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第2話

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「……全部……嘘。あの時くれた言葉も……」

  未だに混乱する頭の中と、止まってくれない涙を拭いながら、私は初めてウォレスに話しかけられた日の事を思い出していた。






  私の通うシュテルン王立学校には、他の学校にはない最大の特徴がある。
  それは、首席卒業者は卒業時に国王陛下から何でも1つ願いを叶えて貰える、という夢のような褒美がある事。

  昨年の卒業生だったお兄様が、このシュテルン王立学校に通う人達の最大の目標とも言える首席卒業者となって、そのご褒美の“お願い”を使って次期当主の座を私に譲った事で、私を取り囲む状況は一変した。

  もちろん、こうなる事は分かっていたわ。
  家族で散々話し合ってこの結論を出した日から覚悟していた事だった。

  その後の私に対する周囲の反応は、本当に様々で。

  女性が爵位継承する例が殆ど無いこの国だから、そもそも女性が爵位を継ぐなんて……と嫌悪感を露わにする人、今後を見越して私に擦り寄ろうとする人……

  エリート養成校に通うだけあって真面目で実直な人の多いこの学校の生徒でさえ、こんな反応になるのね、と驚いたわ。
  改めて自分の進もうとしている道の重さを突き付けられた気がしていた。


  そして、初めて話しかけて来た時のウォレスも、当然そうした人達の中の1人としか思えなかったのだけど……


───────


───……



「エマーソンさん、俺とお付き合いしませんか?」
「お断りします」

   突然、そんな事を言われて「よろしくお願いします」なんて答える人間がいると思ってるのかしら?
  彼への第一印象はそんな始まりだった。

「……早いよ!  何で即答なんだよ!?」
「いえ、だって私、あなたの事知りません」

  私がそう答えると彼は、びっくりした顔をして思いっ切り目を丸くしていた。

「いや、待って?  俺達同じクラスだからね??」
「そうでしたか?  すみません」

  だって本当に覚えていなかったの。
  その頃は、私に近寄って来る人間が多すぎて辟易していたから。

「なら、覚えて!  俺はウォレス・エグバート!」
「は、はぁ……エマーソン・トランドです……」

  よし!  って、嬉しそうに笑った顔がちょっと印象的だった。


  (あれも嘘の笑顔だった……)


  ウォレスは、私と同じ伯爵家の三男。
  彼のような嫡男ではない男性達は自分で未来を切り開かなくてはいけない。
  ただ、シュテルン王立学校に通って卒業すれば、就職先には困らないのでその為に、必死に勉強をして入学してくる人も少なくない。
  ウォレスもそんな目的で入学して来た人だった。




  本気なのか、ただ私に擦り寄る事が目的なのか。
  よく分からないまま、ウォレスはそれからも私に構い続けた。

「エマーソンさん!」
「……またですか」
「えー、またなんて酷いな。一緒に勉強しようと誘ってるだけなのに」
「……」

  そう言われてしまうと無下にも出来ず、気付くと何となくいつも彼が側にいるようになっていた。

「エマーソンさんは卒業したら本格的に当主になる為の勉強するんだよね?」
「えぇ、そうなるわね。……ウォレスさんは?」
「俺はこのまま城勤め希望かなぁ。せめて希望の部署に入れるといいんだけどな。とりあえず食いっぱぐれ無いようにはなりたい!」

  そう笑って話すウォレスには、あまり大きな野望があるようには見えなかった。

  これまで明らかに私の爵位継承を狙って擦り寄って来た他の人達は、ちょっと冷たくすれば諦めていったのに。
  ウォレスだけは違う……どんなに私が冷たい反応を返してもめげない。
  こうしてまた構ってくる。

  (私に交際を申し込んで来た目的は何?  本当に私の事を好きだから……?)

  いつしか、そんな事を考える日が増えていった。


  そんなある日──


「俺、レオナールさんを尊敬してるんだ」
「お兄様を?」
「うん。エマーソンさんも似てるよね。さすが兄妹」
「……どこが?」

  ウォレスのその言葉はとても不思議で。
  だって私とお兄様の容姿は似ていないんだもの。
  お父様似のお兄様と、お母様似の私。いったいどこが? 
  そう思って首を傾げていると、ウォレスはおかしそうに笑った。

「外見の話じゃないって!  目標に向けて努力しているところだよ」
「!!」

  かつて、この学校を首席卒業したお母様と次席卒業者だったお父様を両親に持つ私とお兄様は、いつだって“出来て当たり前”と、言われ続けていた。

  “あの二人の子供だから”
  “出来て当然”
  “努力もせず羨ましい事だ”

  私もお兄様も入学試験でトップを取り、その後も一番の成績をキープし続け、“お願い”を叶えてもらえる首席卒業者という栄誉に最も近い所にいたからこそのやっかみ。

  だから、努力してきた事を認めてもらえる……それは私にとって、とてもとても特別な事だった。

  …………そんな事で?  と単純に思われるかもしれない。

  それでも、私が彼を……ウォレスを信じてみてもいいかもしれない。
  あなただけは違うって。


  そう意識するには充分だったの。




  ──でも、全部 嘘だった。


  



「エマ!?  どうしたの!?  その顔!」

  もうそのまま何食わぬ顔で教室に戻る事が出来なくて、結局この日の私は早退する事にした。
  そして帰宅するなりお母様が真っ青な顔で駆け寄って来た。

  (……泣きすぎて目元が腫れてるんだわ……冷やしたけどやっぱりダメね。バレバレだったみたい)

「どうしたエマ!?  どこの誰だ、俺達のエマを泣かせたのは!!」

  大変!
  お父様まですっ飛んで来てしまったわ!

「あ……」

  こんな顔で帰宅しておいて“何でもない”なんて言葉が通用しないのは分かっているわ。
  それでも……
  私自身がまだ、混乱していて受け止めきれていないの。
  だから、上手く顔が上げられない。

「エマ」
「……?」

 お母様が優しく私の名前を呼んでくれたからおそるおそる顔を上げてみると、そっと優しく抱き締められた。

「何か辛い事があったのね?  でも、言えないのなら無理に話さなくてもいいのよ」
「……おかあ、さま?」
「でもね?  私もルカスもエマの事が大切で大好きだからどうしても心配しちゃうの。それは許してね?」
「……」

  温かいな……
  とっても温かい。お母様のその優しさがじんわりと心に染み渡っていく。

「エマ、エマーソン!  誰だ?  お前を泣かせたのは誰なんだ??  俺が泣かせたヤツを血祭りにあげてやるから教えてくれ、な?」
「もう、ルカス!  ややこしくなるからちょっと黙ってて!!」
「えー、マリエールひでぇ……何でだよ……」

  お母様がお父様にそう注意して、お父様がシュン……と項垂れる。
  これはそんな私の家族のいつもの光景。
  私の大好きなお父様とお母様との日常。

「ふふ……」

  思わず声に出して笑ってしまった。

「エマ?」

  お母様が不思議そうに首を傾げる。

「……ふふ、だってお父様……本当にお母様に弱い……んだも、の」
「弱いわけじゃないぞ?  ただ愛してるだけだ!」
「ちょっ、ルカス!!」

  お父様の言葉にお母様が真っ赤になった。
  本当にこの二人は……

  とにかく仲が良くて、お互いを信頼し合ってるのが娘の私にまで伝わって来て……

  羨ましい。

  私だって……ウォレスとそんな関係になりたかった。
  
  なれると思ってたのに───

  そんな事を考えてしまったからか、また、ジワジワと涙が浮かんで来る。

「……エマ!?」
「エマーソン!?」

  お父様とお母様がとたんに慌て出す。
  泣いたら困らせるって分かっているのに。それでも涙は止まってくれない。

「…………好き、な人がいたの……交際もして、たのに」

  私はつっかえつっかえだけれど、静かに語り出した。

「!!」
「……でも、彼は違った……の。本当は……他に、好きな人……がいて」

  その人と結ばれる為に、私を騙して利用しようとしていたの───

「エマ!」

  その先がつっかえてしまってうまく言葉に出来なくて。
  それでも、お母様は私をしっかり抱き締めてくれていて、お父様もそんなお母様と私をまとめて抱き締めてくれた。

  そんな二人の温かさが胸に染み渡っていった私は、その後、子供の頃に戻ったみたいに大泣きした。

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