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第12話

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「私の望みは……」

  最後まで口にする前にそっと会場内を見渡す。
  ダメだわ。人が多くてどこにいるのか見つけられない。

  
  ──でも、先生、来てくれているわよね?  ちゃんと私の姿を見てくれている?


  そう信じて私は言葉を続ける。


「この学校の教師、ラリー先生……彼が望み歩んで行くこれからの道に対する支援をお願いしたい──これが私の望みです」

  もともと静まり返っていた会場だったけれど、ビックリするくらい反応が無かった。
  まぁ、そうなるわよね。
   コイツ何言ってるんだ?  そう思われても仕方ない事を口にしたわ。

「……はて?  どういう意味だ?」

  陛下も意味が分からないって顔をしていた。
  大変!  しっかり説明しないと願い事が叶えて貰えないかもしれない。

  私は息を吸って吐いて心を落ち着かせてから答える。

「卒業試験の少し前の事でございますが、この学校内でひと騒動ございました」
「ほぅ」
「その騒動により、この学校の教師であるラリー先生が今後退職せざるを得ない状況になっております」
「ふむ。なぜ、そなたがその教師の事を気にするのかは知らぬが、それならば普通、願うならその教師の復職だろう?  何故、彼がこれから歩む道への支援を求める事になるのだ?」

  陛下は不思議そうに首を傾げる。

「こんな言い方をしましたが、私の願いはなのです。ですから先生が復職したいのなら、その通りに。そうでなく、先生が教師ではない別の違う道に進みたいのならば、それに対する支援を求めております」
「あぁ、そういう事か……」
「私には、先生がが分かりません。ですからこのような内容とさせて頂きました」

  私がそう言って頭を下げると陛下が愉快そうに笑い出した。

「はっはっは!  さすが、トランド家の娘だな!  そなたも母親のようにこのたった一度きりの願い事を自分の為でなく別の人間の願いを叶えろと言うのだな!」
「……先生は私にとって何にも代えがたい、かけがえのない大事な人なのでございます」

  私は陛下の目を真っ直ぐに見つめて答えた。

「なるほどな。しかし、そんなに大事ならその教師との未来を願おうとは思わなかったのか?  思うにその教師は平民なのだろう?  そなたの父や兄は身分違いの大事な人と生きる為の未来を願っただろう?」
「……」

   ──全く考えなかったわけではないわ。先生と生きる未来を。
  お父様が願った“婚姻の自由”のような願いを私にもって。

  でも、それはやっぱり願い事には出来なかった。

  先生の気持ちも、分からないのにそんな事は願えない。
  それに、貴族と平民の垣根を越えての婚姻の自由を私だけが叶えてもらうのは嫌だ。

  (レーナさんが泣いてたように、他にも苦しい恋をしている人は沢山いるはずだから)

  ……だからこそを考えたのだけど。
  だけど、その願いよりも私はラリー先生を選んだ。

  私を助け、見守ってくれて、最後は自分を犠牲にしてまで守ってくれようとした先生が本当に幸せになる道を見届けたい。その一心で。


「私が望むのは、あくまで先生の幸せですから」

  私は微笑みながらそう答えた。

「そうか……ではその教師の望みを聞かねばならんな……しかし、……か」
「……」

  そう言えば、先生は何処にいるのかしら?  
  私の願い事を聞いたら、何かしらの反応があると思ったのだけど……静かだったわね。
  まさか、会場に来ていない……なんて事無い、わよね……?

  とたんに不安になった。

「……あぁ、急いでここまで走って来たのか。ははっ!  まさかとは思ったが、ラリーとはだったか」

   ──え?

  私が不安になっていると、突然陛下が私の後ろを見て笑い出した。
  陛下の言葉に疑問を覚えながら、私は慌てて振り返った。

  (先生だ……!)

  振り返るとそこには間違いなくラリー先生が立っていた。
  はぁはぁ……と肩で息をしている事から、会場内のどこからか慌ててここまでやって来たに違いない。
 

「……エマ?  その願いはいったい……どういう事だ……?」

  先生が小さな声でそう私に問いかける。
  私は微笑みながら答える。

「お話した通りですよ、私の願いは要約すると、お母様と同じで“先生の願いを叶えて”です!」
「だから、何で……」
「先生は私をたくさん助けてくれました。そして、最後には自らを犠牲にして私を庇ってくれました。そのお礼ではダメですか?」
「お礼の規模では無いだろ!?  首席卒業の願い事だぞ!?」
「私のどうしても叶えてもらいたい願いは、先生の幸せ、なんです。だから受け取って下さい」
「……だから、何でそこまでするんだ!?」

  あぁ、もう!  先生の分からず屋!!

「先生の事が好きだからです!!」
「……は?」

  先生がポカンとした顔で私を見つめる。その瞳は驚きでいっぱいだった。

「私もお母様と同じです。自分の事より好きな人の幸せを願っただけです。それは決しておかしな事では無いはずです」
「エマ……」

  今ならお母様の気持ちがよく分かるの。
  きっと、当時この場に立っていたお母様もこんな気持ちだった──……

  よく聞かされたわ。
  この時のお母様はお父様には別に好きな人がいると思ってて、その人とお父様が結ばれる事を願ってお父様に願い事を託したんだって。
  自分の恋を叶えるより、相手の幸せを願ったお母様。お父様はお母様が好きだったから結局は勘違いだったみたいだけど。

  私だって、この恋が叶わないならせめて……せめて先生には幸せでいて欲しいの。

「…………」

  先生は呆然としていて言葉を失っていた。

  先生からしたら何て迷惑な事しやがってと思ってるでしょうね。
  私の気持ちもきっと迷惑に思われてるはずだし、プライドもあると思うわ。

  これはあくまで身勝手な私の自己満足な願い事だから。
  だから、先生がこれからの人生の支援を望むなら受け入れてくれればいいし、必要ないなら必要ないとこの場で切ってくれればいい。


  ───願い事は、先生の為に使う。


  あの日、そう決心したけれど、先生が何を考え望んでいるのか私には分からなかった。
  教師を続けたいのかそうでないのか。
  学長先生の話から、当時の先生には教師以外の選択肢が無さそうだったから。

  だから、これからは誰にも邪魔されず好きな事をして欲しい。
  そう出来るような願い事にしたかったのよ。


「──ははは!  これはますます面白い事になったな!  まさかこんな展開になるとはな!  さて、お前はどうするつもりなんだ?」
「……」

  陛下が突然、笑い出してラリー先生にそう問いかけたけど、先生は無言のままだった。
   面白い事って?
  それに、何で陛下は先生に対してそんなに親しげなのかしら?

「あぁ、そうか。知らないのだな、トランド伯爵家の娘、エマーソン」
「何を……でございましょうか?」

  私の困惑が伝わったのか、陛下は不敵に笑いながら言った。

「たった今、そなたが願い事を託したその男は、そなたの願い事によって事になるのだ。これはまさに前代未聞だな!」
「!?」

  二つの願い事?
  どうして?  願い事は一つでしょう?

  意味が分からず驚く私を横目に陛下はラリー先生に向き合った。


  ……そして、こう言った。



「そうだろう?  7年前の首席卒業の願い事が保留のままだったからな────7年前の首席卒業者、よ」

「…………っ!」

  陛下のその発言に先生は明らかに動揺を見せた。

「え!」

  そして私は驚きの声をあげた。


  ローレンス……殿下!?
  って、あの願い事の欄が空欄だった王子様?

  誰が?  誰の事を言ってるの……??

  先生が……ラリー先生が、そのローレンス殿下だったと言うの!?
  どういう事……?


  陛下の発言に私の頭の中は大混乱に陥った。

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