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第3話 ロベルトと私

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「……ねぇ、ロベルトは暇なの?」
「は?」


  私が目を覚ましてから3日たった。
  目覚めた時に身体が痛かった理由も教えてもらった。
  私は馬車に轢かれそうになって転び、その時に頭を打ってしまったらしい。
  幸い、頭を打ったと言っても軽くだったようで、ケガもそこまで深刻ではないらしいのが救いだった。

  そう。────記憶がない事以外は。

  とりあえず身体を安静に、との事でベッドに寝かされ続けて3日。
  何故か。何故なのか。
  あの、幼馴染だというロベルトは毎日やってきては私に付き添ってくれている。
  私が起きている時は、話し相手になってくれて、眠っている時は我が家で自由気ままに過ごしているようだ。
  だからこそ、失礼ながらも問わずにはいられなかった。 


  暇なのか、と。


「……そう見えるのか?」
「だって3日間、毎日ここに来て過ごしているじゃない」

  幸か不幸か、学院は今、長期休暇中。
  だから、私はこれ幸いと療養にあてることが出来たのだけど……

「休暇中は領地に戻ってやる事があるのではないの?」
「そういう知識的な事は覚えてるんだな」

  目を覚まして、3日間。過ごしていて気付いたのは、私が失くした記憶は、“人”に関するものだった。
  自分の事はもちろん。家族、家の使用人、友人に関する記憶がごっそり抜け落ちており、逆に生活に必要な知識や、学んできた勉強に関する事は記憶を失くしていなかった。

「人に関する事だけ、忘れてるみたいなの」
「……そうか」

  私の言葉にロベルトは、軽く相槌をうっただけだったけど、その表情は何かを考えこんでいるようだった。
  そんな様子も気になったけど私が今、彼に言いたいのはそこじゃない。

「だから!  ロベルトは侯爵家の嫡男なんでしょう?  毎日ここに通うほど暇ー……」
「暇なわけないだろ?」
「ほら、やっぱり!」

  私は、その言葉に思わずベッドから身を乗り出してしまう。

「でも、今は領地に戻ってする仕事の手伝いより、大切な事があるんだよ。それに、出来る事はここでもやってるし。両親の了解も得ているから心配はいらない」

  そう言って、ロベルトは興奮して身を乗り出した私を再度、ぐいぐい寝かしつけてくる。

「大切な事……?」
「あぁ」
「だからって、何でうちに来る必要が……?  あ、お父様から何か学んでるの?」
「そう取るか……まぁ、リリアには分からない事だろうな」

  ロベルトが溜息まじりでそんな事を言う。
  酷い!  何て言い草だ!

「~~!  バカにしてるでしょ!?」
「いや?  してない、してないぞ。……いいんだよ、リリアには分からなくても」 

  ロベルトは笑いながら私の頭を撫でてくる。
  何だか誤魔化されているような気がしたけど、その手つきと笑顔はとても優しくて、またしても私はとても落ち着かない気持ちにさせられた。

「もう!  そこまで言うならいいわよ!  あ……ねぇロベルト。それなら、昼食の後に庭を散歩したいの。つきあってくれない?」
「ん?  動いて大丈夫なのか?  まだ、寝てた方が……」

  ロベルトは心配そうだ。……ちょっと過保護じゃない?

「かれこれ3日間もベッドの上なのよ?  動かなきゃ逆に身体を悪くしそうよ。もちろん、おじいちゃん先生の許可は得ているわ。散歩くらいなら大丈夫と言ってくれたの」
「なら、構わないが……………フッ」
「何、笑ってるの?」
「いや……動かない方が身体に悪いってのが、リリアらしいなと思ってさ」

  どうやら、私は伯爵令嬢なのに、相当のじゃじゃ馬だったようだ。
  お父様とお母様は、そんな私に相当頭を抱えてたらしい。
  幼馴染というからにはロベルトも当然、知っている事なのだろう。
  記憶がなくても人の根本は変わらないという事なのかもしれない。

「私らしいってどういう意味?」
「そのままだが?」

  ロベルトは、口元をニヤリと歪ませ不敵に笑う。
  あぁ、ズルいわ。この人。……そんな顔も格好いいから困る。

「小さい頃から、木に登るのは当たり前。あぁ、登るのはいいが大抵降りられなくなって泣いてたか。あとは、外で遊ぶと言って裸足で駆けてはドレスを泥だらけにし、川で遊べばビショ濡れになるのはもはや日常茶飯事、そうそう夫人に叱られた時に逃げ込む場所はーー……」
「きゃーーーー!  もう止めて~!」

  い、居た堪れない!!  何なの、この羞恥プレイは。
  幼馴染って怖すぎる……!
  しかも、自分が覚えてないから余計に恥ずかしい。
  木に登る伯爵令嬢って何!?
  淑女教育どこ行ったの!?  
  恐ろしい……これは……封印すべき記憶だわ。
  このまま思い出さない方が絶対に幸せ間違い無しよ。

「ロ、ロベルト!  意地が悪いわ……!」
「何を。記憶を取り戻す手伝いを、と思っただけだぞ?」
「ロベルトも私に関するそういった記憶の部分は記憶喪失になりましょ?  いえ、なるべきだわ!」
「いやいや、無茶言うな」

  ロベルトはプルプルと肩を震わせ笑いながら首を横に振る。

  記憶を失った私からすると、ロベルトとは知り合ってまだ3日目になのに、こうも気を許せてポンポン言い合えてしまうのは、やはり、記憶はなくとも幼馴染として過ごしてきた年月があるからなのかしら。
  漠然とそんな風に思った。

  ちなみに、口調はこうしてくれとロベルトから直々に頼まれた。
  改まった口調で話されると、背筋がムズムズするらしく、今まで通りの方が記憶を取り戻す切っ掛けになるかもしれないから、と。
  両親から聞いた話からも感じたけれど、私達は随分と気安い関係だったようだ。
  今は、とんでもなく恥ずかしい思いをさせられたけれど、こうして話をするのは確かにいい切っ掛けにはなりそうだな、と思った。

  そんなロベルトとの時間が楽しくて。

  ──ロベルトが領地には帰らず、かつ我が家に毎日来てくれる事が、私の為だけだったらいいのに──

  そんな想いを私は密かに抱かずにはいられなかった。
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