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5. 無理は禁物
しおりを挟む「───本当に本当に申し訳ないことをした……すまなかった」
「ナ……ナイジェル様」
ついにやって来た話し合いの場。
私が部屋に入るなり、頭を下げたナイジェル様。
その様子は昨日のナイジェル様の父親である公爵の姿と全く同じだった。
(既視感がすごい! やっぱり親子!)
なんて思ってしまったけれど、今はそんなことを考えている場合ではないのだと思い出す。
この方は体調が万全ではないのだから、頭を下げさせ続けるのは絶対に身体に良くない。
「父上からも話を聞いた…………本当に申し訳ない」
「ナイジェル様……と、とりあえず! か、顔を上げてください!」
「だ、だが……」
私の言葉に戸惑う様子のナイジェル様。
気持ちは分かる。とーーっても分かるわ。
私だってナイジェル様と同じ境遇におかれたら、絶対に頭を下げ続ける自信があるもの!
でもね……
今はこれだけは言わせてもらうわ!
私は息を大きく吸って吐いてから声を張り上げた。
「───そんな体勢を続けて、また発作が起きたら困ります! だから顔を上げてくださいっ!」
「!」
自分でもびっくりするくらいの大きな声が出た。
ナイジェル様は私の言葉にビクッと身体を震わせた後、ハッとして慌てて顔を上げた。
「あ、ああ。マーゴット嬢の言う通りだ……す、すまない」
「……っ」
(す、素直……)
そのあまりにも素直な言葉と動きに加えて、シュンッと落ち込む様子……という、これまで全く知ることが出来なかったナイジェル様の一面を見てしまい思わず私の胸は高鳴った。
(って、ダメダメ……ドキドキしている場合ではないわよ!)
そんな高鳴る胸をどうにか抑えながらナイジェル様に向かって言う。
「昨日、公爵様とも話をして事情は分かりました。ですから、もう謝らないでください」
「……」
だってこれは不運が重なってしまった結果なのだから。
ナイジェル様の方こそショックは大きかったはずよ。
けれど、ナイジェル様はまだ何か言いたそうな表情をしていた。
「あの……?」
「違う。婚約の件もそうだが……俺がマーゴット嬢に謝らなくてはならないことは、それだけじゃない」
「え? それだけではない?」
「……俺は君に酷いことを言った」
ナイジェル様のその言葉に私はびっくりした。
「酷いこと、とは」
「───君じゃない、なんて最低なことを言った」
「……!」
まさか、そのことを謝られるなんて思いもしなかった。
「いくら動揺したからといっても、口にしていいことと悪いことがある…………本当にすまない」
「ナイジェル様……私は大丈夫ですから、お気持ちは分かりますし」
だって絶対、私が同じ立場でも言ってしまうわ。
例えば今回みたいに、ナイジェル様の元に嫁いで来たのに違う人が現れたら「あなた誰?」ってね。
「だが……」
それに、私は“じゃない方”のマーゴだもの。そんなことは慣れ──
「……君は自分のことを“じゃない方”と呼ばれていると言った」
「え? あ、はい……」
じゃない方───
まさに、ちょうど頭で考えていたことを言われたのでびっくりした。
「知らなかったとはいえ、俺の口にした言葉はそんな君を更に傷付ける言葉だったはずだ……」
「…………え? 知らなかった……?」
更に告げられた言葉に驚いた。
「すまない。俺は剣ばかりふるっていて社交的の噂には明るくないんだ」
「で、ですが、マーゴ・プラウズ伯爵令嬢と関わっていれば、自然と耳に入って来ていませんか?」
「え? 関わる?」
「え?」
なぜか、ナイジェル様が不思議そうに首を傾げる。
私も私でナイジェル様の反応に首を傾げる。
「関わるも何も……マーゴ・プラウズ伯爵令嬢と俺は、まともに口を聞いたことすらないが?」
「……ですが、マーゴ嬢はナイジェル様が求婚したかった相手なのですよね?」
昨日、公爵様が“私”と勘違いすることになった決定打が相手のことを“癒されるんだ”と言っていたからだって。
え? あれは? 一緒にいて“癒される”という意味では……?
「そ、それは……! て、手紙にも書いてあっただろう? ひ、一目惚れした……と」
「……え、ええ、書いてありました……が」
少し照れた様子で語るナイジェル様を見て私は思った。
もしかして、この方、私みたいに……見ているだけの片想いをしていたのでは?
癒し発言も、本当に彼女のことを見ていて癒されていた……という意味なのでは……?
「……」
「……」
「……」
「……マーゴット嬢?」
私が黙り込んでしまったからか、ナイジェル様が不安そうな表情を浮かべる。
(す、すごいギャップなんだけど!?)
剣をふるっている時はあんなにも凛々しいお姿なのに……
これは、素? 素なの? それとも、呪い……呪いのせい!?
私の胸がよく分からない方向でドキドキしてしまう。
なので、これはもう本題に入ってしまった方がいいと思った。
「ナイジェル様……求婚間違いの件も発言のことももうお互い気にするのはやめましょう」
「マーゴット嬢……」
「今、私たちが気にすべきことは……この既に成立しているという結婚をどうするか……! です」
「……あ、ああ」
ナイジェル様もコクリと頷いた。
昨日の公爵様もそうだったけれど、その姿を見て少し意外だな、と思った。
(正直、人違いだったのだから離縁だ! さっさと出て行け! そう言われてもおかしくないと思っていたわ)
それなのに公爵様もナイジェル様もすごく気を使ってくれている。
使用人たちもそう。
人間違いで嫁いで来たと判明しているのに、私のことを無下に扱うことは決してない。
「…………ケホッ」
「ナイジェル様!?」
「ケホッ……あ、す、すまない……ケホッ」
ナイジェル様がまた急に咳き込みだした。
「あああ、やっぱり! 無理は禁物なんですよ……! 横、横になってください!」
「……ゲホッ……す、すまない」
この部屋では横になれるのはソファくらいしかない。
それでも座っているよりはマシなはず。
「公爵様を呼んでお医者様に連絡してもらいますか?」
「ケホッ……いや、大丈夫……だ。横になれば楽になる……はずだ、失礼」
「……」
そう言ってフラフラの青白い顔でソファに横になるナイジェル様。
呪いを受けてからもう一月もこうして、ずっと苦しんでいるんだと改めて思わされた。
(……解呪は無理だけど、せめて私に癒しの力が使えたら)
そうしたら、発作の苦しみくらいなら和らげる事が出来たかもしれないのに。
「……ごめんなさい」
「……? ケホッケホッ……なぜ、マーゴット嬢が、謝……る?」
「手紙にも書きましたが、私はプラウス伯爵家の者なのに治癒魔法が使えませんから」
「……」
「なんのお役にも立てません……」
私が落ち込みながらそう口にしたら、ナイジェル様はそっと私に向かって手を伸ばして来た。
「あ、の……?」
「ゲホッ……昨日、マーゴット嬢は発作で苦しんでいた時……」
「昨日?」
「こ、んな風にお、俺の手を握って、くれなかったか? ケホッ!」
そう言ってナイジェル様が私の手を握る。
バ、バレていたーー! そのことに一気に恥ずかしくなった。
「そそそそそれは! ですね……」
「ケホッ……不思議……なんだが、すごく心地良か、った……」
「え?」
「──俺、は能力の有無……よりも…………ケホッケホッ」
「!」
ナイジェル様は、キュッと私の手を優しく握ると“そういう咄嗟の心遣いの方が嬉しい”と口にした。
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