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2. 公爵家へ
しおりを挟む「病で伏せっている……」
やっぱり、任務中に負った怪我というのが原因なのかしら? 相当酷いのね。
だから、父親の公爵様が代わりに手紙を……
そこでハッとする。
(もしかして、ナイジェル様は状態があまり良くない?)
そんなことをグルグル考えながらも、お断りする理由がないので受諾の返事を送ったところ、待ってましたと言わんばかりにすぐに返事が来た。
「出来れば早めに公爵領に来て欲しい、ですってお父様」
「マーゴットがいいなら構わぬが……」
「私は構わないわ」
実際、半信半疑だけれど、ひそかに憧れていた方が本当に私のことを見初めてくれて結婚を望んでくれているというのなら、やっぱり嬉しいもの。
「しかし、手紙のやり取りの相手は全て公爵閣下なんだな。ナイジェル殿本人は文字を書くのも辛い状態……ということか?」
「そうみたい……私に“力”が使えたらお役に立てたかもしれないのに」
「マーゴット……」
この国の貴族は皆、魔力を持っている。
その中でも得意とする分野がそれぞれあって、私の家系は治癒能力に長けているのだけど、なぜか私は魔力そのものはあるのに治癒能力が全く使えない“無能”だった。
色々調べたけれど私が無能の原因は分からず、そういう“体質”だとされた。
「我がプラウス伯爵家は確かに治癒能力持ちの家系だが、マーゴットが力を使えないことは、手紙にも書いたのだろう?」
「ええ、そうしたらそれでも構わない……と」
実はあまりにも、ひ、一目惚れ? される理由に心当たりがなかったので“治癒能力”目当てなのかも……と疑ってしまった。
よって受諾の返事の手紙の際に、自分はプラウス伯爵家の得意とする治癒能力が使えないことも書き添えておいた。
そして、届いた返事がそれでも構わない───
つまり、治癒能力目当てではない、ということ。
その言葉が、本当に私を望んでくれているように思えて嬉しかった。
「それに、治癒能力の力そのものも万能ではないものね?」
「ああ、残念なことにな……寿命には勝てん」
私のお母様は昔から体が弱かったそうで、私が子供の頃に病気で亡くなってしまっている。
でも、私を産んだりしながらもそこまで生きられたのはお父様の治癒魔法のおかげだったとか。
そうして、びっくりするくらいにとんとん拍子に結婚の話は進み、私はドキドキしながら公爵領に向かうことになった。
───そこで、どんな言葉が待っているのかも知らずに。
「初めまして! プラウス伯爵家のマーゴット・プラウスと申します」
公爵様を含めて、公爵家の方々は私を温かく迎えてくれた。
(正直、ここまで来ても半信半疑だったけれど……これは大丈夫なのよね?)
「息子……ナイジェルは今、眠っているので目が覚めたら顔合わせにしよう」
「は、はい!」
「ナイジェルもそなたに会えるのを心待ちにしていた」
「あ、ありがとうございます……」
(ナイジェル様は眠っている……それなら今のうちに、聞いてもいいのかしら?)
そう! 手紙ではあまり詳しく聞けなかったナイジェル様の容態について!
「あの、失礼ですがナイジェル様の容態……というのは今?」
「ああ、そうだったな。まだ詳しく説明していなかったか。すまない」
「私が聞いた……というより王都での噂は任務中に大怪我を負って療養中とのことでしたが?」
私がそう口にすると、公爵様は少し渋い表情になった。
「確かに任務中の事故なのだが───ナイジェルが受けたのは正確には“呪い”だ」
「の、呪い?」
「討伐対象だった魔物の呪いだ。倒される直前に攻撃者に付与するという」
「───!」
私は息を呑んだ。
聞いたことがある。
その魔物が死に際に発する呪いの攻撃は、時間をかけてじわじわと体力や生命力を奪っていくものなのだとか……
(なるほど……だから、私に治癒能力があってもなくても構わなかったんだわ!)
怪我や病気を癒す治癒能力と、呪いを解く解呪魔法は別だから。
「の、呪いの解呪は?」
「試みた……が、ナイジェルの受けた“呪い”はとても強く複雑化してしまっているようで、相当な力のある解呪魔法の使い手でないと一度で解呪するのは無理だと言われてしまった」
公爵様が言うには今は少しずつ呪いの解呪を進めているけれど、それは呪いの進行を食い止めるのに精一杯というところらしい。
(つまり、良くもならないけど、悪くもならない)
私はここまで聞いて、妙に結婚話の進みが早かった理由を理解した。
「つまり、この結婚を急いだのは……」
「この件で、ナイジェルがかなり気落ちしていてな。このままでは……と医者に言われた」
「……」
「どうにか元気づけなくてはと思った時、思い出したのだ。以前、見初めた令嬢の話を。話には聞いていたが伯爵令嬢というのでずっと求婚には反対を……だが」
ここに来て万が一のことも踏まえて息子の願いを叶えたくなった……そういうことね?
「必ず、呪いは解呪させる……だから……マーゴット嬢にはすまないが……」
「お話は分かりましたが、出来れば最初にその話もしていて欲しかったです」
「申し訳ない」
公爵はがっくり項垂れた。
「……だが、ナイジェルから聞いた“君”の様子なら、この話を聞いても受け止めてくれるだろう……そう思ったのだ」
「そ、それは……私を買いかぶりすぎです」
(確かにこの話を事前に聞いていても、ここに来ることを選んだとは思うけれど)
────
そうして、私は公爵様との話を終えると部屋に案内されて、ナイジェル様が目覚めるのを待つことになった。
「まさか怪我ではなくて……呪いだったなんて。療養生活が長いわけだわ……」
次期騎士団長になれる、とも言われていたほどの方なのに、こんな形で戦線離脱して療養することになるなんてさぞかし辛いわよね……
「私に解呪の力があれば良かったのに……なーーんて無いものねだりしてもしょうがないわよね! 私は“妻”として、これから彼を支えるわ!」
いったい、いつどこで見初められたかは分からないけれど、“妻”として頑張ろう!
そう決めた。
その後、荷物の整理をしたり、公爵家の邸内の案内を受けるなどして過ごしていたら、遂に……使用人が私を呼びに来た。
「ナイジェル様……が目覚めた?」
「はい! マーゴット様が屋敷に到着したことを伝えたらすぐにお会いしたい、と」
「わ、分かりました!」
(ようやく……ようやく対面の時……!)
私はドキドキする胸を押さえながら、使用人に案内されてナイジェル様の元に向かった。
そして────
「プラウス伯爵家のマーゴット・プラウスです。本日からよろしくお願いします」
「ナイジェル、喜べ! 今日からお前の妻として彼女を迎えることが出来たぞ!」
ようやく対面を果たせた夫───ナイジェル様に私はそう挨拶をしたのだけど、なぜか彼の顔が驚きでいっぱいになっていた。
「……? あの?」
「ナイジェル? どうした?」
公爵様も息子の様子が変だと思ったのか、眉をひそめながらナイジェル様に問いかける。
ナイジェル様は驚きの表情のままポツリと言った。
「……マーゴット・プラウス伯爵令嬢……?」
「は、はい!」
私が返事を返した瞬間、ナイジェル様はベッド脇のチェストの引き出しを開けて手紙を取り出した。
それはおそらく今回の結婚に関するやり取りをした手紙と思われた。
(……?)
そして、ナイジェル様は封筒をひっくり返して何度も何度も宛名や手紙の内容を確認していた。
するとそこで何かに気づいたようにハッとした様子で固まり、そしてポツリと呟いた。
「…………違う」
「え?」
「ナイジェル?」
私と公爵様が同時に首を傾げる。
ナイジェル様は顔を上げてそっと私に視線を向けると、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
手も震えていたのでかなり動揺しているのが窺える。
(嫌な予感……)
そして、彼は目を伏せながら私にこう言った。
「君じゃない」
─────と。
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