上 下
2 / 20

第2話 記憶喪失

しおりを挟む

  私のその言葉に、ビシッと部屋の空気が凍りついたのが分かった。


  ──そう。
  私は今、自分の置かれている状況だけでなく……ここが何処なのか。そして、この部屋にいる人達だけでなく、自分が誰なのか──名前すらも思い出せず分からなかった。
  あれだけ呼ばれれば私の名前が“リリア”である事は分かるのだけど、全然自分が呼ばれている気がしない。


「リ……リリア?  あー、聞き間違いかな?  どうしたんだ?」

  さっきまで私を抱き締めてた男性が困った様子で問いかけてくる。

「すみません。本当に私には、ここが何処なのか……あなた方……が何者なのかも分かりません」
「「!!」」

  再びそう告げると、皆、顔を真っ青にしてその場に硬直してしまった。

「リリア……」

  そう呟いたのはこの中の誰だったのか。私は念の為もう一度言った。

「……本当に本当に分からないんです」
「「!!」」

  私のこの言葉で、さらに部屋中の空気が凍りついたような気がした。






「これはー…………記憶喪失というやつかもしれませぬな」
「記憶喪失!?」

  医師らしきご老人が私に薬を飲ませながら発した言葉に男性が勢いよく反応した。

  その言葉になるほどと私も思った。

  …………記憶喪失。
  つまり今の私は自分の事も他人に関する事も全てマルっと忘れてしまったという事だろう。
  だから何も分からない。
  ……では何故、そんな事に?  身体中が痛い事と関係ある?


「……リア?  …………リリア?  大丈夫か?」


  そんな考え事をしてたら、男性に心配そうに声をかけられる。


「は、はい。だ、大丈夫です」
「……そうか。リリアも今は混乱しているんだろう。きっと落ち着いたら記憶も戻るはずだ」
「そうよ……今はゆっくり休みなさい」

  傍らの女性もそう言って微笑んだ。

  ───おそらくだけど、この2人は私の父親と母親なのだろう。
  年齢的にもそう思えたし、私の瞳の色は男性と同じだ。さらに言うならば髪の色は女性と同じだ。
  そうなると、この老人は薬を飲ませてくれた事や、先程までの発言から医者とみて間違いないだろう。

  そこまで考えて私はチラリと後方に目を向ける。

  ……では、さっきから一言も発せず黙って後方に立ってるあの人は?
  必死に私に呼びかけていた、あの男性は誰なのだろうか??  
  私の兄弟にしては私とも、父と母(と思われる人)とも似ていない気がするのだけど。
  歳も同じくらいに見えるし。

「……」

  どうにか思考を巡らせようと思ったけれど、だんだん私は眠気に襲われた。

「…………すみません、ちょっと眠気が……」
「薬の影響じゃな。心配はいらんぞ」

  おじいちゃん先生はそう言った。

「まぁ…… なら、今はゆっくり休んでまた、目が覚めたら話をしましょう」

  母親らしき人の言葉に私はコクリと頷く。

  彼はいったいどこの誰なのか、早く確認したい気持ちはあったけれど、
  酷い眠気に襲われた私はこれ以上、会話を続ける事も出来ず、また再び夢の世界へと落ちていった。











  そして再び目が覚めた後、今度は母親(仮)がそばに寄り添っていてくれた。
  再び皆を集め、そこでようやく“私”が忘れている事について教えて貰う事が出来た。


  私の名前は、リリア・ミラバース。
  17歳で伯爵家の娘。
  貴族の通う王立学院に通ってる3年生。

  そして、やはりと言うべきか、40代くらいの男性と女性は私の父親と母親で間違いなかった。
  そうなると、やはり気になるのは……

「では、あ、あの方は……?」

  私が謎の男性の方を見ながら両親に恐る恐る聞いてみると、

「ロベルト・ペレントンだ」

  そう言ってあの男性が名乗りながら私の近くに寄ってきた。

「ペレントン……?」

  家名が違う。って事はやはり私の兄弟ではないのだろう。
  いや、もしかすると親戚という可能性も捨てきれない。

「ペレントン侯爵家の嫡男だよ。あそこの当主と私は学生時代からの友人でね、家族ぐるみの付き合いがあるんだよ。リリアとはー……幼馴染、みたいなものかな」

  と、父親が横から説明してくれた。

「幼馴染ですか……」

  兄弟でも親戚でも無かった。
  幼馴染。そう言われても記憶がないから、いまいちピンと来ない。

「俺の事も分からない……か」

  彼、ロベルトがため息をつきながらそう言った。

「……ごめんなさい」
「リリアが謝る事じゃないだろ?」
「……」

  そう言いながら、彼はヨシヨシと頭を撫でてくる。
  何だか、懐かしいような物悲しいようなそんな気持ちになるのは何でだろう。

「それでも……」
「お前の事だ。そのうちケロッと思い出すだろう」

  彼はそう言いながら、私の頭を撫でるのを止めない。

  それって私が単純って意味かしら!?
  と抗議したかったけど、私の頭を撫でているロベルトの顔を見ていたら、何も言えなくなってしまった。

  ……ロベルトは、言葉とは裏腹に何かを後悔するような複雑な表情をしていたから。

  当然、私には彼がそんな表情をする理由が分からなかった。










  その夜の伯爵家────寝室にて


「ねぇ、あなた。記憶喪失って、リリアはやっぱりが原因で……」
「そうだろうな。よほど受け入れ違いものだったんだろう。全てを忘れてしまいたくなるくらいに、な」
「そうよね……あぁ、リリア……」

  そう嘆く夫人を夫は見守る事しか出来ない。

「それに、ロベルトにだって申し訳ない事をした……」
「えぇ、迷惑をかけてしまったのに。なのに今もリリアの側にいてくれて。本当に申し訳ないやら有り難いやら……」

  2人は顔を見合せ、はぁ……とため息をつく。

「今は、リリアの療養という名目でどうにか引き延ばしているが……果たしてそれもいつまで通じるか……」
「リリア……」
「いっそ、このまま何も思い出さない方が幸せなのだろうか……」


  夫の呟いたこの言葉に夫人は何も答えることが出来なかった。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

私の何がいけないんですか?

鈴宮(すずみや)
恋愛
 王太子ヨナスの幼馴染兼女官であるエラは、結婚を焦り、夜会通いに明け暮れる十八歳。けれど、社交界デビューをして二年、ヨナス以外の誰も、エラをダンスへと誘ってくれない。 「私の何がいけないの?」  嘆く彼女に、ヨナスが「好きだ」と想いを告白。密かに彼を想っていたエラは舞い上がり、将来への期待に胸を膨らませる。  けれどその翌日、無情にもヨナスと公爵令嬢クラウディアの婚約が発表されてしまう。  傷心のエラ。そんな時、彼女は美しき青年ハンネスと出会う。ハンネスはエラをダンスへと誘い、優しく励ましてくれる。 (一体彼は何者なんだろう?)  素性も分からない、一度踊っただけの彼を想うエラ。そんなエラに、ヨナスが迫り――――? ※短期集中連載。10話程度、2~3万字で完結予定です。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

どう見ても貴方はもう一人の幼馴染が好きなので別れてください

ルイス
恋愛
レレイとアルカは伯爵令嬢であり幼馴染だった。同じく伯爵令息のクローヴィスも幼馴染だ。 やがてレレイとクローヴィスが婚約し幸せを手に入れるはずだったが…… クローヴィスは理想の婚約者に憧れを抱いており、何かともう一人の幼馴染のアルカと、婚約者になったはずのレレイを比べるのだった。 さらにはアルカの方を優先していくなど、明らかにおかしな事態になっていく。 どう見てもクローヴィスはアルカの方が好きになっている……そう感じたレレイは、彼との婚約解消を申し出た。 婚約解消は無事に果たされ悲しみを持ちながらもレレイは前へ進んでいくことを決心した。 その後、国一番の美男子で性格、剣術も最高とされる公爵令息に求婚されることになり……彼女は別の幸せの一歩を刻んでいく。 しかし、クローヴィスが急にレレイを溺愛してくるのだった。アルカとの仲も上手く行かなかったようで、真実の愛とか言っているけれど……怪しさ満点だ。ひたすらに女々しいクローヴィス……レレイは冷たい視線を送るのだった。 「あなたとはもう終わったんですよ? いつまでも、キスが出来ると思っていませんか?」

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈 
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

お久しぶりですね、元婚約者様。わたしを捨てて幸せになれましたか?

柚木ゆず
恋愛
 こんなことがあるなんて、予想外でした。  わたしが伯爵令嬢ミント・ロヴィックという名前と立場を失う原因となった、8年前の婚約破棄。当時わたしを裏切った人と、偶然出会いました。  元婚約者のレオナルド様。貴方様は『お前がいると不幸になる』と言い出し、理不尽な形でわたしとの関係を絶ちましたよね?  あのあと。貴方様はわたしを捨てて、幸せになれましたか?

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

処理中です...