【完結】役立たずになったので身を引こうとしましたが、溺愛王子様から逃げられません

第25話 姿を現した令嬢

  ───その日は、何だか朝から胸騒ぎがしていた。

  でも、胸騒ぎがしつつも、目が覚めてから朝の支度をして、シグルド様とちょっとイチャイチャしながら朝食をとって……と、いつもと変わらない一日の始まり。

  その後、朝食を終えた私は王宮に通っていた頃と同じように勉強しながら日中を過ごす。

  (本当は黒魔術の事をもう少し調べたいけれど、シグルド様は最近特に忙しそうだから……)

  そんな彼に書庫につき合って欲しいと無理強いする事は出来ない。
  ちなみに私の王宮滞在に関しては様々な噂が飛び交っている。

  (一番言われているのは、シグルド様との婚姻が間近というものだけど)

「そうだったら凄く幸せだったのにね……」

  魔力が戻らない限り、陛下が私を認める事はきっと無い。
  
  (陛下の考え方を覆すのは容易い事ではないもの)

  そんな事を考えながら、最初の勉強を終えて自分の部屋に戻ろうと王宮内を歩いていた時だった。

「あ、あの、すみません、ルキア様！」
「？」

  一人の王宮メイドが声をかけて来た。
  珍しい事もあるものね、と思っていたら、そのメイドが私に手紙を差し出す。

  (何かしら？)

  よく見るとそのメイドは青白い顔をしていて手もブルブル震えている。

  (これは……)

「……手紙？」
「は、はい。ル、ルキア様に渡すように……と、その……」
「どなたから？」
「そ、それは……その……」

  そのメイドは怯えているのか、ずっと震えている。
    
  (明らかに怪しい)

「……ごめんなさい。送り主が定かでは無い手紙を今、この場で受け取る事は出来ないわ」

  私は、やんわりと断る。
  だって、魔術も含めどこにどんな仕掛けが施されているか分からない。

「で、で、ですが……」
「ごめんなさいね」

  私がそう言って立ち去ろうとしたら、

「……きゃっ！」

  そのメイドが突然転んだ。
  まるで誰かに突き飛ばされたかのように。

  (え？)

「大丈──」
「ルキア様、酷いですーーーー」

  私は今のメイド行動に不自然さを感じながらも助け起こそうと手を差し伸べたけれど、その手を払いのけたメイドは大声で叫んだ。

「私は預かった手紙を渡そうとしただけなのに……こんなの酷いです！！」
「えっ！？」

  その大きな声に何だ何だと人が集まって来る。
  人が集まって来たのを確認したメイドは待ってましたとばかりに声を張り上げた。

「ルキア様が私を突き飛ばしてこんな仕打ちをする人だったなんてーー！」
「！？」

  そのメイドの声に集まった人達は私に冷たい目を向ける。

  (あぁ、前にもあったわね、似たような事)
 
  ──やっぱりルキア様は……
  ──裏の顔があるって本当だったのね。
  ──ほら最近、ミネルヴァ様が捕まって姿を見せなくなっていたから……
  ──ルキア様がミネルヴァに嫉妬して王宮から追い出したって噂だぞ！

  皆、好き勝手な事を言っている。
  そして、厄介な事に思っていた以上にミネルヴァ様の撒いた種は芽吹いている。
 
  そう思った時だった。

「皆様、止めて……ルキア様を責めないで？」

  (───この声は！)

  まるでいつかの日の再現をするかのように、ここ数日逃げ回っていたはずのミネルヴァ様が現れた。
  来ている服もボロボロで髪の毛もボサボサ。
  それはいかにも追われていますと言わんばかりの様子。

  ───ミネルヴァ様だ！
  ───姿がボロボロ！？
  ───なんてお労しいお姿……

「ルキア様！  下がってください！」

  私に付いていた護衛が私を庇うように前に出た。
  ただし、その護衛はミネルヴァ様を捕まえたいけど、どう扱うべきか悩んでいるようにも見えた。
  今、ここでミネルヴァ様に手荒な真似をすると、確実に私の方が“悪”になる。

  (どこに、潜んでいたのかは知らないけれど、ミネルヴァ様は絶好のタイミングを見計らって姿を現す事にしていたに違いないわ)

  ミネルヴァ様は外には逃げずにずっと王宮にいた可能性が高い。
  協力者がずっと王宮でこっそり匿って絶好の機会を窺っていたという事になる。
  そして諸々を警戒中の私が通りすがりのメイドから手渡されそうになった物を受け取らない事なんて百も承知。これはそのまま私を嵌める為の演出───

「皆様、これは私が悪いのです……ルキア様は悪くありません」

  ミネルヴァ様のその発言に、集まって来ていた人達は冷ややかな目で私を見る。

「私がちょっとした事で王太子殿下を怒らせてしまったので、ルキア様にはその仲裁をお願いしたかっただけなのです」

  ミネルヴァ様は目に涙を浮かべながら語る。

「……メイドにそう書いた手紙を託したのだけれど、ルキア様は地位の低いメイドの話なんて聞こうともしない方だったという事を忘れていた私が悪いのです……うぅっ」
「……」

  人と言うものは不思議なもので。
  よくよく冷静に考えれば、ミネルヴァ様の言っている事のおかしさは分かるはずなのに、こんなボロボロの姿で、泣いている様子を見ただけでミネルヴァ様の言う事を信じたくなってしまう。
  ……更には勝手な事まで言い出す。

  ──ミネルヴァ様のあの姿もルキア様のせい……？
  ──拘束されていたとも聞いている。命からがら逃げ出したのでは？

「ルキア様、ごめんなさい……」
「……」
「ルキア様も、殿下と同じで私が目障りで仕方無かったのですよね？  ごめんなさい……」

  そう泣きながら訴えたミネルヴァ様が私の元へと近付く。
  そして、そっと周囲には聞こえないくらいの小さな声で言った。

「ふふ、ルキア様。今のあなたがこの場で何を言っても火に油を注ぐようなもの。あなたの事だから、このまま時間を稼いで殿下の助けを待つつもりなのでしょう？」
「……」
「でもね。ふふふ、残念でしたー。殿下の助けは来ませんわよ？」
  
  (───え？)

「だって今頃、殿下の元にはあの人が───」

  (……あの人？)

  ミネルヴァ様がそう言いかけた時、別の方向から大きな悲鳴が上がった。

「きゃあぁぁぁ、殿下、殿下が！  誰かーーー！」
「誰か来てぇぇーー」

  (……な、何の騒ぎ？)

  その悲鳴の混じった、しかも殿下が！  と叫ぶ大声には私達の様子を興味本位で見ていた人達も何事かと騒ぎ出しそちらへと駆けて行く。

  そして、あっという間に私の周りは静かになった。

「……」

  私がそっと顔を上げてミネルヴァ様の顔を見ると、彼女はにっこりと悪魔のような微笑みを浮かべて言った。

「ほらね？」

  ──と。