの反応をしたので大笑いしたら、ちょっと不貞腐れていて可愛かった。
「これは嫌がらせか!」
なんて言っていたくせに、よくよく見たら律儀に全部飲み干していたので、これまた私の笑いが止まらなくなった。
───そんな日々を送っていた私の元に一通のパーティーの招待状が届く。
それは、フィルポット公爵家に嫁いでから初めての社交場への誘いだった。
154
お気に入りに追加
4,902
あなたにおすすめの小説

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

近すぎて見えない
綾崎オトイ
恋愛
当たり前にあるものには気づけなくて、無くしてから気づく何か。
ずっと嫌だと思っていたはずなのに突き放されて初めてこの想いに気づくなんて。
わざと護衛にまとわりついていたお嬢様と、そんなお嬢様に毎日付き合わされてうんざりだと思っていた護衛の話。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

【完結済】侯爵令息様のお飾り妻
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
没落の一途をたどるアップルヤード伯爵家の娘メリナは、とある理由から美しい侯爵令息のザイール・コネリーに“お飾りの妻になって欲しい”と持ちかけられる。期間限定のその白い結婚は互いの都合のための秘密の契約結婚だったが、メリナは過去に優しくしてくれたことのあるザイールに、ひそかにずっと想いを寄せていて─────

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。
MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。
記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。
旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。
屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。
旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。
記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ?
それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…?
小説家になろう様に掲載済みです。

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~
春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。
6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。
14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します!
前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。
【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる