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6. 揺れる想い
しおりを挟む私はカッと頬が熱くなった。
(ずるい……ずるい、ずるい……!)
こんな時にそんな顔でそんな言葉を口にするなんて!
弱っている時にふと出てくる言葉は取り繕ったものではなく、本音なのだと分かってしまうからこそ……
(ずるい……)
「そ……それなら、落ち着くまでこうして手を握っていますから……」
「ケホッ……マーゴット嬢?」
私はナイジェル様に握られた手をギュッと握り返す。
「私、子供の頃に少し身体が弱かった時期があったんです」
「……え?」
ナイジェル様の瞳が心配そうに揺らいだので私はそっと微笑んだ。
「あ、今は健康ですよ? ですから、苦しい時にそばに人がいてくれる安心感とか、手を握られてホッとする気持ちは分かります」
“呪い”のことは私にはよく分からないけれど、苦しくて辛くて心細くなるあの気持ちはきっと同じだと思う。
病気で苦しんでいたお母様だって私が手を握ると、嬉しそうに微笑んでくれたから。
「マ、マーゴット嬢…………ケホンッ」
「……そ、そういうわけですから、話は一旦中断です。休んでください、ね!」
「す、すまな……ケホッ」
「ナイジェル様。こういう時に口にするのは“すまない”という言葉ではないと思いますよ?」
「……!」
そう思って口にした私の言葉にナイジェル様は驚いたのか目を見開く。
(だって、マイナスの言葉ばかり口にすると、良くなるものも良くならない気がするのよね)
少しだけ何かを考えた表情を見せたナイジェル様は、さすがに元気はなかったけれど笑ってくれた。
その笑顔にトクンッと胸がときめく。
「ケフッ…………そ、そうだな────ありがとう、マーゴット嬢」
その笑顔と言葉に私も微笑みを返した。
しばらくして、スースーと寝息が聞こえて来た。
「……ナイジェル様?」
「……」
小さな声で呼びかけてみるも、反応がないので眠ってしまったらしい。
穏やかな寝息だけが部屋の中に響く。
それが苦しそうな息ではないことに安心した。
「昨日もすぐに眠ってしまっていたけれど……」
ナイジェル様の受けた呪いが体力や気力をどんどん奪っていくものだとするなら、騎士であるナイジェル様にとって、この状況はすごく辛いはずだ。
「あなたは剣を握っている時が一番素敵で格好良かったもの……」
そんなあなたを私は、他の令嬢と同じく遠くから見つめてこっそりと憧れていた。
私はその他大勢の中の一人。
お近づきになるなんて、考えたこともなかったし思ってもみなかった。
「……ナイジェル様。あなたが傍若無人に振る舞うような嫌な人だったなら……」
そうしたら、お父様を悲しませることになろうとも周りに何を言われようとも、今すぐ離縁届けをその綺麗な顔に叩きつけて出ていくのに……
「でも、それだと私の男性を見る目がなくなっちゃうわね……ふふ、それはちょっと嫌かな──……ん……?」
そんなことを考えていたら、少し自分の身体が重くなった気がした。
同時に急な眠気にも襲われる。
(ん~……? 緊張……していたから、かなぁ?)
「……少しだけ、私も…………眠っ……」
ナイジェル様の手を握ったまま、私も眠りの世界へと落ちていった。
✳✳✳✳✳✳
「───父上、説明してくれませんか?」
ナイジェルは妻、マーゴットの置いていった離縁届けと別れの手紙を握りしめながら父親を問い詰める。
「……」
「俺の呪いが解けたのは何故ですか? 解呪方法が見つかったという話は聞いていなかった」
「それは……半信半疑だったからだ。お前に期待だけさせて……というのは」
「では、誰が? どうやって解いてくれたのですか?」
「……」
ナイジェルは“またか”と思った。
父親の公爵はここまで訊ねると無言になってしまう。
なぜ、そこまで頑なに口を閉ざす?
「マーゴットだって……」
昨日までは普通に変わらずそばにいてくれた。
俺の呪いが解けたから、マーゴットの心配事はなくなり安心して出て行った……手紙からもそう読み取れる。
だが……
この妙な胸騒ぎはなんなのだろうか。
「───プラウス伯爵家に行く。早馬で連絡を」
「ハッ! ま、待て! ナイジェル! お前、マーゴットを探すつもりなのか!?」
とたんに父上が焦りだした。
「手紙からも分かるだろう? 彼女はお前の呪いが解けたのを確信して自分の意思で出て行った……!」
「……そのようですね」
マーゴットは俺の呪いのことをずっと心配してくれていた。
「なのに、それを無理やり探して連れ戻そうというのか!?」
「……」
父上の言いたいことは分かる。
でも……
「戻って来て欲しい……とは思っている。だが、それは俺の一方的な身勝手な感情だ。だから、会って無理やり連れ戻そうとは思わない」
「ナイジェル?」
だけど、知りたい。
手紙ではなくマーゴットの口からちゃんと聞きたい。
だって、俺が見て来た彼女はこんな不義理なことをするような人じゃない。
だから理由があるはずなんだ。
「とにかくマーゴットから話を聞きたいんだ!」
ナイジェルはその足で彼女の……マーゴットの実家であるプラウス伯爵家を訪ねた。
「……お待ちしておりました」
事前に連絡を受けたプラウス伯爵家の当主はそう言って俺を出迎えてくれた。
これまでのことを責められるつもりで訪ねてきたが、その様子は見受けられない。
「マーゴットはここにはいません」
「……そう、ですか」
まぁ、そうなのだろう。そんな予感はしていた。だから、驚きはない。
「……ですが、ナイジェル殿、あなたがもし我が家を訪ねて来たら、渡して欲しいと事前に頼まれたものがあります」
「え?」
「こちらの手紙です」
マーゴットの父、プラウス伯爵はそう言うと懐から手紙を出して俺に差し出した。
(まさか、マーゴットは俺がここに来ることを見越して……?)
そうなると、なんと書いてあるかは読まなくても分かる気がした。
きっと、“探さないで欲しい”などと書いてあるのだろう。
「……」
(今の俺は、離縁を突きつけられて嫌だ、とごねるただのしつこい男……なのだろうな)
このままマーゴットを探すことは彼女の意思に反することだ、と分かっていても、それでも俺は簡単に諦められなかった。
✳✳✳✳✳✳
「………んっ? …………あ、あぁあ!?」
すっかり寝落ちしてしまっていた私は、目が覚めるとガバッと起き上がった。
「ハッ! ナイジェル様は……手、手は繋いだまま!」
慌ててナイジェル様の様子を確認すると彼はまだ眠っていた。
穏やかそうなので発作に苦しんでいる様子もない。
「良かった……」
ホッと胸を撫で下ろす。
「私も一眠りしたおかげなのか身体も軽くなったし……ナイジェル様の目が覚めたら話の続きをしないとね」
私はチラリとナイジェル様の寝顔を見る。
ナイジェル様はどうするおつもりなのだろう?
「やっぱりすぐに離縁……? だって本当に好きな人───マーゴ嬢にさっさと求婚したいわよね……?」
こうしている間にも人気の彼女は誰かと婚約してしまうかもしれないのだから。
「───そう思うと、もう少しここにいさせて……と思ってしまう私は酷い女……になるのかしら」
「……」
ナイジェル様は穏やかな顔でまだスヤスヤと眠っていた。
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